第46話『チコナギ編⑤ 遊馬の事情』

その翌日、凪兎は、ギターケースを背負い、家を出て、スタジオとは別な方向へと歩き始めた。

その背後から、琴羽が声をかける。


琴羽「なーぎーとーくん!あっそびっましょー!!」


凪兎「またアンタか…。」


凪兎は振り返り、ため息と共に呟いた。

その琴羽の背後から、博記も姿を現す。


博記「いくら何でも直球過ぎるだろが…。」


琴羽「ねね、ドコ行くの?私達もついてってイイ?ありがとう!!」


凪兎「オレは何も言ってないが…。」


琴羽「でも、その前に、少し付き合ってくんない?」


凪兎「何なんだよ。」


博記「ちっと、アンタに会いたいって人が居るもんでよ。そんなに時間は取らせねぇから。」


琴羽は、博記の助け舟に対し、親指をグッ!と立てて返した。


琴羽「ささ、コチラへ。」


琴羽は、無遠慮にも、凪兎の手を取り、歩きはじめた。


凪兎「オイちょ…。」


そのまま、乱暴に振り払うワケにもいかず、凪兎も大人しく従う。

3人が歩いてきたのは、例の楽器店だ。


凪兎「何だよ、また万引き犯でも居るのか?」


琴羽「太郎くんの件も、ヒロの件も、万引きにはなってないってば。」


そう話していると、店内から遊馬が出てくる。


凪兎「オ…オマエ…。」


遊馬「ども…。」


遊馬は、オドオドした視線を凪兎に向けている。


琴羽「凪兎くんに言いたい事があるのよね?文月 遊馬くん。」


凪兎「あすま…?」


遊馬「あぁ、オレの名前は、文月 遊馬って言うんだ。ウソついてゴメン。」


遊馬は、凪兎に向かって頭を下げる。


凪兎「イヤ別にオレは…。最初から田中 太郎が本名だとは思ってなかったしよ。」


琴羽「まぁ、とりあえず座りましょう。」


そう言うと、遊馬を含めた4人は、木陰のベンチに腰を下ろす。


琴羽「少しだけ、遊馬君の話しを聞いて欲しいの。」


凪兎「…。」


博記「オッケーって意思表示か?」


琴羽は、遊馬に視線を向け、頷いて見せる。


遊馬「オレの家は、厳しいとかいうレベルじゃないくらい厳しくて。必要なモノがあれば、親に言って金を貰って買えるんだが、1円単位で管理されてて、買い物しても、絶対にレシートを渡さなきゃならないような、そんな状況で。」


凪兎「…。」


遊馬「あの子、如月 万結っていう、アマチュアのシンガーなんだけどさ。その子の歌を初めて聞いた時に、何だか分からないけど涙が出てきて。何ていうか、初めてなんだよな。生きてて良かったっていうか、出会えて良かったと思えたんだ。」


琴羽は、鼻歌を口ずさみはじめる。

ソレは、あの日、如月 万結が歌っていたオリジナルソングだ。


遊馬「それから、その子が路上で歌うたびに足を運び、見てたんだ。その時は、もうソレだけで満足だった。オレが生きてる理由だったんだ。」


凪兎「だからってよ…。」


言おうとした凪兎を、博記が制した。


遊馬「あの日は、その子の誕生日の路上ライヴだったんだ。だから、オレ、どうしてもプレゼントがしたくて…。音楽には詳しくはないけど、その子がギター弾く時に使ってるもの、ピックって言うんだって知って、その楽器店に入って、見てみると、1枚100円で売ってあって…。」


凪兎「もちろん100円以外のピックも売ってるがな。」


博記「その情報は必要ねぇだろ。」


遊馬「キミが言った通りだ。100円のピックだから、何枚か盗んだとしても、大した事はないだろうって。あの時は、どうしてもプレゼントするんだ、オレの気持ちを伝えるんだって必死で。」


遊馬は、膝に乗せた両手を握りしめた。


遊馬「もし、あの時、キミが止めてくれていなければ、オレは、盗んだピックをあの子に渡していたかも知れない。果たしてオレは、ソレで満たされただろうかって考えたんだ。どうしても、あの子にプレゼントを渡したければ、キチンと理由を説明して、厳しい親からお金を貰って買うべきだったんだ。厳しいからって理由で、その親から逃げたオレは、盗むって選択肢を選んだ。その時点で、生きてる理由だとか言ったけど、真剣に、あの子に向き合ってなかったんだよな。あの後、キミ達から逃げた後、あの子の歌を聞きながら思ったんだ。」


