第3話・父さん浮気してる?



「なんだ、これ?」



  それに気がついたのは、息子だった。息子は当時中学1年生。夫からアイパットを借りていて、友達とTwitterで交流していたのだけど、そのアイパットに、ある出会い系サイトからの待機のお知らせが入って来たのだ。

 学校が試験休みで暇を持て余していた息子は、その表示がトップ画面に現れ、困惑したように私に手にしたアイパットを見せてきた。



「父さんかな?」



 息子は用心深く、履歴を調べて夫がいくつかの出会い系サイトを登録していることに気がついた。



「母さん。父さん、浮気している?」



 息子の言葉の語尾があがる。息子としては信じがたい夫の一面に触れてしまったように思えてならないのだろう。恐らくショックを受けているに違いない。

 私の心は自然と凪いでいた。いつかこういう日が来ることを想定していたような気もする。いや、夫に対する不満のようなものの答えがここで露わとなって、やっぱりという思いの方が強いのかも知れなかった。




──この間はユッコちゃんのアソコ……すご~く、気持ち良かったからすぐ出ちゃった──



 出ちゃったという感想の後の滴のマークと、困惑した顔の絵文字。

 それだけで二人の深い仲が知れる。



──年明け、何回か連絡もらったのに行けなくてごめんね。

また、タイミングが合えば絶対に会いに行くからよろしく。

 それと今後だけど……、

1時間でもイイから、

ラブホ行けそうなタイミングとかありそう?──




──おはよう!

寝落ちしているかもって思ったよ。

今日会えるなら、バツとして2回してもいいかなぁ?♡♡♡──




──会いたいけど、今夜はうちの家族が寝てからになるから遅い時間になりそう……。24時過ぎとかでも大丈夫? 車の中で会おう──



 などとそこには、夫がユッコなる女性との生々しい性生活ライフが記されていた。

 夫のメールに対しユッコは、


──私も気持ち良かった。あの時、中に出していましたよね?──

──なるべく! 早めにメール下さい──


──ごめんなさい。昨日、待ちながら寝落ちしちゃって。バツとして2回は、私の体では厳しい……──


──今、お風呂入っていました。すぐに返信できなくてすみません。着いたら連絡下さい。パジャマで行きます。──


 と、返信していた。ユッコという女性は、若い娘ではないようだ。私と同世代ではないかと思う。文面の丁寧な言葉遣いや、「パジャマ」「2回は体が持たない」と言う言葉。


 相手に対し下手に見せているようにみえるけれど、姿の見えない相手から、「あなたよりも私の方が旦那さんに愛されている」と、挑戦状を突きつけられたような気がしてならなかった。


 呆然とする私に息子が「母さん?」と、声をかけてくる。頭の中の整理に時間がかかった。


「きみが言っていた通りだったね」


 息子が夜中に家を出て行く夫に気がつき、翌朝、私に父さんは「どこに行っていたのだろう?」と、聞いてきたことがある。

 その言葉にもしやと、疑いつつも浮気となる証拠も無かったし、夫の仕事は朝早く家を出るので聞くタイミングを外してしまったのもあり、息子には「煙草でも買いに行っていたのかもね」と、無難な言い訳で誤魔化していた。自分もそうであって欲しいと望んでいた。


 しかし、こうして見つけた夫の浮気の証拠を前にして、ショックよりはやっぱりか……と、思う気持ちが強かった。


 私も夫に触れられなくなってから、いつしか夫に対する愛情はすり切れて無くなっていたらしい。ただ、父親が出会い系サイトで知り合った女性と、浮気していたという事を知った息子が気にかかった。


 息子は父親が大好きだったから、彼のショックは計り知れないと思っていたのだけど。


「離婚するの?」


 息子から唐突に聞かれた。思わず聞き返していた。



「離婚したらショック?」

「そりゃあ、ショックだよ。僕はここのマンションで今まで暮らして来たし、それが全部なかったことになるんだから」

「そうね。もしも、父さんと離婚となったら、きみはどちらに着いていく?」

「母さんに着いていくよ」



 父親が大好きだっただけに、浮気は許せなかったらしい。嫌悪したように息子は吐き捨てた。


 すぐにでも離婚したかったが、その後、同居していた舅が癌になり亡くなると、その葬儀やら田舎に残してきた物の処分やらに追われ、言い出せずに数年が過ぎた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る