第36話『奪還編⑦ クソザコ』

ニックは、ヨロヨロと立ち上がる。

ソレを、冷ややかな視線で見ている夜深。


ニック「クソザコがよォ…。」


夜深「では、そろそろ除霊して差し上げますわね。このまま戦っても、その男の子の体が傷つくだけですわ。程々に弱っているようですし。」


ニック「オレの超音速の剣を受け止めるとは、ヤルじゃねェか…。」


ニックは夜深の言葉が聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのか、ニックなりに感心しているようだ。


夜深「先程、チコちゃんには言いましたが、アナタの剣は音速なんか超えていません事よ。音速どころか、強いて言うなら、高速道路レベルかしら?」


夜深は右手を口元に持って行き、クスクスと笑っている。


ニック「あ?テキトーな事をホザいてんじゃねェぞ?前にソコに倒れているクソザコの体を乗っ取った時は、そのクソザコが死にかけていたにも関わらず、確かにオレの超音速の剣を使えたからよォ…。この若くて鍛えられてる体で使えねェはずが無ェ。」


ニックがそう言った瞬間、夜深の表情が一瞬で変わり、突き刺すような冷たい視線をニックに向ける。


ニック「…!!」(気圧される)


夜深「私、あまり汚い言葉は使いたくありませんが…。救いようのない、ナルシストの独りよがりなアナタに、どうしても言っておかなければなりませんわ。」


ニック「あァ?刀を奪ったからって、チョーシこいてんじゃねェぞォ?」


ニックは、さっきまで、乗っ取られる前のニックが手にしていた鉄の棒を拾う。


夜深「まず、私の娘、菜々子はクソザコでは在りません。そして、何故、以前アナタが満身創痍の菜々子の体で超音速の剣が使えたか、ですが。ソレは、アナタが強いからではない。菜々子が私に隠れてイタコの修行をしていた事、菜々子自身の体術を鍛えていたこと。だからこそ、アナタは菜々子の体を使い、アナタの能力を引き出す事が出来た。今のアナタは、少し体を鍛えた若者の、体力の範囲でしか動けない…。例えるならば、菜々子の体は大きなプール。アナタは自由自在に泳ぐ事が出来るけれど、今の彼の体は、菜々子に比べたら子供用の、底も浅い、狭いプールといった所。そして、コレは絶対に言っておきたい言葉ですが…。」


