第7話

ーーー「え!? 嘘でしょ……」


マリーは言葉を失った


瞬きすら許さない一瞬の出来事であった。


無理もない。















「あいつら、さっきまでいたのに!?」


二人の男がマリーの視界からいつの間にやら消えたのだ。


帰宅したのだろうか?


喧嘩の舞台を変えたのだろうか?


雲散霧消うんさんむしょうというにはあまりに謎だらけだ。


先程の二人は疎か、客や店員さえも見当たらない。


マリーはエイルのことが気になり横にふと目をやった。


「…………………………………………」


マリーは失神寸前になった。


無理もない。むしろ失神寸前で済んだことを奇跡と呼ぶほかあるまい。


女神に感謝の言葉を送らねばなるまい


もしもマリーが無神論者だとしてもーーー


 


エイルのいたところには、先程までエイルであったものが転がっていた。


両目が潰れていた。


両腕が無くなっていた


腹部は斬り裂かれ、臓器が顕になっている。




「………………私は女騎士だ。


無関係の人々には指一本触れない。


並行世界へと転移させていただいた。


例えこの世ならざる者に身を窶そうと


私は女騎士だ。


民の皆様のためならば、己の生命の蝋燭の火を消すであろう。


民の皆様のためならば、女神にさえ背くであろう


私は星数ほどの鮮血にこの身を濡らし、忌み嫌われし暗黒の魔剣さえも手中に収めた。


孤独に怯え、深淵を彷徨う無垢な人達に平穏をもたらすために…………………!!!」




男のような口調であった。


妖艶な低い声だ。


勇ましさと美しさが混在した女声であった。


優しさの欠片もない氷のように冷徹な声音であった。




マリーは己の命を懸念した。


このような極限の状況では、スキルなど使えないだろう。




マリーは、恐る恐る声のする方向を向いた。


禍々しい瘴気を帯びたような不吉な気配を漂わせる女騎士らしき謎の存在が屹立していた。


ひどく傷んだマントをなびかせていた。


素顔は髑髏を想起させる威圧的な兜に隠され、その表情は伺いしれない。


全身を覆うのは、黒い闇のような鎧であった。


異臭を放つ赤黒い液体に濡れた大剣を構えていた。




「だ、だ、だ、誰だよ!? アンタ!?」




マリーは声を震わせて問うた。


騎士らしき何かが地獄めいて答えた。




「過去の名は捨てた。私は"血濡れの復讐騎"だ。己の運命を喪いし女騎士。世界に虐げられた者達の救済者だ。」




マリーは何かを言おうとしたが、血濡れの復讐騎に遮られた。




「貴女は尚も気づかないのか……! 貴女がこの世界で冒険している間に心の清らかな人達が悪しき魔物の餌食となっていることを。心の清らかな人達が咎人の毒牙に掛かる悲しみが消えていないことを。


彼らはただ、愛が欲しかっただけだ。


彼らはただ、ぬくもりが欲しかっただけなのだ。魔物の糧となり生命を失う人達を……孤独に怯え、癒えない傷を抱える人達を……


知ろうともしない盲目な者が跋扈ばっこすれば万物は終焉を迎える。


私は悪しき魔物を許さない。私は咎人を許さない。

















心の清らかな人達が苦しんでいる間に、平穏を謳歌した盲目な貴女もまた、魔物であり咎人だ!」




血濡れの復讐騎から放たれた凶悪な殺気がマリーに襲いかかった。




「貴女を…………………………殺す!!!」


「ナ、ナンデだヨ!?」


「貴女が咎人だからだ!」




足が棒のようになったマリーは、動くことは疎か呼吸さえもままならない。


ただ、命乞いの叫びをあげるのみだ。




「た、たしかに、私が冒険を楽しんでた間に苦しんで死んじゃった人達のこと考えたら生きてるのが申し訳ない気もするよ!? でも、私だって……」


「女神に召され、悪魔サタンの王国に墜とされる前に現世の大地へ別れを告げろ。先程この世から消したエイルとやらが貴女を待ち焦がれている。」


「やっぱり、エイルも……私の仲間も……こいつに」


マリーは全てを諦めたような声で呟いた。




悲痛な叫びが店中にこだました。


人間の食料となることを悟った家畜よりも、同情を誘う哭き声であった。


何かが斬れる音がした。


続いて『咎人、死すべし』という魔女のように恐ろしい声がした。




隣にいるエイルであったものと全く同じ格好でマリーが死んでいた。


苦痛に悶えるような死に顔であった。


恐怖で泣きそうな死に顔でもあった。




血濡れの復讐騎はしばらくゴミを見るような目で既に息絶えた二匹の獲物を一瞥いちべつしていたが、やがて、闇に溶け込むように消えた。




外の世界は夜を迎えていた。


妖しい満月が出ていた。


ヴァンパイアが出ようが、レイスが出ようが、何も可笑しくない夜であった。


ヴァンパイアやレイスよりも不気味な黒い影が闇に蠢いていた


血濡れの復讐騎は新たなる獲物を求め、彷徨い続ける。






「心の清らかな人達を差し置いて愛されようなどと倨傲に振る舞うのであれば貴方も殺す」


血濡れの復讐騎が虚空を見つめ、言い放った。



作者@KAGE345さん

https://kakuyomu.jp/users/KAGE345

代表作「神々の黄昏」

https://kakuyomu.jp/works/16817139554764916760


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