姉妹の罰ゲームと内緒の気持ち

綾乃姫音真

姉妹の罰ゲームと内緒の気持ち

「マジか、あそこから負けちゃうのかぁ。あたしがやらかしたわけじゃないし――」


 そう言ってお姉ちゃんはゲームのコントローラーをテーブルに叩きつけるまではいかないものの、部屋中に音が鳴り響く程度には強く置いた。自分の部屋で、自分のテーブルに、自分のコントローラーだからって物に当たるのはどうかと思う。


「お姉ちゃん。そういうの良くないと思うよ」


 無意識のうちに口を出ていた私の言葉にジトーとした視線を送ってくるお姉ちゃん、うん、言いたいことはわかるよ? お前が言うなってことでしょ? 自覚あるから大丈夫。


「まったく……それで罰ゲームであたしはなにをやらされるのかしら?」


  言いながらお姉ちゃんがこちらに身体ごと向き直った。私も同じようにしていたから自然と向き合う形に。元々、肩が触れ合うような距離で並んでいたこともあって視界がお姉ちゃんでほぼ埋まってしまう。

 双子だけあって私と同じ顔、髪も二人揃って肩で切り揃えているからクラスメイトからもたまに間違えられることがある。特に後ろ姿だとほんとに見分けがつかないらしい。逆に前からなら身体の一部がそれなりに違うから見分けは付きやすいはず。ただ体操服とかならともかく厚着してると見分けるのキツイかもってレベルの差だけどね。


「抱っこして」


 簡潔にやってほしいことを告げる私に、お姉ちゃんは色々な感情が心の内で渦巻いたのか百面相をしていた。


「……抱っこって、あんた何歳よ」


 お姉ちゃんがようやく口にした言葉は、どれだけ深い溜め息を飲み込んだんだろうってくらい呆れ返ったものだった。声色も普段のクールながらも人を拒絶してない優しさのあるものじゃなく壁を感じるようなもの。


「双子だよ? お姉ちゃんとおんなじ十七歳です!」


「……はぁ。いや、彼氏にしてもらいたいならまだ理解できるのよ……あたしも」


「お姉ちゃん、そういうの好きだもんね」


 学校ではクールなスポーツ少女なのに、家では少女漫画と乙女ゲーばっかやってるもんねぇ。仲のいい友達にすら秘密にしてるし。


「うっさい、あたしのことはいいのよ」


「じゃあ問題ないよね」


「あるわ、問題だらけだわ」


 それじゃ早速と腰を上げたところでお姉ちゃんが座ったまま私から距離を取った。そしてシャツの胸元あたりを摘むとパタパタと扇いで空気を送り込んでいた。


「お姉ちゃん汗っかきだもんね、私は気にしないよ?」


 むしろお姉ちゃんの汗の匂い好きだし。直接言うと気持ち悪がられるから言わないけど。梅雨があけるかあけないかのジメッとした休日のお姉ちゃんの部屋。家族以外には見られないからと、部屋着に使っているのは中学時代の体操服だったりするお姉ちゃん。それでも暑いのかシャツの袖は肩まで、ハーフパンツの裾は太ももの半ばまで捲っていた。これが例えば学校の体育とか部活中なら気合入ってる奴扱いされるだけで問題ないんだろうけれど、家だとねぇ。おまけとばかりに、シャツの裾をおヘソの上で結んでいるから、健康的に焼けている手足とは違う白い肌がよく見えているという。

 お姉ちゃんって、ダラけた姿を見せてもいいと思った相手にはほんと気を使わないよね……反面、外ではおしゃれとかに人一倍気を使っている。その切り替え具合はとても真似できないと思う。


「気にするわ。というかあんたは暑くないの?」


 言われて自分の格好を見下ろす。少しでも涼しく感じるようにと薄い水色のパジャマ。上は半袖で下は七分丈。生地は通気性を重視しながら肌触りも気に入っているものだった。姉妹で一番の違いは私が靴下を履いているのに対して、裸足のお姉ちゃんという点かもしれない。私はただ単にいくら双子姉妹とはいえ人の部屋に裸足で入るのに抵抗があったからなんだけど……でも、逆の立場だった場合、お姉ちゃんは普通に裸足で私の部屋に入ってくるよなぁ……そして迎え入れる側の私は靴下履いてるね、大体。


「暑いけど、汗びっしょりになるほどじゃないよ」


「嫌味か」


 お姉ちゃん、汗で透けるの警戒して外出るとき大変だもんねぇ。暑がりだから出来るだけ薄着にしたいのに、すぐ汗かいちゃうから中に一枚多く着ることになるという。特に制服の夏服なんてブラウスがすぐに透けるからと苦労している。


