第45話『チコナギ編④ 大丈夫』

凪兎は、家に帰る気にもなれず、自宅近くの公園のブランコに腰を下ろしている。

もう時刻は夜になっているので、子供たちが遊んでいる時間帯ではない。


凪兎「…。」


凪兎は、ここ2日間で起こった事を思い返している。

と、同時に、今朝の夢の事も…。


『可能性は無限大だぞ?出来るワケねぇ、あるワケねぇ、そんな最初から諦めてないで、挑んだら、きっと楽しいぞ?』


凪兎「…。そんな簡単じゃ無ぇんだよ…。」


ため息交じりに呟く凪兎。

その凪兎の方へ、駆け寄ってくる男の姿が見えた。

凪兎も気配を感じ、その男の方を見やる。


凪兎「オヤジ…。」


その男とは、凪兎の父親の正宗だった。

正宗は、凪兎の目の前で足を止め、呼吸を落ち着けた。


正宗「凪兎…。」


凪兎「どうしたんだよ?オヤジ。」


正宗「カオルン………ン゛ン゛ッ!母さんから聞いてな。雨の中、傘を持って出かけたオマエが、ビショ濡れで帰ってきて、思いつめた表情で再び出かけて行ったって。母さん、凄く心配してるぞ。」


凪兎「オレさ…。」


正宗は、凪兎の表情から、何か思いつめている雰囲気を感じ取り、凪兎の横のブランコに腰を下ろした。

そして、正宗はスマホを取り出し、馨に『凪兎は大丈夫だ。』とメッセージを送る。


正宗「凪兎。オマエには、本当に気苦労をかけているとは思っている。母さんの事に関しても、だ。」


凪兎「オレ、生きててイイのかな?」


凪兎の目から、涙が溢れて頬を伝う。


正宗「凪兎…。」


凪兎「オレさ、オヤジの邪魔してないか?オレが居なければ、オヤジは、『あの人』と、もっと自然に、幸せに暮らせてるんじゃないか?」


正宗「…。」


正宗は、息子の思いつめた告白に、言葉を失っている。


凪兎「嫌ってるワケじゃ無ぇんだ。『あの人』も、『オヤジ』も、『歌』も…。でも、嫌いなんだ…。」


凪兎は、流れる涙を拭おうともせず、話し続けている。


正宗「オマエには、今まで、無理をさせてきたと思っている。が、ココまで思いつめていたとは思わなかった。すまない…。」


正宗は、どうして良いかも分からず、ブランコから立ち上がり、凪兎を抱き締めた。

凪兎は、されるがまま、涙を流している。


正宗「恐らくだがな、凪兎。オマエは、自分自身を嫌っているんだと思う。許せないんだと思うんだ。自分自身の正義が邪魔をして…。」


凪兎「…。」


凪兎は、何度も琴羽のクチからも出てきた『その言葉』を、噛みしめている。


正宗「でもな、オレは、オマエが大好きだ。大切な息子なんだ。生きてていいのかな?なんて言うな。オマエには、ずっと、笑顔で生きてて欲しいんだ。」


凪兎「オヤジ…。ゴメン…。」


正宗「オレに謝る事はない。その気持ちがあるなら、自分に謝るんだ。自分を、許すんだ。そしたら、きっと笑顔になれる。オレの事も、母さんの事も、きっとだ。」




馨「ナギくんっ!!!」




その、正宗の静かな言葉を打ち消す程の声が公園に響き渡った。


正宗「カオルン…。」


馨は、公園入口に立っており、ゼェゼェと肩で息をしている。

どうやら、正宗からメッセージを貰った後、居ても立っても居られず、家を飛び出してきたようだ。

その証拠に、クツの類は履いておらず、裸足のままだ。


そのまま、再びダッシュでブランコに走り寄り、正宗を、突き飛ばすように凪兎から引きはがし、馨は凪兎を抱き締める。


正宗「おっふ…。」


引きはがされた勢いで、正宗は地面に尻もちをつく。

馨は、涙で化粧もグチャグチャになった顔を凪兎に向け、凪兎の顔を両手で包み込んだ。


馨「ナギくんっ!?大丈夫?………ううん、大丈夫!!大丈夫だからね?カオルンは………『お母さん』は、アナタの味方だからね?今までゴメンナサイ!お母さんが、明るく、笑顔で居れば、いつかナギくんも、お母さんの事を認めてくれるんじゃないかって、お母さんの方が逃げてた。」


