第33話『奪還編④ アブない覚え間違い』

そして場所は変わって、コチラは例の百均から、ジンが逃げた方とは逆方向の路地。

ソコを、ジンと同じく全力疾走している男。

この男の名前はニックと言って、こちらも国籍は定かではないが、ジンと同じく10代後半で、短く刈った金髪を逆立てた髪型で、長身で筋肉質な体をしており、顔も、彫が深く、かなりモテそうだ。


手には、ジンと同じく細長い袋のようなモノを持っていて、コレにギャル正宗が入っているようだ。


ニック「ジンの事は、オトリにしてしまったようで心苦しいが…。」


ニックもジンと同じシューズを履いているようで、猛スピードで路地を駆け抜けて行く。

そして再びジンとSoundSoulsが対峙している場所では…。


凪兎「人が変わってる、って、どういうコトだ?チコ、そのマスターってヤツ知ってるのか?」


琴羽「知らない。ねぇジンちゃん、そのマスターの手下というか子分、のような立場でしょ?」


ジン「そうアル。マスターはアタシとニックを拾って育ててくれた、家族以上の存在アル。」


終夜「ニック?」


ジンは、しまった!という表情になる。

だが、琴羽は気にせず続ける。


琴羽「こんな良い子の親分が、自らならまだしも、子分に盗みなんてさせるかな?と思って。」


菜々子「ドコが良い子なんや。」


菜々子は、やり場のない怒りと、ギャル正宗の行方が分からなくなった焦りでイライラしているようだ。

依然として、ジロちゃんを憑依させ続けている。


琴羽「にじみ出てる雰囲気で分かる。ジンちゃんも、そのニック、くん?も恐らくね。」


ジン「おだてても無駄アル。マスターの居場所は教えないアルよ。」


琴羽「何かに憑りつかれてる、とかね。」


琴羽は、菜々子を見ながらウインクした。


菜々子「チコ、くっそカワイイ…。」


終夜「こんな時にバカ言ってる場合かよ。」


琴羽「有り得ないハナシじゃないと思うけど?」


ソコに、琴羽のスマホがメッセージの受信を告げる。

スマホに目を落とす琴羽。


琴羽「バカにしてるワケじゃないけど、ギャル正宗は、恐らく刀としての価値は高くないと思う。そして、ジンちゃんっていう子分に盗ませようとした事から、偶然ギャル正宗を見かけて、突発的に盗もうとしたとは考えにくい。ギャル正宗の存在を知って、盗む機会を窺ってたんやと思う。」


凪兎「確かにな…。聞けば、公園で、ナナとヒロが会ってて、ナナが目を離したスキに盗まれたらしいから、ナナの動向は窺ってたんやと思う。まさかまた女を使って、ヒロを引っかけて、ナナを公園に呼び出させたって可能性は?」


