蛹は、蝶の夢を見る。②

カランカラン


「いらっしゃいませ」


疎らだけれど、人はいた。


「早いですね」


「うちは、5時からなんですよ」


マスターは、笑っていた。


「バーボンロックで」


「かしこまりました」


慣れた手つきで、マスターは氷を丸く削っていた。


気づけば、涙も止まっていた。


「俺も、バーボンロックで」


「はい」


いつの間にか、隣に男がやってきた。


マスターが、バーボンロックを2つ持ってきてくれた。


チョコレートも、置かれた。


「マスターが、チョコが好きなんだよ」


この脳ミソが空っぽそうな生き物は、何なのだ。


隣に来て欲しくなかった。


カランカラン


「いらっしゃいませ」


僕の隣に、また誰かが座る。


「バーボンロック」


「かしこまりました。」


その人は、突然涙を流し始めた。


カランカラン


「いらっしゃいませ」


その人の隣に、冷たそうな雰囲気の男が座った。


「バーボンロック」


「かしこまりました。」


全員、バーボンロックだった。


「あの、ティッシュいりますよね」


「あっ、すみません。」


銀縁のメガネを外して、涙を拭いている。


「僕でよかったら、話を聞きますよ」


「いえ、すみません」


「何があったのですか?」


僕は、黒いメガネをあげた。


「15年付き合っていたんです。高校入学と同時に、大好きだった彼と…。昨日、30歳の誕生日を迎えたんです。そしたら、彼から別れようと言われたんです。」


「何故ですか?」


「子供が欲しいからだそうです。」


僕と同じ理由だって思ったら、泣けてきた。


「僕も同じです。同じ理由で、フラれました。」


「えっ、そうなんですか!!辛いですよね」


「はい、女性には敵わないですよね」


「僕は、それでも妊娠出来なくても、出来るって信じて続けたかった。だって、愛した人の子供が欲しくない人間なんていないでしょ?わかりますか?」


「わかりますよ、僕だって。わかります。」


「二人で、何ヒートアップしてんの?そんなのより、俺にしなよ」


僕の隣の中身が、空っぽそうな男に僕は話しかけられた。


「どういう意味?」


「とりあえず、今日一日。俺にちょうだいよ」


「はあ?嫌だよ」


「いいじゃん、ねっ?ねっ?」


そして、銀縁メガネの隣の彼も…


「お前は、俺だろ?」


ニヤリと笑って、彼の手を掴んでいた。


「じゃあ、お会計ここね。マスター。いっくよ」


「離してくれ」


僕は、隣の奴に手を引かれてbarを出て行かされた。


「離せよ」


離してはくれなかった。


グイグイと手をひかれた。


ガチャガチャ


「何?」


「俺のいえー。」


そう言って、彼の家にあげられてしまった。


「ソファーに座って」


そう言われて、ソファーに座る。


彼は、氷を入れたグラスを2つとバーボンを持ってきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


僕は、それを受け取った。


カチンとグラスを合わせられた。


「俺は、真壁悠斗まかべゆうと、君は?」


「僕は、春見章悟はるみしょうご


「章悟かぁー。よろしくね」


ニコニコ、笑ってる。


「よろしく」


「さっきの話」


「さっきの?」


「愛した人の子供って奴」


「あ、ああ。それね」


「俺の姉ちゃん。それで自殺したわ」


「えっ」


突然のカミングアウトに、僕は驚いた。


「姉ちゃんは、姉ちゃんが悪かったんだ。それは、わかってた。それでも、姉ちゃんは回数を重ねれば妊娠出来ると信じてた。だから、何度も何度も旦那さんに肌を重ねる催促をした。それをさ、人は言うんだよ。モラハラだー。パワハラだー。姉ちゃんの方が歳上だったから。何で、愛する人の子供が欲しくて、催促したらモラハラなのか?パワハラなのか?その人の所有物にしてもらいたかったんだよ。姉ちゃんは…。それが、悪い事なのかよ」


頭が、空っぽの奴だと思ったら違ったみたいだった。


彼は、ポロポロ泣き出してる、僕は、気づけば涙を拭っていた。



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