凪兎「お…。」


凪兎も涙でグチャグチャになった顔を馨に向ける。

馨も号泣しながら…。


馨「ナギくんの事は、マーくんから聞いてたのに。とても繊細だけど、とても正義感が強くて、とっっても良い子だって。だから、お母さんも、アナタのお母さんになれて幸せだなって思うの。もう、『私』は、子供を産む事が出来ないから。だから、こんなに良い息子を授かって、本当に幸せなのぉ!!」


そして馨は再び凪兎を抱き締め、声を上げて泣きはじめる。

正宗も立ち上がり、馨と凪兎を抱き締めた。


凪兎「あのさ…。」


凪兎は、馨と正宗を優しく離し、涙を拭った。


凪兎「2人とも、ありがとう。」


正宗「凪兎…。」


凪兎「オレ、2人のお陰で…イヤ、アイツラのお陰でもあるか…。とにかく、変われそうな気がするんだ。だから、もう少し待っててくれないか?」


凪兎は立ち上がり、正宗と馨の方を向いた。


正宗「待つ…?」


凪兎「もう少し、そしたら、オレ、『そう呼べる』と思うんだよ。」


正宗も、馨も、凪兎が言わんとする事が分かったようで…。


馨「分かった。『カオルン』待ってる。」


正宗「あぁ、オレも待ってるよ。もう、大丈夫だな?」


凪兎「あぁ、大丈夫だ。」


そして3人は、寄り添って公園を出て行く。


正宗「所で、どうしてオレ達がこの公園に居るって分かったんだい?女の勘ってヤツかい?」


馨「マーくんのスマホにGPSを仕込んでるから、ドコに居てもお見通しなのぉ。」


正宗「わぁお、怖ぁい。ケーサツみたい。」


馨「マイケルよ、マイケル。居そうな場所を、近場から手当たり次第に探してただけよぉ。」


凪兎「冗談って言いたいのか?」


凪兎は呆れた顔で笑った。


正宗「カオルン、オレの背中に乗るんだ。裸足のままじゃ、歩きにくいだろう?」


馨「マーくん、ありがとう。でも…。」


馨は、意味ありげな視線を凪兎に送る。

凪兎は再び失笑して…。


凪兎「乗るかい?」


馨「乗るぅ!!」


馨は、凪兎に背負われた。


馨「ありがとう、ナギくん!」


正宗「ちょっとジェラシー…。」


凪兎「ほんと、目の前にあるモン程、見失いがちなんだよな。」


凪兎は、2人に聞こえないように呟く。

3人が去った後の公園に、2人の男女が姿を現す。


琴羽「ね?チコルン、あの人が欲しいお。」


博記「しっかしまぁ、悪趣味だなオイ。覗き見なんてよ。」


琴羽「なぁに言ってんの。凪兎くん、凄く思いつめた顔をしてたでしょ。あのままじゃ、良くないってヒロも思ったでしょ?」


博記「まぁ、そうだがよ…。」


琴羽は、凪兎が座っていたブランコに腰を下ろし、漕ぎ始めた。

仕方なく博記は、ブランコを囲う腰くらいの高さの鉄の柵に腰掛ける。


琴羽「良いご両親ね。」


博記「あぁ、羨ましいくらいだわ。」


琴羽「まぁたアンタは、そんな卑屈になって。」


博記「卑屈になんかなってねぇよ。事実だろが。」


琴羽「ヒロ、アナタも、目の前にあるもの、自分の足元にあるもの、ちゃんと見ないと、道を外れるわよ?」


博記「はいはい。」


琴羽「で、どう思う?凪兎くんを、バンドに誘っても良い?」


博記「ソレは別に構わないがよ。つか一度誘ってたじゃんか。それに歌が苦手だとか嫌いだとか言ってなかったか?」


琴羽「ん?ソレが何か問題でも?」


博記「イヤ…だってよ…。」


琴羽はブランコを止めて、立ち上がる。




琴羽「好きになってもらえばイイじゃない。」




琴羽は、当たり前の事を言ってる、という顔をしている。


博記「こういうトコなんよな…。」


琴羽「ホレるなよ!」


琴羽は、博記に向かってウインクする。


博記「アホ。」


博記は苦笑いしながら、琴羽から視線を外した。


琴羽「さぁて、じゃあ本格的に、凪兎くん勧誘作戦の始動といきますか!」


博記「その前にオマエ、忘れてねぇよな?」


琴羽「モチのロンよ。決起集会って事で、呑みに行こうぜ!!」


博記「やっとビールが飲める…。」


こうして、琴羽と博記は、公園を出て、凪兎達とは反対の方向に向かって歩いていった。

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