「お姉ちゃん、罰ゲームから話を逸らそうとしてるのはわかるけれど抱っこは決定事項だからね」


 そもそも、最初は普通に姉妹でゲームの対戦を楽しんでいたけど罰ゲーム有ったほうが面白いんじゃない? とか言い出したのお姉ちゃんだし。きっと最初はお姉ちゃんが優勢だからこの調子なら今日は負けるはずが無いと思って提案したんだろうなぁ。甘いよ? 何年姉妹やっていると? 私としてはお姉ちゃんが罰ゲームって言い出したときに内心ガッツポーズしたくらいだもん。


「わかったわよ……」


 諦めたのか、両腕を広げるお姉ちゃん。私は遠慮することなく背中を預ける――前に注文をつけることにした。


「お姉ちゃん、胡座じゃなくて正座がいい」


 折角ならお姉ちゃんの部活で引き締まってる太ももを堪能したいです。


「いや、足が痺れるでしょうが」


「え? そんな長い時間抱っこし続けてくれるつもりだったの? なら胡座のままでも――」


「正座ね、そして痺れたら離れること、はい決定!」


 お姉ちゃんが素早く体勢を変えて改めてどうぞと腕を広げて見せる。

 しまった! ものすごく余計なことを言っちゃった気がするよ! 私が要望を出さなければ結構長い時間続けてくれたのかもしれない……。


「んー胡座でもいいよ? 私はお姉ちゃんの好きな方で」


「なに言ってんのよ、これはあたしの罰ゲームなんだから可愛い可愛い妹である沙友理さゆりの希望を叶えるに決まってるじゃない」


「そこはほら、お姉ちゃんの負担になっても困るなーなんて」


「いやいや、罰ゲームの段階で負担になってるでしょうが」


「今回罰ゲームって言い出したのお姉ちゃんだから自業自得だよね」


「……っ」


「……ん」


 無言で睨み合う姉妹。こうしていると本当に同じ顔してるよねぇ……強いて言えばお姉ちゃんのほうが若干ツリ目気味かな?


「さっさと済ませたいんだけど」


 受け入れ体勢のままのお姉ちゃんが急かしてくる。


「私は言い争いになりかけてる間もずっと、私が抱っこされるのを待っててくれたお姉ちゃんが好きだよ」


 この『好き』という言葉。きっと発した私と受け取ったお姉ちゃんとでは意味が違う……お姉ちゃん側から見ると、姉妹の好き。私から見ると、人間として……恋人にしたいの方の好き。『LOVE』の方の好き。家族、それも双子姉妹という同い年の同性に対していつからか抱えてしまったこの感情を、私は誰にも打ち明けることができないでいる。いつも悩み事を真っ先に相談している相手であるお姉ちゃんが対象ではどうしようもない。

 なんとなく今の表情を見られちゃいけないような気がして、お姉ちゃんに背中を向けるようにして太ももに座ると、当然のように私の身体に腕が回された。


「ばーか」


 そして私の耳元で囁くお姉ちゃん。


「っ」


 頬がかっと熱くなるのを感じて、誤魔化すように背もたれに体重をかけるようにお姉ちゃんにより掛かる。


「あ、こら、重いんだけど」


「お姉ちゃんより胸が大きいからその分じゃない?」


 現に、私の背中に感じる感触は互いに薄着の割には大きさを感じられない。もっとも柔らかさを感じるだけのサイズはあるわけだけど。


「運動部のあたしと文化部のあんたの差じゃないの? 余計な脂肪が落ちただけで」


「なんか私が太ってるって言いたいように感じるんだけど」


「言ってない言ってない」


「お姉ちゃんって誤魔化すとき同じ言葉繰り返す癖あるよね」


「……」


 背後から言葉を飲み込んだ気配が伝わってくる。きっと一応は罰ゲーム中だってこと思い出して黙ったんだろうなぁ。こういうとこ真面目だよね。


「ふ、ぁ」


 ぎゅーと、私の身体を強く抱きしめるようにされたことで思わず声が漏れてしまった。ちなみにお姉ちゃんの腕が私の胸の感触を楽しむように一瞬だけ妙な動きをしたことはスルーしておく。むしろ少しくらいなら揉んでもいいのにと思ってしまう。別に拒んだりしないし。なんて。


「昔はあたしがスキンシップ取ろうとしたら必死に抵抗してたくせに、いつのまにか逃げるどころか自分から求めるようになっちゃったものね、沙友理」


 きっと、そのタイミングが私が自身の気持ちに気づいた瞬間だったんだろうなぁ。小学生の頃までは確かに、お姉ちゃんが手を繋ごうとしてきたり、抱きついてきたりしたときに逃げていた記憶があるもん。でも、中学生になって、そういうのが減ったときに私の心の内で生まれた感情があった。最初は戸惑ったし、なにより認められなくて……このままだとマズイとお姉ちゃんから距離を置こうとして、離れた分だけ自分のこの気持ちが大きいことを知ってしまって……お姉ちゃんからのスキンシップから逃げてたのも嫌だったんじゃなくて単に恥ずかしかっただけなんだって自覚しちゃって……そういえば、一番最初に罰ゲームと称してお姉ちゃんとのスキンシップを求めたのは私からだったなぁ、なんて。あのときはお姉ちゃん、本当に嬉しそうだった。それからゲームやテストの点数とか、二人が同じ条件で勝負できるときは罰ゲームを賭けることが普通になっていた。


