第8話

今日は夜ご飯何食べようかな…。


って、あっっっっっ!!!!!


キューーーーーッ!!


「ちょっと、どこ見てるんですかっ!」


その女性―――今さっき僕の車の前に飛び出してきた人物―――は怯えたような顔でこっちを見ている。


って、あれ?この人、どっかで見たことあるような…。


「…愛歩?」



「「乾杯」」


飛び出してきて自殺未遂を起こした女性―――僕の元カノ・愛歩は今、僕の隣で飲んでいる。


「何があったんだよ」


「別に貴方に言う必要なんてないじゃん」


「まあそうだけどね」


愛歩とは大学のときに付き合っていたが、ある日突然別れを告げられた。

理由を問うと、「なんか貴方は違う気がする」だそうだ。


「私の病院、潰れたんだよ」


…え??


大学を卒業したあと、愛歩は親戚のツテで小さな個人経営の病院に就職した。

でもまさか潰れたとは…。


ん?待てよ?

小さな病院??

潰れた…?


いやいや、そんな事あるわけ無いか。


いやでも…。


「あのさ、その病院ってなんていうの?」


「なんでそんなこと聞きたいの?

…なんてことはまあどーでもいいか。

倉島病院だよ」


まあ分かってたけど名前聞いてもわかんないよな…。


「ありがとう。じゃあお礼にさっきの『なんで聞きたいのか』っていう疑問に答えてあげるよ。

うちの病院に入院しているとある女の子が前、どの病院にいたか知りたかったんだ」


そういったとき、さっきから人間らしくないような愛歩の表情が一瞬変化したのを僕は見逃さなかった。


「ふぅん」


愛歩の返事は簡単なものだった。

でも目は口ほどに物を言うということばはまさにこういうことなんだというくらいに分かった。


「何か心当たりあるんでしょ」


絶対にそうだ。

このことが結衣のことと直接関係あるかもわからないし、あるいは全く関係ないかもしれないけれど、このチャンスを逃すわけにはいかない。


自然と鼓動が速くなる。


その次の瞬間、僕の耳は信じられない言葉を聞いた。


「結衣ちゃん…」


まさか、とは思うが…でもこれで確率はかなり上がったといっても良いだろう。


「その、結衣ちゃんについて詳しく教えて」


「こんなこと本当は言っちゃいけないと思う。でも貴方には特別に教えてあげる。

…結衣ちゃんは、1歳になる前に事故にあって意識がなくて、それでご両親はその事故で亡くなられて…だから身元も分からなくて、だから『結衣』って名前は私達でつけた。でもこの病院が潰れたときに他の病院に移動になって…それからはもうわからない。でも、病院のスタッフはあの子のことを絶対に忘れられない。だって…あんなに小さいのにずっと意識がなくて、しかもご両親は亡くなって…」


そこまでしか聞いていられなかった。

急に意識が遠くなったような気がした。


まさか…まさか…そんな…。


そして気がついたときには僕は立ち上がって床を蹴っていた。


「ちょ、ちょっと!?」


という愛歩の言葉に全く反応できなかった。


そのまま僕は病院に向かって走った。

早くこのことを友紀に伝えなければ…!


僕は周りの人間が怪訝そうに眺めてくるのも気にせずに走った。


愛歩に励ましの言葉をかけられずに帰ってきてしまったことを後悔するが、今はそんなことを考えている場合ではない。


なぜなら結衣は記憶喪失でもなんでもなかったのだということに気づいたのだから。

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