第22話 躊躇い・戸惑い・好き、はあなたに

元旦の午後、家族への挨拶を早々に済ませて、友世はいそいそと出かけた。


実家に顔を出していた彼と待ち合わせて、初詣へ向かう為だ。


通勤途中の駅のそばにある有名な神社は、参拝客であふれていた。


家族づれ、カップル、高校生のグループや友達づれ。


さまざまな人が屋台の前を行き交っている。


先にお参りを済ませた二人は、のんびりと神社の階段を下りていく。


駅前までの通りには、たくさんの屋台が並んでいた。


お祭りのように、季節外れのスーパーボールすくいなんかもあったりする。


すれ違う女の子の視線が、彼に集まるのはもう慣れた。


(面白くないけど・・・・すっごく複雑だけど・・)


でも、そういう嫌な気持ちを振り切る位、今の友世は上機嫌だ。


「何か食べる?人形焼きとか好き?」


屋台の間を抜けながら、彼が友世の顔を覗き込む。


・・・モノ欲しそうな顔してたの!?


「そんな顔してた・・・?」


その言葉に瞬はきょとんと眼を丸くした後、可笑しそうに笑う。


「・・・・なんとなくはしゃいでるから・・・買ってあげたいなと」


「・・・大人げなくて悪かったわね・・・」


一応カッコだけでも綺麗めに・・・と思って、大晦日の夜にひとりファッションショーしたのに。


ベージュのAラインのスカートに、黒のニット。ブーツは歩きやすいローヒールだけど、きちんと感もちゃんとある。


髪も緩く巻いて、香水もいつもより大人っぽいフローラル系の香り。


・・・はしゃいでたわよ・・・確かに・・・だって、彼と初詣なんて初めてだし・・・年末お互い忙しくてゆっくり会えなかったし・・・


メイクだっていつもより時間かかってますし!!!


早苗たちが聞いたら、あまりの気合入れっぷりに呆れるかもだけど・・・


普通に街を歩いても、視線を集めちゃうような彼なので。気を抜いていられない。


それに・・・本当に楽しみだったのだ。


また可愛げの無い言葉を吐いた友世の肩を抱き寄せて彼が言う。


「・・・・俺、友世に大人げあると思ってないし」


「なにそれ・・」


「というか・・・年上に求めるモノを友世に求めてないから」


「じゃあ何を求めてるの?」


いよいよ不貞腐れるしか無くなった友世の髪を撫でる瞬の眼差しは今日一番な位甘ったるい。


こうやって、これまでも慰められた彼女がいるってことにすら嫉妬する。


「そのまんまで居てくれること。俺は、友世さえいれば、後は結構なんでもいいよ」


「・・・・・・」


もう言葉もありません。


訊き返すのも怖くて、今のセリフを耳の奥で何度も繰り返す。


そんな風に思ったのってあたしに対してだけ?


比べられたり、したくないけど・・・今までの彼女の中で一番って思ってもいい?


自分勝手な思考がグルグル回り始めて、友世は彼に腕を絡める。


「・・・そんな風に思ったこと無かったから、正直驚いてるけど・・・今なら、啓が葵ちゃんを必死に追いかけてた気持がわかるなぁ」


そう言って、友世の手を引いた瞬が人形焼きの屋台に並ぶ。


意を決して確かめようとした友世の耳に、見知らぬ女の子の声が聞こえてきた。


「あっれ・・瞬君!」


斜め後ろを振り向けば、ニット帽を被った同い年位の女の子が立っていた。


ムートンのコートに、あったかそうなニットワンピ、ビビットなカラータイツとブーツ。


カジュアル系のアパレル店員さんそのままみたい・・・あたしと真逆・・・・もしかして・・・元カノ・・とか・・・??


身構えた友世の隣で、彼は柔らかい微笑みを浮かべる。


「茉梨さん!・・・初詣ッスか?」


「ほんとは地元行くんだけど、今年は福袋買いに走ったからさー。ついでにこっち来ることにしたの。あ、あけましておめでとー!!今年もよろしく」


「おめでとうございます。今年もお願いします」


友世が居ても全く態度の変わらない瞬は笑顔で元旦の挨拶を口にする。


・・・・元カノじゃ・・・ない?