終夜「おいナギ…。」


呆れたような終夜の視線を受けた凪兎。


凪兎「可能性のハナシだよ。アイツにゃ前科がある。」


菜々子「ソレは無いと思う。アタイは確かにヒロに呼び出されたけど、刀を持って来いとは言われんかったし。」


そして琴羽は、スマホを操作し、メッセージの送信ボタンを押す。

その直後、菜々子のスマホがメッセージの受信を告げる。


菜々子「?」


琴羽「ピーちゃん、ソコに居るわよ。」


菜々子「なん?」


戸惑いながらも、スマホを取り出しメッセージを見る菜々子。

ソコには、地図の位置情報が添付されていて、ピンどめされているスポットは、ココからそう遠くない建物だった。

その画面を、隣に居た凪兎も覗きこんでいる。


菜々子「チコ?」


琴羽「行けば分かるわ。」


再び菜々子にウインクする琴羽。


菜々子「コッチは頼んだ!」


そう言うと、再び驚異的なスピードで走り出す菜々子。

その後を、自転車にまたがって走り出す凪兎。


凪兎「マック一年分の名にかけて!!」


終夜「ナギ、あんなキャラだったか?情緒が不安定にも程がある…。」


琴羽「誰でも一度はキャラ崩壊するものよ。」


ジン「オマエ、本当にマスターの居場所分かったのか?」


ジンは、疑っているようだ。


琴羽「チコちゃんって呼んでよ。チコちゃんには、何でもお見通しなんだお。」


終夜「で、どうすんだ?」


琴羽「私達も行こうか。ね?ジンちゃん。」


ジン「…。」


菜々子と凪兎に遅れて、徒歩で移動を開始する琴羽、終夜、ジン。


そしてまたまた舞台は移動して、コチラは2階建てのビル。

商業用のビルらしいが、部屋数も、全部で4部屋と、大きくは無いビルだ。

しかも、その中でも現在テナントとして入っているのは1部屋のみで、コレが、ジンのマスターが待っている場所だ。

その中には、ニックとマスターの姿があった。


マスター「良くやってくれたわ、ニック。」


ニック「ボクは、ジンの手伝いをしたようなもので、本当に頑張ったのはジンです、スマター。」


マスター「…。」


ニックは当然の事を言っている、という顔をしている。


マスター「フフフ…。不思議な縁というものね…。」


ニック「では、ボクはジンを迎えに行ってきますね、スマター。」


マスター「いやスマターって!何でマスターをそう覚えるワケ!?どういう覚え間違いよソレ!!いったんスルーしたけど、スマターって結構アブない覚え間違いだからね!?ずっと言ってるけど、アンタ絶対にスマターって呼ぶよね!?」


ニック「スマターは面白い人だなぁ。」


そう言いながら出ていくニック。


マスター「どうしよう、もうマスターって呼ばせるのヤメようかな…。」


途方に暮れるマスター。

次の瞬間、ニックが出て行ったドアが、何者かに蹴破られて吹き飛んだ。


マスター「!!!」


ソコには、鬼のような形相の菜々子が立っていた。

全身で息をしており、ずっと憑依状態である事からも、立っているのがやっと、という状態だ。


菜々子「ピーちゃん返せ!!」


マスター「完全にマいたと思ったのに…。」


マスターは、冷ややかな目で菜々子を見て、ギャル正宗を鞘に納めたまま、中段に構えた。


マスター「アナタは、このイザコザの巻き添えを食ったに過ぎない…。ただのエキストラ…。」


菜々子「ピーちゃん!もう大丈夫やけんね!!」


その菜々子の言葉に、ピーチが姿を現した。


ピーチ「相棒!逃げて!!」


マスター「せっかく助けにきてくれたお友達に、そんな事言ってイイの?」


ピーチ「何かイヤな予感がするの!」


菜々子「アタイら親友やんか!絶対に助けるけん。って…アンタ、ピーちゃんが見えるん?」


マスター「えぇ。霊が憑依している刀なんて…こんな代物、そうそうお目にかかれるモノじゃないわ。」


菜々子「だけん、子分使って盗ませたんか?」


マスターは、依然としてギャル正宗を中段に構えたままだ。


マスター「ソレは、アナタには関係ないハナシよ。」


マスターは、ギャル正宗を構えたまま、菜々子に突進してきた。

普段の菜々子なら、ジロちゃんを憑依させているので、簡単に返り討ちに出来るが、今は満身創痍だ。


菜々子「くっ…。」


マスター「おやすみなさい。」


そのままマスターは、横殴りの一撃を菜々子に放った。

鞘に納められたままのギャル正宗が菜々子の体を捉える寸前、マスターの視界を何かが遮った。


マスター「なっ!?」


そのままギャル正宗は、その何かを殴った。


凪兎「ぐおっ!!」


そう、後から自転車で追いかけてきた凪兎が、文字通り身を挺して菜々子の盾になったのだ。

鞘に納められていたため、単に棒で殴られただけ、という状況だ。


凪兎「大丈夫か!?ナナ!!」


菜々子「ごめん…ナ…ギ………。」


菜々子は限界を迎えたのか、安心感からか、凪兎に身を預けるようにズルズルと倒れて気を失った。

凪兎は咄嗟に菜々子の体を受け止め、静かに横たえた。


凪兎「アンタか。ナナの大切なモンを盗ませた犯人は。」


凪兎が、滅多に見せない激しい怒りを露わにした表情で、マスターを見ている。


マスター「この分じゃ、ココはとっくにバレてるようね…。」


マスターは、凪兎と距離を取り、何かを考えるように腕を組んでいる。


凪兎「ナナが、張ってた気を抜いたって事は、オレに任せてくれたって事だ。ココは、オレがオマエからソイツを取り返す!」


マスター「アナタ、誰を相手にしていると思ってるの…?」


マスターは、ギャル正宗を鞘から引き抜いた。


凪兎「…。」


マスター「なるべく穏便に済ませようと思ってたのだけど…。」


マスターは、ギャル正宗の切っ先を凪兎に向けながら不敵に微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る