蛹は、蝶の夢を見る。①

ベッドに、丸まりながら眠る僕に昨夜僕を抱いた後、じゅんは、煙草に火をつけて話しだした。


その淳の言葉を、今も処理出来ずにいた。


カチン…。淳は、煙草に火をつけた。


「ふー。別れようか?章悟しょうご


「なぜ?」


「俺さ、子供欲しいんだよ。親にも、見せてやりたいし。ごめん」


そう言って、煙草を消して立ち上がった。


「そう」


わかったでもなかった、僕の頭はその言葉を捻り出すだけが精一杯だった。


「じゃあ」


パタンと寝室の扉が、閉じた。


涙が、止まらないのを感じていた。


僕の名前は、春見章悟はるみしょうご


付き合って、10年目に愛していた恋人にとんでもない理由で振られた。


淳が、髪を切れと言えば切った。


大きな風呂に入りたいと言ったから、引っ越した。


そんな理由で、振られるなんて予想していなかった。


冷蔵庫の牛乳をとろうとして、床に落ちた。


コポコポ、こぼれた。


僕は、ゆっくりと拾い上げた。


まだ、性の不一致だと言ってくれた方がマシだった。


僕は、飲む気持ちが失せた牛乳を冷蔵庫に閉まった。


キッチンペーパーを、巻き付けて床の牛乳をふく。


さっきから、ポタポタと水が止まらなくて苛々する。


僕は、10年前、二十歳の時に、五つ上の淳に声をかけられた。


男の人と交際をしたのは、初めてだった。


嫌、そもそも恋愛をした事が初めてだった。


キッチンペーパーを流しに投げつけた。


まだ、流れ落ちる。


何もかもが、淳になっていった。


心も体も、全身が淳になっていた。


僕は、この空っぽになった身体で何をしていけばいいのだろうか?


今日は、淳と一日過ごす予定だった。


もう、夕方を回っていた。


水道の蛇口を捻り、水を飲んだ。


ドンドンと無駄にシンクに、手をぶつけながらコップを置いた。


涙は、まだまだ流れ出る。


僕は、服を着替えた。


【章悟に、似合うよ】


そう言われたニットを着ていた。


ブチン……


淳がくれたネックレスを引きちぎった。


首元が、ネックレスで擦れたのを感じた。


「ダサいよ。相変わらず」


目にかかる前髪に、黒縁メガネの僕。


僕は、いつも淳の羽根にしがみついていた。


蝶になりたくて、憧れていた。


じゃあね、さよなら。何て出ていった淳は、三つ隣の部屋に住んでる。


【近くに引っ越してきなよ】


そう言われたから、越してきたんだよ。



僕は、家を出た。


鍵を閉めて、ガチャガチャと確認をする。


夢だといいと思ったのに、夢ではなかった。


「淳、デキたらどうすんの」


「俺の親、そんなの気にしないタイプだから。ひなのも、38歳だろ?いいじゃん、俺達」


「本当にいいの?」


「当たり前だろ」


「俺は、世界で一番お前が好きなんだから」

【俺は、世界で一番お前が好きなんだから】


僕の顔を一瞬見て、淳は家に入った。


同じ台詞を言うんだね。


誰かのお下がりの言葉って知らずに彼女は喜んでいた。


僕は、淳の家の前を通りすぎてエレベーターに乗った。


もう、涙なんか止める気すら起こらなかった。


たくさんの人達が、歩いている。


気にしないフリして、誰も僕を見ない。


それでいい、今はそれが心地いいんだ。


可愛らしい女の人だった。


何度か行為を繰り返し、いつか妊娠するのだろう


大きなお腹を抱え微笑む彼女の、お腹を擦りながら愛しいものを崇めるように笑うんだろう?淳


僕が、絶対に差し出せないものだとわかっているから言ったんだろう?淳


淳にとって、この10年は何だったの?


僕は、お手軽な人形ってとこだったんだろう…


飽きずに使い込まれた僕は、次をどうやって見つければいいんだよ。


お古の人形を誰が遊んでくれるというのだろうか


「あった、あった。フクロウ」


「ほんとだ」


「見つけにくいね」


カップルが、扉を開けて入っていく。


僕は、気づいたら路地裏を歩いていたようだった。


bar フクロウ


どうせ、暇だから入ってみようかな

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