第9話

……なんだろうか、こんなタイミングで。


「あの、なんですか」


 エイルが剣呑な表情を浮かべてそう言う。きっと彼女も、突然現れたこの老人に不信感を覚えているのだろう。


「その傷は──」


「あなたには関係ないでしょう」


「儂が治してやろう」


 そう言って老人は指を一つ鳴らす。その鋭利な音が響くと、エイルの傷はみるみる消え、私の心をぐっと押さえつけていたように感じられていた何かもすっと消えていくように思った。驚いて私たちは目を見合わせる。


「……なんなんだ?」


「ほっほ、若僧には分からんだろうがただの治癒じゃ、治癒」


「だとしてもこんなすぐにはできるはずがないんだ」


「……何が言いたい?」


 どこか達観したようなその表情に、少し違和感を覚えた。ずっとエイルばかりが口を開いていたが、次は私が声を出す番だった。


「あの、ご老人」


「儂はジュイだよ」


「……ジュイ殿。あなたは何か知っているのではないですか」


「何か?」


「その……私たちがさっき経験したことについて」


「と、いうと?」


「……マリー、話していいの? 初めて会った人だし、私たち自体もあのことについてよく分かってないのに」


 エイルがそう口を挟む。


「どうしてか分からないんだけど……この人なら何か知ってそうだなって」


「……まあいいか」


 一応、了承は得られたのだろうか。都合よくそう捉えて、私は先程のことをかいつまんでジュイ殿に話した。




「ほう、自分の感情が精神までも支配していた気がしたとな」


「簡潔に言えば、そうなります」


「そうだなら儂から言えることは、そういうことは『よくあること』だということかの」


「……よくある、んですか」


「まあ、その感情がどういったものかにもよるが、何か楽しいことがあった時はその後もずっとうきうきしておるじゃろ。それの延長線上ではないかと思うがね」


 そんな簡単に片付けられることだったのだろうか、あんな悲惨なことが。ますます頭が混乱してくる。


「それと、もうひとつ。そういうことに詳しいやつが儂の知り合いにいての」


「えっ」


「央都のある場所に、感情と魔力について調べている学者気取りみたいなやつがおる。えーとなにか書けるものはあるか?」


「……いや、今は」


「では口頭で言おうか。そいつはアリアというんだ。なかなか有名人だから町で聞けば辿り着けるはずだぞ」


「あ、ありがとうございます」


 ジュイ殿はにっこり笑うと、踵を返してどこかへ行ってしまった。



作者 水神鈴衣菜さん

https://kakuyomu.jp/users/riina

代表作「雪月花の間に、言の葉を。」

https://kakuyomu.jp/works/16817139554671410472

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