第15話

俺、エイルの朝の日課は変わらない。


ベッドから起きるとまずは着替えを済ませ、身支度を整えると昨日の残り物から食べられるだけ食べる。


家を出る前にもう一度鏡を見て身だしなみを確認する。




「...はは。 なんだこれ。」




まるで初めて見るかのように目の下にくっきりとできた隈を指でなぞり、ため息をつく。





無理もない。


世界を救うためとはいえ、あの3人は俺が殺したようなものだ。


もちろん彼女らの死因が自殺であることも、俺に課せられた仕事についても十分理解しているつもりだ。




ただ、救える人間を、救いたいと思えた人間を救えなかった無力感はエイルに重くのしかかり、闇となって心を侵食する。




当然、エイルの魂に一部を同化させることで一心同体ともいえるようになったアリアの精神についても同じことがいえよう。いまや二人の精神は同一のものへと変貌を遂げようとしていた。


もしかしたら現在のエイルの精神の不安定さも同化による副作用の類かもしれない。




『どうやら限界みたいじゃない。』




扉に手をかけようとしたそのとき、もう何度目かもわからない声が頭の中に響いた。


アリア・ヴァレィだ。




「それはあなただって同じことだろう? 用事がないなら話しかけないでもらえるとありがたいんだが。」




頭の中で会話するのにはどうにも慣れない。ぬぐい切れない非現実感でついにはおかしくなってしまったのかと思ってしまうほどには。




『忘れてないでしょうね。 あなたと私は一心同体。 あなたがそんなのだと私が困るの。 早く何とかしてくれないかしら。』




「...わかっているさ。」




尊大な態度をとるこの女に逆らえないのはひとえにこの女に生殺与奪の権利が握られているからだ。事実、魂が一部同化したのもこの女の仕業で、その気になれば魂を消し去るなど容易だろう。この女の力は見くびらないほうがいい。




『...というか。 あなたどこに行くの。 今日は仕事はないって言ってたじゃない。』




エイルは力なく微笑む。




「...近くのリニューアルされたリゾートスパだ。 心身を休養させるのも仕事の一環だろ?」




『仕事って...。楽でいいわね。』




「はは...。 おかげさまでな。」




思ったよりもアリアの心の闇は感じられない。


ドアノブをひねり家を出る。その足取りは心無しか家の中よりも軽い気がした。












この時には気づきもしなかった。


想像だにしなかった。






アリアの心の闇が増幅していることを。


それによって引き起こされるリゾートスパでの大事件を。



作者 よめるよめさん

https://kakuyomu.jp/users/YOMERUYOME

代表作「Vs.」

https://kakuyomu.jp/works/16816700429021883885

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