第5話

「けんとせんせー!」


今日も回診で結衣のところに来ている。

昨日はやけ酒で酔いつぶれたから二日酔いでくらくらする。

それでも結衣の声を聞いて少しは気が和らいだ。


「今日、眠いの?」


…バレてしまった。


「そうだね…、ちょっと眠いかな」


流石に酔いつぶれたなんて言えない。

子供の教育に良くない。


それに結衣の過去についての謎を解くためには結衣といい関係を築くことは必要不可欠だ、嫌われてはいけない。


重たい頭を働かせながら、僕はカルテを打つ。

文字がただの記号に見えてしまいそうになるのを必死にこらえた。


結衣が目を覚ましてから、結衣の経過観察は順調だ。

このまま行くともうすぐ退院になってしまいそうだ。


それは困る。なぜって結衣に隠された秘密を見つけ出せなくなってしまう。


なにか入院が長引くように出来ないか…?


「結衣ちゃん、最近何か具合悪かったりすることってない?」


もしここであれば検査したりとかで少しは時間を稼げる。

結衣には元気でいてほしいと思うが、時間を稼ぐには悪いところがあると答えてもらわなければいけない。


「うーん、元気だよ」


…だよな。

淡い期待が一瞬にして消え去った。


「あ、でも」


でも⁉

でもなんだ⁉


真っ暗になった世界にまたもや期待の光が出てきた。


「退院するのは嫌だな」


お⁉

これはチャンスでは…⁉


「な、何で退院したくないの?」


心臓の鼓動が早くなった。もう飛び出してしまいそうだ。


「だって、お医者さんが、退院したらなんか他の施設に行かなくちゃいけなくなるんだって。それで、もうこの病院には戻ってこれないって。そのお医者さんは、結衣はそこに行ったほうが自由も多くて楽しいって言ってたけど、結衣はけんとせんせーとかとお別れするのは嫌なの」


なるほど。

結衣の両親は事故で亡くなっている。引き取り手がいないのか。


それにしても退院は困ると思っていたが、施設に入ってしまうと、更に調べづらくなってしまう。それはもっと困る。


「けんとせんせー、このまま結衣は退院しなきゃいけないの?」


幼い結衣が上目遣いにこちらを見ている。でもその目は笑っていなかった。

いつも笑顔の結衣が笑っていない。

それだけで痛々しかった。


「大丈夫だよ」


結衣は顔を上げる。


「先生が結衣ちゃんを守ってあげるよ」


「…本当に?」


「うん」


「ありがとう、けんとせんせー!」


そういう結衣の顔はいつもの明るいものに戻っていた。

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