そんな友世の不安が伝わったのか、茉梨と呼ばれた女性がこちらに視線を移してきた。


「わーお・・・美男美女ーっ・・・キレーな彼女さんだねぇ」


「え・・・あ・・・・あの・・・」


褒められると思っていなかったので、友世は思わず口ごもる。


「彼女の友世です。美人でしょー」


「うんうん。あたしの好みど真ん中でもある!お近づきになりたいわァ。瞬君の高校の先輩で、貴崎茉梨と申しますー」


そう言って、いつの間にか手を握って握手されてしまう。


なんて言うか・・・物怖じしないタイプの人だわ・・・・早苗とちょっと似てる・・・かな・・?


「茉梨さん、そろそろ手ェ離しましょうよ。俺のですよ」


苦笑いした瞬がやんわりと友世と茉梨の手を解いて、もう一度指を絡めてくる。


目の前でこんなことするってことは・・・ホントにただの先輩なんだ・・・


ホッと肩の力を抜いた友世の隣で、瞬が視線を巡らせる。


誰かを探しているようだ。


「で?保護者は?」


「あっひっどい!保護者じゃないですー。今ね、お好み焼き買いに行ってるの」


そう言った彼女が人ごみをかき分けてやってくる人物を見つけて手を振る。


・・・・・彼氏・・・?


