第7話 遭遇と発覚
「梅酒とカクテル、どっちがいいですか?」
総務部にやって来るなり、備品購入の申請書類を差し出した瞬が笑顔で言った。
「・・・どうして」
テレビ会議用のマイクとケーブルの品番が記載されている事を確認して、問題なしと判断する。
「ビールは苦手だけど、梅酒は好きだって話してたから」
「そんな事言った!?」
「酔うと口軽くなりますよね」
「そ・・んなつもりは・・」
彼の質問が上手いのだ。
形勢不利を自覚して、二杯目のカクテルを空にした友世に、答えやすい質問を次々と投げかけて来た。
好きな食べ物、好きな場所、家族構成、苦手なもの。
迷うことなく口にできる答えばかりで、するすると回答していった記憶が甦る。
初めて幼馴染たちとビールを飲んで、さんざん吐いて二日酔いで寝込んだ話まではしていない事を祈るしかない。
「はい、問題ありません。商品が届いたら部署までお持ちします」
「じゃあ、最初に梅酒の店に行って、次にカクテルが人気の店にしましょうか」
「は?」
「だってどっちも選べないんでしょ?」
「そうじゃなくて・・ちょっと・・・」
書類のやり取りをしているとは言え、あまりカウンターの前に長く居座られると、他の部署の目が気になって来る。
ただでさえ目立つ大久保瞬が、総務部の高嶺の花と楽しそうに雑談していた、なんて言いふらされたら目も当てられない。
「じゃあ、どっちか選んでくださいよ」
ほら早く、と嬉しそうに顔を近づけて来る瞬の笑顔は、勝ち誇った人間のそれだ。
ぺしりと引っ叩いてやりたい気持ちになるが、そんなことをしたら最後、明日からこの会社に友世の居場所はない。
「う、梅酒!」
「分かりました。じゃあ、その次はカクテルで」
「・・・・!!!」
楽しみですね、と笑う瞬を睨みつけた矢先、佳織が横からさっき宅急便で届いたばかりの小包を差し出して来た。
「悪いけど、これ国際部に届けて来て。急ぎらしいのよ」
「あ、はい!すぐ行ってきます!」
これで瞬から逃げられると勇んで小包を受け取れば、じゃあ行きましょっかとまるで先導するように彼が歩き出した。
営業部と国際部は一階違いのフロアなのだ。
歯噛みする思いで背の高い彼の後ろ姿を睨みつける。
社内一のイケメンに剣呑な視線を送れるのは友世位のものだろう。
国際部に急ぎの荷物を届けて、エレベーターホールに戻ると、待ち構えていた瞬が片手を差し出した。
「だから、待ち伏せはやめてって・・」
「携帯貸してください」
「・・・だから、連絡先は・・」
教えないと首を振った途端、ポケットに入れていた携帯のストラップがするんと飛び出して来た。
慌てて中に戻そうとするも、そのまま携帯が滑り落ちて来る。
あ、と思った時には、パールホワイトのそれが床に転がっていく。
友世がしゃがみ込むよりも早く、瞬がそれを拾い上げた。
にやりと意地の悪い笑みを浮かべた彼が、友世の携帯を高く持ち上げて見せる。
飛び跳ねたって絶対に届かない場所だ。
「返して欲しかったら、ちょっとだけ付き合ってくださいね。お茶買いに行くんで、隣まで」
自販機の種類は第二ビルの方が充実している。
とはいえ、本社ビルの自販機もそれなりに種類があるはずだ。
よりによってどうして第二ビルなのか。
二人で居る場面を一番見せたくない相手がいる場所。
時間的にも休憩時間なので、暮羽がやって来る可能性は高い。
綺麗にタイミングが重なるのは物凄く低確率だろうが、それでも油断は出来ない。
「なんで第二ビルなの!?」
詰るように問いかければ。
携帯を揺らしたまま瞬が嬉しそうに目を細めた。
「そのほうが長く一緒に居られるから」
「・・・・!こんなとこで止めて!」
「じゃあ、逃げ回るのやめましょうよ。俺の事よく知りもしないで却下するのは狡いですよ」
「知ってるわよ」
「だから、それは俺の上っ面でしょ?俺の好きなものとか、好きな事・・・」
