第35話『奪還編⑥ 超音速の人斬り』
気絶している菜々子と、菜々子の傍に座り込む意識不明の凪兎。
呪いをかけられ、真剣を振り下ろしたマスターと、それを、かろうじて受け止めるニック。
ニックの加勢をしようと走り寄る終夜。
そして、同じく状況を何とかしようとする、琴羽とジン。
状況は、どう考えても良いとは言えない。
その、呪いをかけられている、もう紅音は憑依していないマスターは、クチの端をキュウッと吊り上げて笑った。
不自然な程に細く、三日月のように歪曲した目は、虚空を見ている。
ニック「!!!」
ニックは、そのマスターの表情を見て、心から戦慄した。
マスター「承知しました。仰せのままに。」
マスターが、意味不明な一言を呟いた次の瞬間、ニックが持っている鉄の棒とぶつかっていたギャル正宗を再び振り上げ、持ち替えて峰をニックの頭に叩き込んだ。
ニック「ガッ…。」
ニックは反応出来ず、モロに喰らってしまう。
そのまま気を失って倒れるニック。
マスター「どうぞ…。超音速の人斬り様…。」
そうマスターが言った瞬間、ニックの体が遠目に見ても分かる程に痙攣し、そして、ニックは立ち上がり、マスターからギャル正宗を受け取った。
ニック「あァ…。この体は良さそうだ。程よく鍛えてあるし、何より若い…。前に乗っ取ろうとした、クソザコな女とは全く違うなァ…。この体を、あの呪術師は、ちやんと躾けてたようだなァ。」
ニックは、ギャル正宗を肩の上でトントンとリズミカルに叩いている。
終夜「何が…どうなってるってんだよ…。」
琴羽「コイツ…。あの時、ナナちゃんとピーちゃんを弄んだ…。」
ニック「弄んだァ?相手にもなってねェよ。乗っ取った体も、相手にしてた女剣士も、クソザコだったなァ…。」
ニックは、心底バカにしているという表情を浮かべている。
琴羽「コイツを倒せば、ピーちゃんは、元に戻れる『かも』しれない。まさか…こんなに早く再会するなんて…。」
対する琴羽は、流石に狼狽えているのか、額に汗を浮かべている。
終夜「え?じゃぁ、コイツが…?」
ジン「何言ってるアルか!ニック!!」
琴羽「ジンちゃん、必ずニック君は取り戻すけん、離れて待ってて。ちょっとマジでヤバいかも知れんけど…。」
琴羽も、夜深と同じく必死で思考を巡らせている。
琴羽「でも、そう言えば夜深さんの姿が…。気配はするけど、一体どこに…?」
その夜深は、建物内で、依然として紅音と対峙していた。
紅音「あの超音速の人斬りの異名を持つ殿方とは、古くからの仲よ。そして、身寄りのない、あの2人を引き取り、さも親代わりのような顔をして育て、躾けた。ニックはとにかく基礎体力と剣術を叩き込んだわ。ジンには、忠誠心を植え付けた。時が来たら、『私達』のウツワとなるように。」
夜深「聞いてもいないのに、よく喋るオクチですわね。時間がありませんの。コチラは、早々にカタをつけさせていただきますわ。」
夜深が青い刀身の刀を構えた。
紅音「私は呪術師。アナタも、そう認識しているハズでしょう?」
夜深「それが何ですの?消滅する前の、本当の遺言は、その言葉で良いですわね?」
紅音「私の言葉の、一つ一つに呪いを込めてアナタに術をかけ続けた。アナタには、ただ不毛な会話をしているようにしか聞こえなかったでしょうけど…。」
夜深「なっ…!!ガッ…ッグ………。」
突如として、夜深は自身の首を両手で押さえ、苦しみ始めた。
紅音「アナタの体を貰おうかとも考えたけど、やはり、そんな使い古された年増の体よりも、若いコの体の方が良さそうね。」
夜深「くっ…。」
夜深は苦しみながらも、紅音を睨むように見ている。
紅音「じゃあ、そのまま死を待つのね。では、おやすみなさい。」
そう言うと、嘲るような笑みを夜深に投げかけ、紅音は夜深に背を向けた。
夜深「な~んちゃって、ですわ。」
夜深は、苦悶の表情から一転、不敵な笑みを浮かべた。
その異変に紅音が気づくよりも早く、夜深は青い刀身の刀を手に取り、紅音に向かって一閃した。
夜深「コチラから、お返ししますわ。おやすみなさい。」
紅音「なっ…。どおりで、かけた呪いの、種類が違うなぁと思ってたんだけど…。」
夜深「イヤじゃあ『あ、コレ呪い、かかってなくね?』って疑いなさいよ…。逆に演技してたのが恥ずかしいですわ…。」
次の瞬間には、紅音は爆散して消滅した。
夜深「最悪の呪術師と言われていたけれど、ソレは、一般レベルでの最悪。このムンムン熟女系イタコには、敵うハズありませんの。」
夜深は、勝ち誇った笑みを浮かべているが、次の瞬間には…。
夜深「ソレどころじゃありませんわ!」
慌てて部屋を飛び出す夜深。
