第19話 アリバイ工作と内緒の夜

ぷるるるるるー。


井上家の電話が鳴った。


なぜ会社仕様な電話なのかというと、正井医院で以前使われていたものを、そのまま家に貰って来たから。


携帯電話が主流の昨今、井上家の電話が鳴ることは滅多にない。


早苗の実家は徒歩30秒だし、颯太の両親は忙しい息子夫婦とのコミュニケーションをメールで取ることにしていたので。


風呂上がりの早苗がバスタオルをかぶったままで居間に戻ると、颯太が手まねきしてきた。


チカチカしている電話機は保留状態らしい。


「友世ちゃんのお母さんから」


「へ?」


「まだ帰ってないからこっちにいるんじゃないかって」


「うそ・・・」


時計を見ると午後21時半。


早苗はちょっと迷って颯太に問いかける。


「なんて言ったの?」


「俺、今帰ったとこだからって言っておいたけど」


さすがフォロー上手。


迂闊なことは口にしていないらしい。


「どー思う・・・?」


「付き合い始めたばっかだしなー・・・」


つい先週”例の年下君とお付き合い始めました”と喫茶店で報告を受けたばかりだ。


恐らく・・・いや、間違いなく・・・


「ったく・・・アリバイ工作なら先に言えってのよ」


呆れた顔で言う早苗の頭からタオルを外して、颯太が笑う。


「まあ、回り見えない時期なんでしょう。しっかりフォローしてやんなさい。風邪ひく前にね」


そう言って早苗の髪をくしゃくしゃと乱暴に拭いた後受話器を渡してきた。


早苗はコホンとひとつ咳払いをして、一世一代の名演技に備えた後、保留ボタンを押した。



★★★★




舞にヘルプメールを送って、とりあえず替えの洋服を持ってきて貰うことにした。


会社近くのコンビニで待ち合わせをしたので、トイレで着替えれば平気。


・・・こんなにコンビニをありがたく思ったことってないかも・・・・


ポイントメイクグッズ、ファンデにビューラー。


いつもお直しようのメイク道具しか持ち歩かないので、めちゃくちゃ焦ったのだ。


いつも薄めのメイクを心がけているものの(幼馴染の子育てママ2人は年がら年中スッピンだし・・・)


さすがにチークとマスカラナシじゃ困る・・・


メイク落としも、化粧水も、ほんとに何でも揃うのだ。


真夜中のコンビニに彼と二人で行くなんてコトも初めてだったし。


そもそも平日のど真ん中に、用意もなにもなく急遽お泊まり。


なんてこと自体生まれて初めてだった。


・・・・イキオイって怖い・・・


自分の行動力に驚いてばかりだ。


あんなに恥ずかしいと思っていたのに、もう手を繋いでいないと不安になっている自分がいる。


・・・一線越えるとそーなのかしら・・?


前の恋を思い出そうとしても、浮かんでくるのは彼のことばかりだ。


完璧に睡眠不足なのに、いつもよりメイクの”のり”が良い肌。


女性ホルモンのなせる技?


恋した女は綺麗になるってアレ、まんざら嘘じゃないかも・・・


小さな手鏡を片手にチークを頬に乗せていると、瞬がネクタイ片手にやってきた。


「ちゃんと鏡も買いに行こうね。パジャマと一緒に」


「・・・しゅ・・・週末?」


問い返すと、瞬がにこりと微笑む。


「今日の帰りしでもいいよ」


「週末でいいから!」


慌てて言った友世のブラシを持つ手の甲にキスをして、瞬は慣れた手つきでネクタイを結ぶ。


ついさっきまですぐそばにあったぬくもりを思い出して赤くなる。


「なに?思いだし笑い?」


「っちが・・・」


もう絶対にこちらの反応を見て楽しんでるとしか思えない。


クラクラする頭を必死に仕事モードに切り替える。


友世の答えに瞬は楽しそうに目を細めた。


「眠たい?」


「・・・ちょっとね」


「ぐっすり眠ってたもんね」


たもんねってどういうこと??


おもわず友世は瞬の顔を見返した。


「何時まで起きてたの?」


最後に時計を見たのは2時前だった気がする。


「3時位かなー?離しがたくて」


「えっ」


そう言って口紅のキャップを外した友世の手を掴んだ。


「ちょっと待って」


怪訝な視線を向ける彼女の顎を捕えると何も塗られていない唇にキスを落とす。


友世がキスに応えるまでの数秒、耳たぶを撫でていた指先は背中に回って抱き寄せられる。


「塗り直すの面倒でしょ?」


長いキスの後、瞬が名残惜しそうに頬に唇を寄せた。


「や・・な・・・も・・・もう!」


口をぱくぱくさせる友世の髪を撫でた後、いつも通りの笑顔で瞬は腕時計を嵌めた。


「そろそろ出ましょうか」


・・・こういうときだけ敬語ってズルくない!!??


ふたりで駅まで歩く途中で携帯が鳴った。


ぼんやりしたまま通話ボタンを押して、友世はようやく現実に返る。



★★★




「外泊すんのはいいけど!ちゃんと大人なんだから事前に連絡しなさいよ!」


「ごっ・・ごめんねっ」


母親からの問い合わせに口裏合わせしてくれた早苗に心底感謝しながら友世は謝る。


こういうとき頼れる幼馴染がいると最強だ。


携帯を閉じる友世の右手を捕えて、瞬が楽しそうに口を開いた。


「今日は、帰るんだ?」


さっき早苗に尋ねられたのだ”今日はどーすんの?”


「・・帰る・・わよ」


二日続けて外泊なんて許されるわけないでしょ!!


「じゃあ、明日待ってますから」


逃げ道を塞がれてしまった友世が、ちょっと恨めしそうな視線を送ると、耳元に極甘のキスが降ってきた。

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