第11話 攻防と告白

深呼吸を3回。


手の平に人って書いて飲み込むこと5回。


・・・こんなことしたの何年ぶり?


新入社員向けの会社説明会の司会を任された時以来じゃない?


っていうかそれ以上に緊張してるし・・・


あああもう・・・こんな自分が信じられない・・


もう何度も伝えて来たごめんなさい。


それを、ある程度距離を詰めていた人に真正面から告げるのは、かなりしんどい。



駅前の広場で携帯を握りしめて立ち尽くす。


タクシー乗り場の時計は19時過ぎを指している。


待ち合わせの人で賑わうこの場所にそぐわない緊張しきった面持ちで、友世はもう何度目か分からない溜息を吐いた。


いつもは一人でこういった場所に立つと、ものの数分で余計な声を掛けられて、対応に苦慮することもしばしばなのだが、今日は友世の不穏な気配を感じ取ったのか、誰も声を掛けて来ない。


地元から幼馴染たちと一緒に出掛ける以外の待ち合わせは、駅前ではなく本屋やコンビニを指定するようにしていた。


その方が面倒ごとに巻き込まれずに済むからだ。


分かりやすいナンパもあれば、これ見よがしに近所のお店への案内を依頼してくる変わり種もあるので、油断は出来ないのだ。


だから、駅前にぽつんと一人というのは、友世にとってこれ以上ない位心許ない状況だった。


向けられた好意に応えられない罪悪感は、どれだけその機会が増えたって慣れる事も麻痺する事も無い。


友世に思いを寄せてくれていた彼らは、どれだけの思いを抱えて、決死の覚悟で打ち明けてくれていたのだろう。


いつも逃げ腰のごめんなさいを繰り返して来た友世は、瞬とか関わるようになってから、改めて彼らの勇気を思い知った。


何を言われても、出せる答えは一つだけ、そう、一つだけだ。


強く掌を握り締めると、タイミングよく携帯が鳴りだした。


表示された着信通知を確かめて、深く深く息を、吸い込む。


「・・・はい・・」


震える声で問いかけると、安堵したような彼の声が電波に乗って聞こえてきた。


途端、胸が、ざわめく。


「俺です。今駅前なんだけど、どこにいます?」


「噴水広場の・・きゃ」


当たりを見回そうとした瞬間、背後から手首を掴まれた。


「捕まえた」


こちらを覗き込む長身を必死に睨みつける。


「な・・・・つっ捕まりませんっ!」


腕を引き抜こうとしてみるが、当然のように瞬は力を緩めようとしない。


「悪あがきは止めにして、ちゃんと俺の話聞いて下さいね」


「・・・話は・・・聞くけど、答えは変わらないと思う」


もうすでに心は決まっているのだ。


友世の頑なな返事に、軽く眉を上げて見せた瞬はとりあえず歩きましょ、と言った。


「いいけど・・・どこに」


「ここで立ち話続けたら、多分見世物パンダになりますよ?」


ひょいと視線を巡らせる彼の後を追えば、すでに結構な数の人の視線がこちらに向かっている。


暗がりでもイケメンは十分すぎる程目立つのだ。


そして、やっぱり仕事帰りと思わしきサラリーマンや、学校帰りの男子高校生たちの視線が友世に集まっている。


こうして揃って立っているだけで注目を集めてしまうのだ。


衆人環視の中で告白劇を繰り広げる度胸は無い。


人目を避けるように駅前を抜けて、大通りを裏に入って二本ほど通りを抜けると一気に喧騒は遠ざかった。


見えて来た小さな公園には、ちょうど誰もいなかった。


入り口のポールを軽く跨いで、瞬が背後を振り返る。


「暮羽ちゃんの気持ちなら、知ってますよ」


さらりと告げられた一言に、友世は目を剥いた。


「俺が入社してすぐ位かなぁ・・・なんかの拍子に二人きりになって、珍しくてんぱってるあの子を見た時に察しがつきました。俺としては仲のいい女友達の一人だし、これからもいい友達でいたいと思ってたから、そこは見ない振りで付き合ってきた。告白されたらさすがに断らないとだめだけど、言われるまでは普通の友達でいられるでしょ?そのうち、暮羽ちゃんが別の誰かを好きになってくれたらな、と思ってました。だから、正直相良さんの登場は有難かった」


