第6話 待ち伏せ

「もう待ち伏せしないで」


「じゃあ、連絡先教えてください」


「・・・必要ないでしょ」


すでにこのやり取りは三度目だ。


届いたライチソーダを一口飲んで素っ気なく答えれば、ひとつ頷いた瞬が別の切り口から入って来た。


「暮羽ちゃんに訊いたんですけど」


「え!?」


さすがにここで後輩の名前が出ると、冷静ではいられない。


一体彼らの間でどんなやり取りがなされたのか、暮羽は、瞬の気持ちを知ってしまったのだろうか。


背中を冷や汗が伝う。


必死に予定を詰め込んで、部活に顔出さないようにしていたのに、これでは全てが水の泡だ。


「そんな驚きます?俺、あの子の友達ですよ」


「知ってるわよ!」


嫌というほど知っている、だからこそ発言には気を付けて貰いたいのに。


「川上さんの連絡先教えてって言ったら、人伝じゃなくて直接聞いてって断られました。他の人から訊かれてもそうしてるからって」


高嶺の花とお近づきになりたいけれど、その方法が分からない男性社員は、手近なところから攻め込んで来るものだ。


舞も暮羽も、そういったお問い合わせには一貫してお伝えしかねます、という態度を貫いてくれていた。


暮羽は瞬の学生時代からの友人だし、きっと心苦しかった筈だ、申し訳ない。


「あ・・・そう・・・」


「俺の方が付き合い長いのに、そういうところ、義理堅いんですよ、暮羽ちゃん」


「いい子なのよ」


「そうですね」


「あの、大久保君・・言ってないわよね・・?」


「何をですか?」


「あたしたちのこと・・」


あれだけ決定的な場面も見られたにも拘らず、不思議な位瞬と友世の関係は噂になっていない。


工程管理部を牛耳っている社内一の情報通である山下亜季が、情報を上手くコントロールしているらしい。


佳織からは、何かあれば相談するように、と言われただけで、それ以降二人の関係について突かれていないおかげで、部署でも今まで通り仕事を続けられている。


変化した事といえば、あれ以来誰も友世に告白してこなくなった。


これまでは、仕事帰りの駅で捕まってぐったりして帰宅する事もあったのに。


仕事帰りに男性社員に遭遇する事が無くなったのは、多分、間違いなく彼のせいだ。


どういうわけか、友世が退社するタイミングでいつも従業員入り口の側で待ち伏せしているのだ。


そのまま駅まで友世を送って、その足で仕事に戻る事もあれば、そのまま一緒に帰宅する事もある。


二回に一回は上手く丸め込まれて、食事に付き合わされてしまう。


本当に押しに弱い自分が情けない。


暮羽がいま二人をどんな風に見ているのか物凄く気になるけれど、知りたくない。


だけれど、知らなくては、次にどんな顔で会えば良いのか分からない。


「言ってませんよ」


あっさりと頷いた瞬が、ビールをテーブルの上に戻した。


今日彼が選んだお店は、雑居ビルの中にある、一見居酒屋には見えない不思議なタイ料理店だった。


絶対に誰かに連れて来られないと分からないその店は、テーブル席が5つだけのこじんまりとした店舗で、これまで瞬が友世を案内したどの店よりも砕けた雰囲気だった。


これまで彼と食事に行った店は、どちらかというと、デート向けのお洒落なお店ばかりだったのだ。


カップルがメインの店の雰囲気に身構えてしまう友世を気遣って、違う店を選んでくれたようだった。


その気遣いにホッして、ちょっと彼を見直してしまう素直な自分が憎い。


「でも、言ってなくても気づいてると思いますけどね。俺が女の子の連絡先自分から聞くのって初めてなんで」


「そんなの分かんないでしょ!何かあったの時の緊急連絡先的な用途だって・・・」


「あるわけないでしょ。部署も違う俺達が緊急連絡取り合う状況って思い浮かびます?」


「・・・ない・・けど」


「俺も、女友達に自分の恋愛ゴトをあれこれ詮索されるの嫌いなんで余計な事は言ってません。付き合ったらその時はちゃんと報告しますけどね。だから、川上さんも俺の事は暮羽ちゃんじゃなくて、俺に直接聞いてください。歩き回ってる噂鵜呑みにしないで」


「・・・もうすでに色々聞いてるから、これ以上聞く事はないわ・・」


どれ位のスパンで彼女が変わるのか、付き合ってきた彼女の系統まで網羅してしまっている。


「へえ・・ちょっとは俺に興味あるんだ。安心した」


「ちがっ!大久保君目当ての女の子が詰めかけるから、その度に暮羽ちゃんが、質問攻めに合うのよ。別に聞きたくて聞いてたわけじゃないから」


「・・・じゃあその中で印象に残ってることは?」


「・・・・一番長く付き合った彼女が半年とか7か月とか」


「あ、それはほんとです」


「・・・・そういうノリであたしにも付き合おうって言ったのね」


「いい加減な気持ちで付き合ってきたわけじゃないですよ。別に拗れてないし、実際今会ってもちゃんと喋れる位円満に別れてますよ、どの子とも」


「・・・待って、ちょっとその感覚あたしには理解できないかもしれない」


「でしょうね」


「でしょうねって何!?」


「川上さんの事見てれば分かりますよ。他人に踏み込むのも踏み込まれるのも怖いんですよね?」


この短期間でどうしてそんなことが分かってしまうのか。


年齢こそ友世のほうが上だけれど、人生の経験値は明らかに彼の方が上のように感じられる。


負けた気持ちになってぐうっと黙り込めば。


「告白して付き合えば、嫌でもお互いのプライベートに踏み込むことになる。いい所も悪い所も見せ合うことになるでしょ?だから、それを知ったうえで譲歩して続けるか、それとも別の相手を探すかのどっちかになるんですよ。完璧な人間っていないから」


「・・・」


「俺は、川上さんのプライベートを知りたいなと思って、付き合って欲しいって言ったんですよ。高嶺の花に憧れたわけじゃないから、肩肘張らなくて大丈夫。美人だと思うけど、そこに惹かれたわけじゃない」


「褒めてる・・わけじゃないのよね・・?」


「毎回必死になってごめんなさいって謝って、また誰かを傷つけたなって凹むところをこれ以上見たくなくて」


「・・・」


「それが、告白の理由です」


適当に誰かと付き合えば、告白される機会はぐっと減るだろう。


だけど、その為に寄り添えない誰かを犠牲には出来ない。


向けられた愛情を返せるわけでもないのに、その相手を盾にするのは違うと思った。


「・・・大久保君、あたしの事可哀想だと思ったんだ」


「分類分けしたら同じ枠に入るタイプだとは思ってますけど、同情じゃないですよ。俺は川上さんほど優しくない」


「・・・じゃあ興味?」


何度繰り返しても慣れないごめんなさいに、圧し潰されそうになっている友世が滑稽だったのだろうか。


高嶺の花のくせに?


自分ならもっと上手くできるのにって?


「ごめんなさいを言い慣れてる人から、好きって言って貰えたら嬉しいだろうなって」


油断した隙に投下された爆弾は、極上の笑顔と共に友世の胸に突き刺さった。


息を飲んだのはほんの一瞬。


痺れた胸は一晩元には戻ってくれなかった。

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