ニック「チッ…。」


夜深は、真っ直ぐにニックを見据えた。




夜深「私に言わせれば、一生懸命に生きている菜々子に対し、アナタこそが、クソザコ、ですわ。」




そう言うと、夜深はニッコリと微笑んだ。


ニック「テメェ…。」


ニックは鉄の棒を下段に構えた。


ニック「超音速の剣を、ナメんじゃねェぞ?」


夜深「ですから、今のアナタには、超音速の剣技を出す事は不可能。もしかして、現役時代でも、出せてなかったのでは?」


夜深は、依然として気絶している菜々子を見ている。


終夜「なぁ、マジでアイツ、菜々子とピーチを弄んだのか?そんな凄いヤツには見えないんだが…。」


琴羽「シュウちゃん…。あの、ニック君に憑依してるヤツは恐ろしいヤツよ。」


終夜「でもよ…。」


琴羽「あの、ニック君に憑依してるヤツが、凄いヤツなんだけど、でも、凄いヤツじゃない。」


終夜「へっ?」


終夜は、琴羽が言わんとしている事が分からないようだ。


琴羽「ニック君に憑依してるヤツは最悪級の霊やと思う。けど…。」


終夜「けど?」




琴羽「夜深さんが、その更に上を行き過ぎてて、ニック君に憑依してるヤツが霞んでるんやと思う。たぶん、私達だけやったら、成す術は無かったと思う…。」




終夜「ナナの母親って…。」


琴羽「さすが、全国レベルやね…。」


夜深「イヤですわ、チコちゃんってば。ホメても色気しか出ません事よ。」


終夜「色気は出るんかい。」


ニック「無視してんじゃねェぞ。」


ニックは、鉄の棒を下段に構えたまま、夜深に向かって突進した。

だが、ニックが夜深に向かって鉄の棒を振りぬくが、夜深は上体を反らして避け、そのまま体を半回転させ、刀の峰をニックの腹部に打ち込んだ。


夜深「アナタは、私には敵わない。除霊するのも、容易い事。でも…。」


夜深は、意味ありげな視線を琴羽に向ける。

琴羽は、頷いて、菜々子の方に移動する。


夜深「菜々子の大切な友人を助けるため、後は、任せるとしますわ。良いかしら?千歳屋さん♪」


琴羽「夜深さん…。本当に、アナタには敵いません…。このタイミングでその呼び方はズルいです…。チコちゃんと呼んでください。後は私が何とかします。」


その琴羽の返答を聞くと、夜深は微笑み、青い刀身の刀を鞘に納め、跳躍して姿を消した。


ニック「なんだァ?あの女…結局オレに、負けるのが怖くて逃げだしたのかァ?」


琴羽「ナナちゃん、ピーちゃん、……起きて。」


その琴羽の言葉を受けた瞬間…。


菜々子「ハッ!アタイ、気絶してたん?(周囲を見回して)あの男の子は誰なん?それにチコにシュウちゃん…盗人(ジン)まで…。で、どうして外に居るん?」


琴羽「ナナちゃん。起きて早々に悪いんやけど、悪霊退治して欲しいんよ。」


ピーチも、琴羽が持っているギャル正宗の傍に出現している。

だが、その表情は怯えきっている。


菜々子「え?どうしてチコがギャル正宗を持ってるん?アタイが気を失ってる間に取り戻したん?」


琴羽「詳しい事は後で話すけん。あんま時間無いっちゃんね。」


ニックは、琴羽と菜々子を見ながら何かを考え込んでいるようだ。

琴羽は、上手に夜深の事は隠して、大体の状況を菜々子に伝えた。


菜々子「アイツが…。」


菜々子は、怒りとも怯えともとれる表情でニックを見ている。

ピーチに至っては、菜々子の背後に隠れたままだ。


琴羽「正しくは、ニック君に憑りついてる霊が、ね。」


ニック「つまり、最初から気絶してたアイツに憑りつきゃァ良かったって事か…。」


終夜とジンは、ひとまず凪兎の近くで成り行きを見守っている。

マスターは、もう生きているのかも定かではない状態だ。


琴羽「時に、ナナちゃん…。」


菜々子「ん?」


琴羽は、神妙な面持ちで菜々子を見ている。


琴羽「じ…除霊って…出来る…?」




菜々子「出来るワケないやん。」




琴羽「で…ですよね~…。」


菜々子「アタイが鍛えてたのは体術だけやもん。」


琴羽(小声で)「何とか出来る…かな…。」


琴羽は、先程、夜深と約束した事を思い返している…。


菜々子「アイツに憑りついとる霊を除霊して消滅させればイイんやろ?」


だが、菜々子が憑依させる事が出来るのは、まだジロちゃんだけで、霊能力者の霊を憑依させたりは出来ない。


琴羽「でも…ナナちゃんは…。」


菜々子「ジロちゃんしか降ろせん。もう1つ言うなら、ピーちゃんに体を乗っ取らせるくらいしか…。」


ニック「テメェ…クソザコが調子に乗るなや…。」


ニックは鉄の棒を下に構え、菜々子に向かって突進した。

菜々子は、咄嗟にギャル正宗を構え、受け止める。


菜々子「どう?ピーちゃん…。」


ニック「あァ?」


菜々子がそう言うと、ピーチがギャル正宗の鍔付近に姿を現す。


ピーチ「うん…。確かに、あの時よりも断然遅い…。あの時は見えなかったもんチョベリバ。」


ニック「テメェラまでオレをコケにするのかァ?クソザコがよォ…。」


ニックは怒りで手が震えている。


菜々子「テメェラ『まで』……?」


琴羽「ナっ…ナナちゃん、普段はそんな言葉の言い回しなんか気にもしないクセに…。とにかくっ!」


菜々子「そうや。コイツ倒せばピーちゃんが…。」


菜々子はそう言うと、ニックの鉄の棒をハジき返した。

ニックは吹き飛ばされて後退する。


ニック「ぐっ…。」


菜々子「ピーちゃん、コイツ倒そう!!」


ピーチ「チョベリグ!」


琴羽「ニックくん倒しちゃダメよ…。」


ニック「良ィイ事思いついたぜェ…。」


ニックは、下品なニヤついた顔を更に下品に歪ませながら言った。

次の瞬間、ニックは糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。


菜々子「なっ…。」


琴羽「ニック君の体から抜け出た?まさか逃げるツモリ…?」


そう琴羽が言った瞬間、聞きなれた声が聞こえてくる。




凪兎「あァ?オレの能力を引き出せる体ァ目の前にして、そんなマネするかよォ…。」




そう言うと、凪兎はユックリと立ち上がる。


終夜「おいナギ…?」


琴羽「シュウちゃん!ジンちゃん!!離れて!!!」


琴羽が叫ぶと、ハジかれたように凪兎から距離を取る終夜とジン。


凪兎「コイツは、オマエラの大切なヤツだよなァ?」


菜々子「オマエ…。」


凪兎「コイツを死なせたくなけりゃ、クソザコ、オマエの体を寄越せ。」


凪兎は、本来の凪兎なら絶対に見せる事の無いであろう、下卑た笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る