第34話『奪還編⑤ 呪術師』
マスターは、抜き掃ったギャル正宗の鞘を投げ捨てた。
そしてその切っ先を凪兎に向けて微笑んでいる。
ピーチ「お願い!相棒連れて逃げて!!」
凪兎「安心しろ。必ず助ける。」
マスター「この状況で何を言っているの?アナタは、少なくとも大怪我するわよ。最悪は………ねぇ言わなくても分かるわよねぇ?」
マスターは、ギャル正宗を見ながらウットリしたような恍惚の表情を浮かべ、上段に構えた。
これではまるで、先程琴羽が言っていたように…。
凪兎「何かに憑りつかれているのか…?」
マスター「どうしてココが分かったのかは知らないけれど、コレ以上ムダな犠牲は出したくないでしょう?アナタを斬って、退散するわ。」
凪兎「確かに…チコはどうしてココが分かったんだ?」
この状況で、場違いのような緊張感の無さの凪兎。
目の前では、何かに憑りつかれた女が、真剣を自分に向けているというのに…。
マスター「では、おやすみなさい。」
マスターは地面を蹴って跳躍し、上段に構えたギャル正宗を凪兎に向かって振り下ろした。
次の瞬間、『ガギン!!!』という耳障りな音と共に、ギャル正宗は、凪兎の頭の手前で動きを止めている。
マスター「なっ…。」
その、マスターと凪兎の間には、青い髪をなびかせ、青い刀身の刀を持つ、女性の姿があった。
凪兎「アンタは…。」
夜深「アナタ…ウチの大切な娘と、そのお友達に、何してるのかしら?」
そう、菜々子の母親の夜深だった。
凪兎「どうしてココに…?」
夜深は、いったんマスターの刀をハジき返した。
夜深「チコちゃんから連絡を貰いましたの。その刀に憑依している霊の居場所を特定出来ないかって。」
凪兎「霊感、というやつですか?」
夜深「そうですわ。いくら体寄せを体現したとはいえ、菜々子はまだ未熟。離れた、しかも、この人魂程度の霊の存在を感知するのは難しいというものですの。」
凪兎「なるほどな…。あの時、チコがスマホをポチポチしてたのは、コレやったんか。そして、さっき、何故かヤラれる気がしなかったのも、夜深さんのチカラを無意識で感じていたのかも…。」
夜深「出来るだけ、菜々子にはバレないようにして欲しいという事だったから、姿と気配を隠しておりましたの。モチロン、菜々子に危害が及ぶような場合は、この限りではありませんが…。いずれにしても、アナタは再起不能にしてアゲルから…。」
夜深は、冷ややかにマスターを睨み付けている。
その表情が、次の瞬間には憤怒の表情に変わり…。
夜深「覚悟なさい!!!」
マスター「なっ…。」
凪兎「ぐっ…。」
マスターも、矛先が向いていない凪兎でさえ、あまりの迫力に気圧されてしまっている。
次の瞬間、マスターは全身脱力して倒れ、それまでマスターが立っていた場所に、ユラユラと半透明な女性の霊が現れた。
この女性は、長く黒いウェーブがかった髪を垂らし、顔の半分も髪で覆われている。
心なしか、髪がウネウネと動いているようにも見える。
分厚い唇には真っ赤なルージュが引かれており、大きな垂れ目が、更に妖艶な雰囲気を助長している。
凪兎「コレは…。」
夜深「はっ…。私とした事が…怒りに任せて、印を組むのも忘れて、勢い余って除霊までしてしまいましたわ…。テヘペロですわ。」
夜深は、片目を瞑り、右手でグーを作って、コツンとオデコを叩いた。
凪兎「じゃあ、そのマスターってヤツには、やはり何かが憑りついていたって事か…。」
凪兎は、先程の夜深の迫力に、腰が抜けたようだ。
夜深「コレでは、ドコかの感情的な、勢いだけの未熟者と変わりませんわね。」
夜深は、微笑みながら、気絶している菜々子を見ている。
だが、菜々子のソレとは迫力が桁違いではあるが…。
女性霊「オノレ…。」
夜深「凪兎くん、その女性(マスター)と、菜々子を、安全な場所まで運んでくださる?」
凪兎「イヤでもオレ、腰が抜けて…。」
夜深「マック一年分!!」
夜深が両手で印を組み、そう言い放った瞬間、凪兎の体が跳ね上がった。
夜深「宜しくお願いしますわ。」
凪兎「り、了解っす。」
凪兎は、フラつきながらも、菜々子とマスターを、ひとまず建物の外に運び出した。
夜深「アナタが冥土に行けるかどうかは分からないし、興味もありませんが、冥土の土産に、名前を聞いても宜しいかしら?あぁ失礼、先に名乗るのがスジというものですわね。山神 夜深と申しますわ。」