遊馬は、伏せていた目を上げ、凪兎を見た。


遊馬「オレを救ってくれて、有り難う。」


遊馬は、深々と頭を下げた。


凪兎「イヤ、オレは別に…。」


凪兎は、居心地が悪そうに視線を泳がせている。


凪兎「とにかく頭を上げてくれ。」


遊馬「今もこうして、あの子の歌が聞けているのは、キミのお陰なんだ。もうオレは間違った事はしない。」


凪兎「ならイイんじゃねぇの?」


琴羽「かるっ!」


凪兎は立ち上がり、目の前の楽器店に入っていく。


博記「まさかアイツ、ピック盗むツモリか?」


琴羽「アンタ、時と場合を考えて冗談言いなさいよね。」


琴羽は、博記の頭を軽く叩く。

少し間を置いて、店から出てきた凪兎の手には、1枚のピックが握られている。


凪兎「ほれ。」


凪兎は、そのピックを遊馬に差し出した。


遊馬「??」


凪兎「アンタが盗もうとしてたのは、おにぎり型のピックだったが、この前、その子の歌をオレらも聞いてたんだが、その時に使ってたのは、このタイプのピックだった。」


遊馬が受け取ったピックは、凪兎もよく使っているティアドロップ型のピックだった。


凪兎「同じ形のピックでも、ハードとかミディアムとか、硬さもあるから、何でも適当に使えばイイってモンじゃねぇんだ。」


遊馬「え?でもコレ…。」


凪兎「少し遅くなっちまったけど、その子に渡せばイイんじゃねぇの?もう、そのピックはオマエのモンだ。オマエが、どうしようがオレには関係ない。」


琴羽「ナギンチュやるじゃん。」


凪兎「ヘンなアダ名つけんな!」


遊馬「あ…ありがとう…。」


凪兎「泣くんじゃねぇぞ?もう暫く涙はウンザリだ。」


遊馬「恩に着るよ。」


そう言うと、遊馬は立ち上がり、再び凪兎に頭を下げる。

そして、そのまま遊馬は歩いて遠ざかっていく。


琴羽「ってね。遊馬くんが、どうしてもナギンチュにお礼を言いたいって言うからさ。」


博記「もっとも、アイツにゃチコから接触したんだけどな。」


凪兎「そんな事だろうと思ったよ。」


琴羽「あ、ナギンチュまで私の事を知ったふうな…。」


凪兎「だからソレやめろ!!」


琴羽は、困ったような顔になって…。


琴羽「じゃあ何て呼べばイイのよ?凪兎くんは普通過ぎるし…。ワッくん?ナギピッピ?ギットン?ロンリーラビット??」


凪兎「アダ名のセンスが独特すぎて胸焼けしそうだわ。………ナギでイイよ。」


琴羽「えっ!?」


凪兎「ナギと呼んでくれ。どうせ、拒んでも、アンタは身を引くタイプにゃ見えない。」


琴羽「さぁっすがナギ!前にも言ったけど、私の事はチコちゃんって呼んでね。で、口が悪いコイツの事は、ヒロって呼んであげて。」


博記「あのよ、オマエも十分クチが悪いと思うが?」


琴羽「じゃあ私達とバンド組んでくれるのね?」


凪兎「ソコまで言ってねぇよ。前にも言ったが、オレは歌が苦手なんだ。」


琴羽は、分かりやすく両頬を膨らませている。

その頬を、博記がツツこうとするが、その手を琴羽が叩き落とした。


琴羽「ツンツンは、私の専売特許よ。」


凪兎「用は済んだか?じゃあオレは行くトコあるから。」


凪兎は立ち上がり、ギターケースを背負う。

同時に琴羽も立ち上がって…。


琴羽「私達もついてくって言ってるでしょ?」


凪兎「………。好きにしろ…。」


そして、凪兎の少し後ろを歩きはじめる琴羽と博記。

暫く歩いていると、墓地に辿り着く。

その広い墓地の中を、慣れた様子で歩を進める凪兎。

そして、とある墓の前で足を止める。

その墓には『三鼓家之墓』と記されている。


琴羽「お墓参りに来たの?」


凪兎「あぁ。どうせ話すハメになるだろうしな。ココには、三鼓 晴彦(みつづみ はるひこ)って言う、オレの先輩が眠ってる。」


琴羽「どうして、このタイミングで?」


凪兎「オレは歌が苦手だって言ったよな?今なら変われそうな気がしてるんだ。」


博記「ソコに眠ってる人が原因で、『そう』なっちまったって事か?」


博記も、墓前なので、博記なりに言葉を選んでいるようだ。


凪兎「ハルさんは…夢や絵空事を、平気で、当然という顔で話す人だった。」


琴羽と博記も、凪兎の後ろにしゃがんで、両手を合わせる。

そして、凪兎と、三鼓 晴彦という人物が交わった過去のオハナシ…。

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