「きょ、興味ないから」
「なら持って」
必死になって言い募っている間にも、第二ビルに到着してしまう。
会いませんように、会いませんように、と祈るような気持ちでエレベーターに乗り込んだ。
そわそわと落ち着かない様子の友世に、瞬が怪訝な顔になる。
「どうしました?」
「別に・・あ、そうだ!ちょうど休憩時間だし、暮ちゃんも誘いましょ!」
鉢合わせするのが怖いなら、こちらから誘いかければ良いのだ。
たまたま第二ビルに行こうとした所、瞬と会ったので、それなら暮羽を誘おうという話になった、と言えば不自然な所はどこにも無い筈だ。
だって第二ビルの自販機は種類が豊富なのだから。
隠れる事ばかり考えていた友世は、珍しく浮かんだ名案に一気に表情を明るくした。
商品部のフロア8Fのボタンを押して、瞬の方を振り返る。
「いいでしょ?」
「・・いいですけど・・」
ひょいと肩を竦めて瞬が頷いた。
間もなくエレベーターが8階に到着する。
フロアを覗いたけれど、残念ながら暮羽の姿は見当たらなかった。
仕方なく二人で14階に上がろうと、エレベーターホールで降りて来るエレベーターを待つ。
と、暫くして到着したエレベーターのドアの先に、まさかの探し人が居た。
友世はいつも通りの笑顔を浮かべて、後輩に向かって呼びかける。
「暮ちゃん!よかった探してたのよ」
「そこで一緒になってさ」
手を振る二人を見た暮羽が、エレベーターの中から驚いたように声を上げた。
「友世さん・・・瞬君」
「いまね、ちょっと余裕あるから、折角なら14階で一緒にお茶したいなと思ったんだけど・・・もう買ってきちゃったのね?」
彼女の手にはすでにリンゴジュースが握られている。
ついさっき上で買って来たところなのだろう。
「あ・・・」
困ったように視線を逸らした暮羽の表情は困惑そのもの。
けれど、こうして声を掛けた事で友世の罪悪感は少しだけ薄れた。
暮羽の目を盗んで、彼女の想い人と二人きりになろうとしたわけでは無い、という大義名分は友世に呼吸をしやすくさせる。
じゃあまた今度誘うね、と言おうとした矢先。
一緒にエレベーターに乗っていた国際部の相良が、暮羽の腕を掴んだ。
「暮羽、行くよ」
さも親し気にそう呼びかけて、暮羽を連れてエレベーターから降りて行く。
「お疲れ様」
穏やかな挨拶に、友世と瞬は呆然としながらも挨拶を返した。
「あ・・・お疲れ様です・・・」
あまりにも自然過ぎる二人の姿は、一見すると付き合っているようにも見て取れる。
けれど、さっきの暮羽の困惑顔からして、彼女の気持ちはまだ瞬に向かっているのだろう。
だとしたら、相良は・・?
二人が商品部のフロアに消えていくのをぼんやりと見つめていると、瞬がへえ、と呟いた。
「相良さんって暮羽ちゃん狙いだったのか・・」
「・・!?」
やっぱりそれはそういう事なのかと瞬を見上げれば。
「どうしたんです?」
訝しむ表情で問い返される。
暮羽の気持ちをここで暴露するわけにはいかない。
「え・・・いえ・・別に・・・相良さんって、佳織さんの同期なのよね」
「国際部の出世頭ですよ。海外赴任経験もあるし、語学も堪能で、家は志堂の分家筋だから、将来も安泰。人間的にも俺は好きですけどね。暮羽ちゃんがああいう男と付き合うのは大賛成です」
安心できる、と嬉しそうに微笑む瞬には、裏も含みもまるでない。
彼は本当に暮羽の気持ちに気づいていないのだろうか。
「さ・・寂しくは無いの?」
「女友達が幸せになってくれるならそれが一番でしょ。行きますよ」
思い出させるように、友世の携帯を目の前にぶら下げて、到着したエレベーターに瞬が乗り込む。
相良の矢印と暮羽の矢印の行方を思うと、友世は何とも言えない気持ちになった。
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