足早にやってきた彼は、彼女のことを見下ろして開口一番こう言った。


「なぁ。訊いていいか?綿あめの前で待ってるハズの人間が、何で人形焼きの前にいるんだ?」


「美人がココにいるから?」


「・・・まーつーりー」


呆れ顔で彼女の帽子を取って、髪をくしゃくしゃにしながら、視線をこちらに寄越した彼が驚いた顔をした。


「お前の彼女がコレのアンテナに引っかかったのか・・・大久保」


「みたいですね・・・しっかり手ェ握ってたし」


肩を竦めて笑う瞬に、悪かったなぁ。と声を掛ける彼。


「うちのが迷惑かけたみたいで・・・新年早々すいません」


「え!?邪魔はしたかもだけど、迷惑じゃないと思うんですけどー」


「やかまし」


ハイ!と手を挙げる茉梨の手を掴む早業。


・・・うちのって・・・ちょっとうらやましいなぁ・・・


分かりやすく呆れた顔をしながらも、彼女を大事にしていることが見て取れる。


乱れた髪を直してから、帽子をかぶり直す彼女が人懐こい笑みを浮かべて言った。


・・・こういう人を、可愛げのある女性って言うんだろう・・・


「突っ込みの鋭いウチの旦那の勝です」


「えっ・・・・・結婚してるの?」


「かれこれ2年ほど前に」


友世の問いに頷く彼が、何かに気づいて彼女の口元を指で拭った。


そのしぐさにぎょっとなるも、茉梨さんはまったく気にしていない様子。


「綿あめお土産にするんじゃなかったのかよ」


「一口食べたってバチ当たんないでしょーが」


「せっかくおっちゃんがすき焼き用意して待ってんのに」


「肉は別腹!どんとこい!」


「・・・・・それ以上丸くなってどーする・・・イテっ」


脇腹に食い込んだ茉梨の腕を掴んで、勝が軽く引き寄せる。


「デート中に邪魔して悪かったな。俺らもう行くから」


そう言って彼女を引っ張って行ってしまう。


「まったねー。あ、瞬君!そのうち友世さんと遊びにきて!!」


こちらを振り返る彼女に手を振りながら友世は思わず呟いた。


「・・・結婚してるから・・・なんか・・・・ああなの?」


なんとも賑やかなご夫婦だ。


うまく言葉にできなかったけれど、意図はちゃんと伝わったようで、小さく笑った瞬が友世の顔を見返した。


友世と茉梨が話し込んでいる間に買っておいたらしい人形焼きをひとつ取り出した。


「高校の頃からずっとああだよ。もう10年以上一緒にいるんじゃないかなぁ」


「え!?そうなの?・・・・・・いいなぁ・・・」


「あの二人が?ああいう関係が?」


「どっちも・・・・めちゃくちゃ繋がってる感じしない?」


彼の仕種や、彼女の態度の節々にそれは現われているように思えた。


10年という時間があの二人の間にちゃんと流れていて、その中で培ってきた絆の強さみたいなものが見えたから。


これから10年・・・考えただけで気が遠くなりそうなのに・・・


友世の問いかけに、曖昧な笑みを浮かべた彼が人形焼きを差し出した。


「口開けて?」


両手がふさがってるわけじゃないけど、なんとなく流されて素直に口を開ける。


鈴の形のカステラを頬張ると同時に、瞬が屈みこんできた。


頑張って巻いた髪をすくい上げて、背中に流した後で耳元に囁く。


「俺は、今までの恋愛観、完璧に覆される位・・・友世にはまってるんだけど。どうやったら、俺と繋がってるって思ってくれるの?」


味も分からないままに噛み砕いたカステラを飲み込む。


・・・これがなかったら叫んでたかもしれない・・・・・


友世は熱くなった頬を隠すように俯いて口を開いた。


「・・・・・ち・・・違うのよ・・・信じてないとかじゃなくって・・・・」


すでに交際三か月はとっくに超えているし、倦怠期もやってきていない。


来年も、と言われた未来絵図はあっさりと信じられる。


屋台の前を通り過ぎて、人もまばらになってきた。


とは言っても昼の日中で、まだまだ参拝客は行きかっている。


・・・・めちゃくちゃ注目浴びてるんですけど・・・・


何とか瞬との距離を取りながら必死に言い返すと、腰を引き寄せられる。


「・・・じゃなくて?」


「・・・だから・・・と・・・とりあえず・・・ここ抜けてから・・」


それだけ言うと、瞬が視線を巡らせてから頷いた。


「ふたりきりじゃなきゃ言えないようなこと?」


「えぇっ!?」


素っ頓狂な声を上げた友世の手を引いて、屋台の裏側に回り込む彼。


歩いてすぐの場所にある、海沿いの公園に面したベンチを見つけると迷わず腰をおろした。


友世の言葉を促すように、そっと髪に触れる指がじれったい位に優しい。


「信じてるんだけど・・一瞬・・・茉梨さんが元カノかと思って焦った・・10年も一緒に居たなら、不安になったり・・・疑心暗鬼になることも無いのかなって。下らないって思うかも・・」


呟いた友世に啄ばむようなキスをして、彼が視線を交えてくる。


「くだらなくないし。俺、たぶん10年経っても、もし友世に元カレが居たら嫉妬してると思うよ?それに、貴崎さんだって結婚して2年たった今も、茉梨さんが仕事場の男の人と飲みに行くの嫌がってるし・・・年数って関係ないよ」


「そうなの?」


「俺が、友世の前で上手に隠してるだけだよ・・」


「言ってくれればいいのに」


「年下のなけなしのプライド・・・・これまで、もっと上手に立ち振る舞う男と一緒にいたのかと思うと・・ついね」


彼の言葉に友世は小さく笑って、自分からキスをした。


初めて、瞬を可愛いと・・・思ったから。


「おんなじこと考えてたの・・・比べる相手なんて居ないし・・・言っとくけど・・・彼との初詣は人生初だしっ・・・着ていく洋服選んだりして寝不足だし・・すっごく早起きして髪も巻いたし・・クリスマス限定コスメだし・・・あたし、誰より今日を楽しみにしてたんだから!」


言ってしまったら、一気に楽になった。


肩肘張って、大人ぶったって結局彼に認めてもらえなきゃ意味がないってやっと気づいた。


”そのまま”のあたしで良いって言ってくれたから。


「・・・ほんっとに全然大人じゃないでしょ?呆れる?」


「まさか」


そう言って肩を竦めた彼が、友世の背中に腕を回して緩く抱き寄せた。


髪を撫でた指が首筋をなぞって、確かめるように唇が重なる。


「・・・・いつもよりずっと雰囲気が大人っぽいから、キスするタイミング掴みかねてた・・この香りのせい?」


耳元で問いかけられて、友世は朝振った香水を思い出す。


「ジャスミンの香り・・・あたしの中では大人のイメージなの」


「うん、そうだね。ちょっと手を出すのをためらう感じ・・でも、むしろ好きだよ」


そう言って彼がそっと唇に触れた。

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