第3話
次の日、僕は結衣のカルテを見るために少し早めに来ていた。
結衣に何があったのか。それを知るために。
結衣がこの病院に来たのは2年前。
でも事故に遭ったのがいつなのかは書かれていなかった。
普通なら書いてるはずなのに何で…?
一流の脳外科医なら記憶を操作し、記憶喪失のようにさせることも可能だろう。
でも、その手術を受けるにはお金がかかりすぎる。両親がいない子供にそんな額が払えるはずもない。
もう一つ考えられるのは、違法な手術だ。
ただ、これも、幼い結衣が知るわけがないし、仮に医者や看護師などにそれを聞いたとしても、そのことを覚えているはずだ。
この2つの仮説は少なくとも違いそうだ。じゃあ他に何が考えられるのか…?
他の可能性は…?
考えれば考えるほどわからなくなる。
「安藤先生」
どこかから聞こえてきた僕の名前を呼ぶ声で僕は我に返った。
「回診の時間ですよ」
看護師のめんどくさそうなセリフを聞いて、僕は「あ、はい」と言って移動し始めた。
愛想ないなぁ。
今来たナースの年齢は、22歳くらいだろうか。
若くて美人な、あのナースの背中をついおってしまった。
可愛かったなぁ。
もっと愛想よくすればもっと可愛いのになぁ。
バシッ
「±π×∆¤µ√⁉⁈」
「なぁにエロい顔してんのよ」
後ろから現れたのは、同期の永原舞だ。
「なんだよ。してねーよ。
ってかお前、いてーよ」
舞も僕も大学のサークルで空手をやっていた。そのせいでこいつのパンチは痛かったのだ。
「なに、狙ってるナースでもいんの?」
図星をつかれた僕はあからさまに目を泳がせてしまう。
「やっぱそうなんだ」
舞が意地悪そうな笑みを浮かべる。
くそ、煽りやがって。
「良くも悪くも、あんたは昔から素直だからね、付き合いが長い私じゃなくても考えてることがだいたい分かるんだよねー」
「うるさいな、ひねくれてる舞よりはマシだろ」
「ひねくれてて悪かったね」
そう言って舞はすねる真似をする。
でも大丈夫だ。舞はよく言うとさっぱりしてる、悪く言うとすぐに忘れるから。
「で、誰狙ってんの?」
今回もいつも通りすぐに忘れた。
でも、今回に限りわすれないで欲しかった。
「別に誰でもいいだろ」
僕が素っ気なく言ったその時、さっきのあのナースが、「あの…」と声をかけてきた。
僕の心臓が飛び上がる。
「は、はいっ!」
裏返った声が出た。
ヤバい…、裏返った…。
「あの…回診…行ってもらえますか?」
「は、はいぃっ!」
そうだった。回診、忘れてた…。
急がねば。
「い、今行きますねっ」
急いで準備を整え、回診に向かおうとする僕に、舞は、「あの子か」という視線を向けてける。
あ、そうだ。まずい。
あのナースに僕と舞の関係を誤解されたらまずい。
「あ、あの…!」
「はい?」
さっきよりも上目遣いで僕を見上げる彼女に、
「ち、違うから!」
としか言うことができなかった。
「はぁ、」
彼女の不審そうな眼差しを背中にチクチクと受けながら僕は今度こそ本当に回診に行った。
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