「暮羽ちゃんを・・好きになる可能性って1%もないの・・?」


「もし恋愛感情を持ちそうだったらとっくに口説いてると思いますよ。あの子良い子だし」


「・・・そう・・・知ってたんだ・・」


「川上さんは、俺と暮羽ちゃんをくっつけたかったんでしょうけど・・・逆立ちしたって無理ですよ」


「・・・」


「それに、相良さんのあの態度見たでしょ?どうせすぐに纏まりますよ。だから、余計な心配は不要です」


「・・・でも、だからって」


そんな簡単にああそうですか、と頷けるものでもない。


「暮羽ちゃんを通さずに、俺の事ちゃんと見て。後輩に嫌われたくないって気持ちも・・分かるけど」


「ほんとに分かる?あたしにとっては、大人になってから初めて出来た・・ちゃんとした友達なの・・・あたしの事を色眼鏡抜きで見てくれる、大事な人なの」


幼馴染たちの頼もしい守りの囲いの中から飛び出して、初めて自分で選んで、自分一人で見つけた居場所だ。


暮羽ちゃん、と笑顔で擦り寄って来られる度、この子たちはいつまで自分と友達でいてくれるんだろう、いつまで一緒のグループに居させてもらえるんだろうと、常に不安と隣り合わせの少女時代を過ごした友世にとって、茶道部とは、何にも代えがたい特別な場所だった。


舞も暮羽も、驚くくらい友世を普通の女の子として扱ってくれて、一度も高嶺の花扱いなんてしたことが無い。


彼女達の前では、友世はただの友世になって、幼馴染たちと過ごす時間と同じように自由でいられる。


その場所を、自分の選択のせいで失ってしまうなんて、そんなの絶対許せない。


「じゃあ、待ちます」


「・・・待つって何を」


ここは、分かりました、と言って引き下がるところだろう。


きょとんとした顔になった友世に、瞬が開き直ったように朗らかに笑いかけた。


「俺も、人生で初めての追いかける恋なんで、そう簡単には諦めきれませんから」


「え・・でも・・・」


「川上さんが一番気にしてるのは、暮羽ちゃんを裏切って俺と付き合うのが心苦しいってところでしょ?」


「・・・・うん」


「暮羽ちゃんがもしいなかったら、どうですか?」


「いないなんて考えられないから」


「じゃあ、暮羽ちゃんが、相良さんを好きだったら?暮羽ちゃんを裏切ることにはならない、そうですよね」


「うん」


「誰も裏切らないから、罪悪感を覚える事も無い。それでも俺の事迷惑ですか?」


「・・・迷惑ではない」


暮羽のことがあるから、ひたすらにそういう対象として考えていなかったけれど、それさえなければ彼は誰もが羨む理想の彼氏そのものだ。


友世に対してはいつも優しいし、戸惑わせることはあっても、不愉快にさせられることはない。


なんでもそつなくこなすし、エスコートはいつも完璧。


女の子に気を遣わせないやり方を心得ている。


「じゃあ、答えは出た」


「ちょっと待って、だってそれたらればでしょ!?」


「だから、そうなるまで待ちますよ。だから、俺がその間ずっと川上さんを好きでいてもいいですよね?」


好きでいるのをやめてください、なんて言える訳もない。


いくら好意を向けられているからといって、相手の気持ちまで勝手に操作するなんて出来ない。


「・・・暮羽ちゃんの前で分かりやすい態度は取らないで」


暮羽の前で堂々と口説かれてしまえば、今度こそ本当に友世は茶道部に身の置き所が無くなってしまう。


お願い、と頭を下げれば。


「わかりました。約束します」


鷹揚に頷いた彼が、次の瞬間には友世を腕の中に閉じ込めていた。


するりと背中に回された腕に唖然とした次の瞬間、つむじにキスが落ちる。


「・・・っ!」


息を飲んだ友世の耳元で、瞬が決定事項のように告げた。


「でも、それ以外の場所では遠慮なく口説きますよ」

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