女性霊「九十九 紅音(つくも くいん)…。」
この九十九と名乗った女性霊も、夜深の、ただならぬ雰囲気を、警戒しているようだ。
夜深「九十九…。先代から聞いた記憶がありますわ。確か今はもう絶えてしまったけど、そういう苗字の呪術師の家系があったとか…。それに、九十九 紅音という女性が、末代にして最悪の呪術師だったとか…。」
紅音「その通り。代々、人を呪う事を生業としてきたわ。その代償を払いきれなくなって、絶えてしまった…。」
夜深「この世に未練を残したまま、彷徨ってらしたのね。」
紅音「彷徨ってなどいないわ。あの女には、随分前から憑依…もう体を乗っ取ったと言っても過言では無いわ。そして、呪いもかけている…。万が一の時のために、私が、予期せずしてあの女の体を離れた時に発現するように。」
紅音は、またもやウットリとした表情を浮かべている。
ナルシスト、とでも言うのだろうか。
夜深「なっ…。」
紅音「ココで悠長に雑談してて良いのぉ?アナタの大切な娘と、その友人とやらが、真剣を持っている呪いのかかった女と一緒なのよ?」
夜深「ちっ…。」
夜深は、凪兎が気絶しているマスターを運ぶ際に、確かにマスターが刀を握ったままだったのを思い出した。
紅音「ただ、アナタがソッチに向かえば、当然私は姿をくらますわ。」
ニヤニヤと、下品な笑みを浮かべて夜深を舐め回すように見ている紅音。
紅音「アナタの体を貰うのも良いわね。あの体にも飽きてきたとこだし…。」
夜深は必死に考えを巡らせているようだ。
そしてコチラは、建物に向かう琴羽達。
歩いている3人の前からニックが走ってくる。
ジン「あ、ニックアル!」
ニック「ジン!良かった無事で…。」
ニックは、ジンと一緒に居る琴羽と終夜を、怪訝そうな顔で見ている。
琴羽「初めまして。ジンちゃんのお友達の、千歳屋 琴羽。チコちゃんって呼んでね。そしてコッチの怖そうな顔してるけど、実は全然怖くないお兄さんが、春風 終夜。」
終夜「オイ。」
ジン「友達なんかじゃないアル!コイツラは敵アル!!」
ニック「じゃあ何で仲良く一緒に歩いてるんだ?」
ジン「………。」
琴羽「マスターのトコに行く途中なの。アナタも一緒に行く?」
ニック「は…はい…。」
腑に落ちないといった感じのニックも、琴羽達と共に、今走ってきた道を、歩いて戻り始める。
暫く歩くと、さきほど、琴羽が菜々子に送信した位置情報の建物が見えてきた。
その入り口付近には、横になって気絶している菜々子と、同じく気絶してるであろうマスターの傍に座り込む凪兎の姿があった。
琴羽「ひとまず、ナナちゃんもナギも無事みたいね。」
ジン「マスター!!何があったアルか!?その男に何かされたアルか!?」
終夜「慌てるな。ナギは無闇に人を傷つけたりしねぇよ。」
そう話しながらも、少しずつ近づいていく琴羽達の目に、ユラリと…まさにユラリとしか表現出来ないような動きで立ち上がったマスター。
手には抜き掃ったギャル正宗を持っている。
琴羽「ヤバ…い…かも…。」
そう言って駆け出そうとする琴羽。
次の瞬間、まだマスターが立ち上がった事に気づかない凪兎に向かって、無表情のマスターは刀を振り下ろした。
終夜「オイ!ナギ……!!」
咄嗟にシューズのツマミを最大に回し、爆発的な跳躍でマスターの方に突進したニック。
もうジンのシューズは役には立たないが、ニックのシューズはまだ壊れてはいなかったのだ。
その、突進の過程で、落ちていた鉄の棒を器用に拾い、マスターが振り下ろしたギャル正宗を受け止めた。
この一連のムダの無い体捌きも、普段からニックが体を鍛えていた証拠だろう。
マスター「…。」
ニック「一体どうしたんだスマター!!」
終夜「ス…スマター…?」
ジン「ニックはマスターって言えないアル。間違って覚えてるアル。」
琴羽「ハル!!」
終夜「悠長に話してる場合じゃねぇな!」
終夜も、必死の形相でギャル正宗を受け止めているニックを加勢しようと、ダッシュを始める。
凪兎は、いったん腰を抜かして、夜深に復活させられて、女性とは言え人間を2人運んできたため、意識が朦朧としているようだ。
ピーチの嫌な予感とやらが、的中してしまったのだろうか…。
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