「そうかもね」


 胸を過る言葉はいっぱいあるけれど、全てを隠す。私がこの気持ちを正直に打ち明けたらお姉ちゃんが困るだろうから。


「沙友理?」


「なぁに?」


 訝しげなお姉ちゃんの声。私は誤魔化すように、右手でお姉ちゃんの太ももを撫でた。


「……こら、なにしてんのよ」


「なにってハーパンを捲りあげて剥き出しになった太ももを撫でているだけだよ? ……やっぱ汗でちょっとベタついてるね」


 スベスベとしている肌もいいけれど、これはこれで良いものだった。折角だからと太ももとふくらはぎの間に手を突っ込んでみる。高めの室温と湿度のせいで体温が上がっているのか熱いくらいだった。だけれど、程よい肉付きの脚に挟まれる感覚はそれ以上に心地よい。


「……このっ」


 反撃とばかりにお姉ちゃんの手が私の顔に伸びてきた。両手でほっぺたを挟まれる。


「お、お姉ちゃんの手熱いって」


「そこかい。普通は汗まみれの手で触られること自体が嫌でしょうに」


「……別にお姉ちゃんの汗だし汚くないよ?」


 これは私の本心。疑問形なのは、コンプレックスのはずの汗まみれの手で触って貰える程度には信頼されてるんだなぁと、内心喜んでいることを悟られないため。顔を見られたら一発でバレてしまうけれど、幸い今は罰ゲーム中で私は背中を向けているから大丈夫なはず。


「……ふーん」


 あ、お姉ちゃんも悪い気してないね、これ。声色から不機嫌な感じがしない……私も声色には気をつけよう。私が気付けるってことはお姉ちゃんも気づける可能性があるってことだし。というか双子ってこういう時、不便だよね。親ですら気づかないことに気づいちゃうことが多いし。だからこそ私はこの恋心を欠片も気づかれないようにしないといけない。気づかれたときのお姉ちゃんの反応がこればかりは読めないから。気味悪がられるだけならいいけど、今の距離感が変わってしまうのは堪えられない。


「っ!?」


 私のうなじに鼻先で触れてくるお姉ちゃん。そのままくんくんと嗅いでくる。突然のことに身体がビクッと跳ねてしまった。


「んー、沙友理もあたしよりマシとは言え汗かいてるのにそんなに汗臭いって感じはしないのよね……なんでだろ」


「……いきなり嗅ぐのはやめてよ」


「あんたが逆の立場だったらどうしてるよ」


「…………確実に嗅いでます」


「でしょうね」


 お姉ちゃんは満足いったのか鼻を離してくれたけれど、私の心臓は暴れまわっていた。お姉ちゃんの手が私の身体の前に戻っていく。もし今、胸の鼓動を確かめられたら、姉妹のスキンシップではありえない程にドキドキしてるのがバレてしまう。


「もう、終わりでいいよ罰ゲームっ」


 反射的に逃げようとするも、今日一番の力で抱きしめられた。


「あたしの罰ゲームなのよ。沙友理が満足するまでしててあげる」


 ほんと真面目なお姉ちゃん。その後も、私はお姉ちゃんに抱っこされ続けた。最終的にはお姉ちゃんの足が痺れて限界を迎えたために別ゲームは終了。ちなみに痺れ始めの段階では、指先で突いたりイタズラしたりも出来た。最初は突くたびにお姉ちゃんが「いっ」とか「ぅっ」とか声を漏らすと同時に、私のお尻の下で足が跳ねるのを楽しんでいたけれど、声に怒りが混ざり始めたところで終わりにしておいた。十七年も双子姉妹やってるだけあって超えちゃいけないラインはしっかりと把握できている。


 好きな人をイジるのは楽しいけれど、怒らせたり泣かせたいわけじゃないもんね。


「うーん、すっごく良い時間だったなぁ。お姉ちゃんの太ももの感触もたっぷりと堪能できたし」


「……あたしは足が痺れるどころか、おもちゃにされたんだけど?」


「まぁまぁ、罰ゲームだし仕方ないよね♪」


「あんた、鏡見てみなさい。今すっごいムカつく顔してるから」


 鏡見なくてもわかるよ。逆の立場で、私が罰ゲームを受けてお姉ちゃんが満足げに微笑んだときの表情にそっくりだと思うし。学校ではクールなスポーツ少女で通してるお姉ちゃんの子供っぽいような、家族でも私だけが知ってる表情。きっと私の恋心の始まりは、そんな私だけに見せてくれる表情があるってことに気づいたのが始まりだったんだろうなぁ。






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