そして舞台は再び建物の外へと移る。
ニック「オマエラはオレを目の敵にして探してたかも知れんがなァ。オレにとってオマエラは、蚊の羽音以下の存在。耳障りですら無かったんだがよォ。あの女が、どうしても霊が憑依してる刀が欲しいとか抜かすもんでなァ…。今、オレが、この刀を叩き折った所で、この刀に宿ってる人魂のクソザコが消滅するワケでも無ェし、オレは興味も無ェ。」
琴羽「じゃあその刀を放しなさい!」
ニック「あ?せっかく、こんなに若い体と、クソザコだが、刀を手にしてるんだ…。」
ニックは、ニヤニヤと笑ってる顔を、更に下品に歪ませた。
ニック「試し斬りくらい、させろや。オレァ、音速を超える最強の剣士だぞォ?試し斬りが終わったら、こんなクソみてェな刀、木っ端微塵にして返してやんよォ。」
琴羽「シュウちゃん!ナギとナナちゃんをソイツから遠ざけるよ!!」
琴羽は、何かを感づいたかのように言うと同時に菜々子に向かって突進している。
その言葉を受けた終夜も、凪兎を移動させようと、凪兎の体を抱きかかえた。
ニック「必死だなァ。その程度、オレから離れただけで、何の意味があるんだァ?」
琴羽も、なりふり構っていられないようで、菜々子の両脇を抱え、ニックから遠ざけている。
ジンは、何が何だか分からないという困惑の表情を浮かべている。
ニック「この、オマエラの大切なクソザコが憑依している刀でオマエラを全滅させてやんよォ。」
琴羽「ふぅ…。間に合った。」
ニック「あ?オマエラは、コレからオレに殺されるんだよォ。何も解決なんかしてねェよ。」
琴羽「うん。間に合ったの。夜深さん。」
琴羽が言うと同時に、青い刀身を持つ夜深が、ドンッ!という音と共に、ニックと琴羽達の間に着地する。
と、同時にそのまま刀を横に構えて、峰をニックに叩き込んだ。
ニックは、声を上げる間もなくフッ飛ばされ、ちょうど、さっきまで菜々子達が居た場所を通過して建物の壁に激突した。
建物の壁は、衝撃を受けきれずに粉々になり、ニックは更に奥へと吹き飛ばされた。
夜深「菜々子が気絶してくれてるのは、不幸中の幸いですわね。」
紅音が消滅した事で、マスターの呪いも制御を失い、マスター自身も、電池切れのオモチャよろしく、動きを止めている。
夜深「アナタが、菜々子が敵としている、音速を超える剣士…。」
ニック「あァ…。」
ニックは、大してダメージを受けてないようで、大穴が開いた壁から出てくる。
ニック「あの呪術師は、ヤられたか…。」
ニックは再び下品な笑みを浮かべて、動かなくなったマスターを見ている。
夜深「あの程度の呪術師の霊など、敵ではありませんわ。」
ニック「呪術師・九十九を、あの程度…。オマエ、なかなか楽しめそうだァ。」
琴羽「夜深さん、本当にありがとうございます。夜深さんが来てくれなければ、どうなってたか…。」
夜深「チコちゃん、お礼は、無事に事態が解決してから受け取りますわ。」
琴羽と話す夜深は、ニックから片時も視線を外していない。
ニック「でもまァ…オマエがどんなヤツでも、音速を超える剣には敵うまいよォ。」
ニックはギャル正宗を中段に構えた。
そして、驚異的な脚力で地面を蹴り、一気に夜深との距離を縮め、ギャル正宗を降りぬいた…。
が、既にソコには夜深の姿は無かった。
ニック「あァ?」
ニックは空振りに終わったギャル正宗を肩に乗せ、周囲を見回した。
と、同時に跳躍していた夜深が、ニックの脳天から刀を叩きつけた。
ニック「ッグ…。」
夜深「もちろん峰打ちですことよ。」
その場に昏倒したニック。
そのニックの背後に着地した夜深。
琴羽「夜深さんが音速を超えた剣を、更に超えた…?」
夜深「違いますわ、チコちゃん。そもそも、先程の彼の一閃は、音速を超えてすらいない。普通の斬撃ですことよ。」
終夜「ジン、つったか。オマエも少し離れてコッチ来てな。」
終夜は、イツの間にか、菜々子と凪兎を、更に遠ざけて、ソコに終夜も居り、ジンを呼んでいる。
終夜にも、出来る事と、出来ない事の区別はついているようだ。
ジン「説明してくれるアルか?」
終夜「オレなりにで良ければな。」
ジンも、大人しく終夜の方へ避難する。
そして、ニックが昏倒しているスキに、夜深はギャル正宗を奪い、琴羽に手渡した。
琴羽は、付近にギャル正宗の鞘が無い事から、探すのは諦め、仕方なく手に持っている。
ギャル正宗からピーチが姿を現さないが、コレは、ピーチが心底恐怖に震えているからのようだ。
そして、ニックが意識を取り戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます