蛹は、蝶の夢を見る。③

二人がいなくなった後のbar


「お前、名前は?」


朝倉小太郎あさくらこたろう


「へー。小太郎ちゃんか。俺は、南条衛なんじょうまもる。よろしく」


カランカランとグラスを回してる。


「で、さっきの話」


「さっきのって何ですか?」


「愛する人の子供が欲しいってやつ」


「はい」


「俺の兄もそうだった」


「そうなんですか」


「兄は、無精子症だった。それでも、一縷の望みをかけたかった。だからね、毎日奥さんを抱いた。そしたら、どっからか聞いた奥さんが、モラハラだ!パワハラだ!って兄に言い始めた。兄は、そう言われて壊れ始めた。食わしてるからいいだろ?やらせてくれるのは、妻としての義務だ!兄は、優しく出来なくなった。最後は、無理やりまでした。わかるか?お前にこの気持ちが…」


「わかるよ」


僕は、ボロボロ泣いていた。


「兄は、理解されなくて死んだ。自殺したんだよ。愛してる人間に追い詰められてく人間の気持ちなんてわからないんだよ」


淡々とロボットみたいに話してる人だと思ったのに…。


お兄さんの話をした瞬間に、彼は優しい話し方になった。


「わかるよ。僕だって。僕だって、出来ないのわかってても彼の子供が欲しくて。そうしてもらったよ。毎日抱いてもらったんだよ。馬鹿げてるかもしれないけど、願っちゃうんだよ。朝起きたら、妊娠してるんじゃないかって期待しちゃうんだよ」


「フッ…」


彼は、そう言って笑った。


「おかしいのかよ」


「嫌、兄みたいだと思った。お前と同じ事を言っていたよ。不妊は、心がすさむんだよ。みんな、自分がなっていないから気づかないんだよ。俺には、わかる。だから、お前の気持ち。よくわかるよ」


そう言って、南条さんは僕の頭を撫でてくれる。


「何でかな?そうやって、みんな酷い事を言うんだよ。片方だけが、悪いわけじゃない。だから、南条さんのお兄さんだけが悪いわけじゃない」


「ありがとう。そう言ってくれるのは、お前だけだ。みんな、兄が悪いと言った。モラハラ野郎。パワハラ野郎。なのに、勝手に死にやがったってな。だけどな、最初に兄に吹っ掛けたのはあっちなんだよ。兄に、妊娠させれないくせになんでお前に抱かれなきゃならねーんだよって言ったんだよ。悪いのは、兄か?」


「南条さん、悪くないよ。お兄さんは、そうしたくなかったんだよ。だけど、自分を守る為にそうしたんだ。きっと…」


そんな愛情は、狂ってると言う人間がいる。


僕には、わかる。


愛情なんて、最初から狂ってるんだよ。


真っ直ぐな愛情を与えられる人間は、どれだけいる?


僕の父親は、DVって騒がれた人だった。


本当は、母からの愛を貰えずに泣いている人だったって、誰も知らない。


僕以外知らない。


みんな側面だけを見て、悪い人間だと決めつける。


でも、僕は思うんだ。


色んな角度から見たら、人間なんて同じだろ?


悪も善も持っている。


些細な言葉で傷つき、些細な態度に傷つき、皆どちらにだってなるんだ。


「お前と話してると何か癒される」


南条さんは、僕の手を握りしめる。


この行為だって、僕が嫌だと思えばセクハラだ。


「自分が傷ついたら、相手をその倍傷つけたくなるんです。皆、それに気づいていない。だから、自分は悪くないのに相手からしたと言う。でもね、最初からモンスターな人間なんて、100人いて1人か2人でしょ?作り出すんです。誰かがモンスターを…。わかります?僕だって、今、彼が女を抱いてるのを見たら、刃物を突き立てますよ。わかりますか?南条さん」


僕の目から、涙がポロポロこぼれ落ちる。


「マスター、お会計。俺が、刃物を突き立てないでいいようにしてやる」


そう言って、南条さんに頭を優しく撫でられる。


モンスターを作るのは、人なんだよ。

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