第13話 チーズスフレとときめき
「美味しい・・・!」
女子人気のチーズスフレ専門店の一角で、友世は舌の上で溶けていくふわふわのスポンジを噛み締めるように感想を口にした。
「良かった」
満面の笑みで二口目を頬張る友世の向かい側で、ほっと息を吐いた瞬が嬉しそうに目を細める。
頷いた拍子に彼の甘ったるい視線を真正面から受け止めてしまった友世は、慌ててラズベリーソーダを吸い込んだ。
凍らせたベリーの果肉が敷き詰められたグラスの底で、ストローが窮屈そうに揺れている。
必死に吸い込んでも望むようにソーダが飲めなくて慌てる友世に、瞬がひょいと手を伸ばして来た。
ストローを揺らして、底に溜まったベリーの果肉をかき混ぜてくれる。
「飲めます?」
「・・・・っ」
次はすんなりと口の中にラズベリーソーダが入って来た。
思い切り動揺してしまった自分が悔しい。
友世の貧血以降、瞬はデートコースを大幅に修正して来た。
ここ最近は、静かな雰囲気のブックカフェや、小さな植物園、今話題のスイーツショップを巡ることが多い。
おかげで友世はエンストを起こす事も無くなった。
「あ・・りがと」
「いいえ。こういうデートがしたいって希望があれば教えてくださいね。もう俺も必死になるのやめたんで」
「・・・それは・・どういう意味」
すでに友世への興味が薄れてきているのではと、言いようのない不安が押し寄せて来る。
彼の交際スパンを考えればそれも納得なのだが。
「全力で楽しませなきゃと思って、記憶に残るような場所にばっかり連れてったけど、独りよがりだったなって反省したんで」
「山尾くんの言ったあれは・・あんまり気にしないで・・・体力ないし、運動神経も・・良くないけど・・・あの・・・」
「はい。分かってます」
「なにが?」
「友世は、どんなに押されてもほんとに嫌いな相手だったら意地でも動かないから」
間違いなく山尾が言ったのであろう台詞をそのままさらってみせた瞬が、口角を持ち上げる。
間違っていないのだが、この状況で言われると対処に困る。
「嫌われてないって分かって、安心しました」
裏を返せば好きってコトですよね、と言外に告げられて、友世は慌てて話題を逸らした。
「あー・・・そう・・そ、それより、最近おしゃれで美味しいカフェにばっかり連れて行ってくれるけど、どこで調べてるの?」
これまでのお出かけメインのデートから、ゆったりとしたティータイムメインのデートになってから、ジェラート、ガレット、チーズスフレ、と最近出来たばかりのお店に来ている。
ネットにもまだ名前が挙がっていない店ばかりなので、ずっと不思議だったのだ。
もしかすると、別れた後も良好な関係を築いている歴代の彼女達から、情報を仕入れているのだろうか。
訊かない方が良かったかな、と思い始めた時に、瞬が口を開いた。
「うちの母親が料理研究家なんですよ」
「え!?」
「何冊か本も出してて、今は料理教室はせずに、プロデューサーのサポートみたいなことをしてて、その関係でお店の情報は耳に入って来るんです」
「そうなんだ・・・へえー・・・大久保君がそれだけすくすく成長したのはお母さまの美味しい手料理のおかげね」
「うちは父親もデカいから遺伝もあるでしょうけど、まあ半分はそうですね。だから、おしゃれなカフェにはこれからも案内出来ますよ」
「・・・・」
「どうしました?」
急に黙り込んでしまった友世に、瞬が怪訝な顔を向けて来る。
「あたし・・・凄い人と一緒にいるなと思って・・」
人生初の彼氏もどきがこれで、この先やって行けるだろうか。
これまで出かけたテーマパークや水族館のチケットも、母親経由で入手したというからかなり色んな場所に顔の利く母親なのだろう。
友世がこれまでお目にかかったことの無い種類の人間である。
「俺はさっきから川上さんをチラチラ見てる店員の方が気になりますけどね」
カップル来店も珍しくないようで、離れたテーブルにはグループデート中らしき学生の姿も見られる。
女子受けを狙ったお店らしく、給仕スタッフは全員爽やかな若い男性店員で揃えられていた。
イケメンに慣れてしまった友世にはさして効果も無かったのだが。
「気のせいじゃない?」
明らかにお店に来ている女性客の熱視線の方が凄まじい熱量だ。
見目の良い男性店員たちを一蹴してしまえる位のイケメンがいるのだから無理もない。
「ほら、アイスが溶けちゃうから、大久保君も食べて」
硬めのホイップクリームとチョコレートアイスをいっぺんに掬いながら、友世が視線を投げる。
美味しいものは美味しいうちに、が鉄則だ。
頬杖をついていた瞬が、何を思ったひょいを身を乗り出して来た。
あ、と思った瞬間には、友世の手を軽く自分の方へ引き寄せて綺麗に乗せられたチーズスフレとホイップクリームとチョコレートアイスの層に噛り付く。
ぼん!と音がしそうな勢いで、頬に熱が集まって来た。
慣れた様子でそれを味わって飲み下した瞬が、真っ赤になった友世の頬を楽しそうにするすると撫でる。
指の背が耳たぶを掠めて行く仕草にドキンと胸が跳ねた。
「甘さ控えめで食べやすかったって、母親に言っときますね」
「~!!」
「ほら、早く食べないとアイス溶けますよ?それとも俺が食べさせましょっか?」
友世が言った台詞をそっくりそのまま口にして、おまけのようにとんでもない提案をしてきた彼の手から、自分の手を奪い返す。
勢いよくチーズスフレを頬張れば、瞬が綺麗にかき混ぜた後でラズベリーソーダのグラスを友世の方へ押しやって来る。
「慌てて食べて喉詰めないように」
「・・・!あたし年上よ!」
まるで小さい子に言うように告げられて、友世は一気に気色ばんだ。
怒り心頭の眼差しを悠々と受け止めて、瞬が悪びれもせず甘く微笑む。
「気になるんだから、仕方ないでしょ」
溜息交じりの一言と共に、伸びて来た指の腹が唇の端に残ったホイップクリームを掠め取っていく。
「あたしいつもはこんな風じゃないのよ!」
幼馴染以外にこんなみっともない所を見せたりしたことは無い。
「・・・何言っても俺を喜ばせるだけですよ?」
しれっと言い返した瞬が、指先に移ったホイップクリームをペロリと嘗めとった。
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