第32話『奪還編③ ビックリシューズ』
そして、コチラは再び疾走しているジン。
ジンのスマホが着信を告げる。
咄嗟に、建物の陰に姿を隠し、スマホを取り出すジン。
ジン「マスターからアル。もしもしアル。」
電話に出たジンは、マスターと呼ぶ人物と、何やら話し始めた。
暫く話し込んでいるジンとマスター。
何故か、その、ジンが身を隠している建物のスグ傍に琴羽が姿を現す。
特に息を切らしている様子も、汗をかいている様子も見られない。
琴羽「鬼、みっけ、かな?」
琴羽の位置からは、ジンの姿は確認出来ないし、声も聞こえないが、何故か確信している琴羽。
何故なら…。
琴羽「こんにちは、ピーちゃん。」
ピーチ「…。」
そう、ギャル正宗には、そもそもピーチが憑依しており、ピーチは、ギャル正宗から10メートルくらいの範囲では、人魂として行動できるのである。
だから、ジンが身を隠している建物の陰から、助けを求める意味も含めて、姿を現しているのだ。
琴羽は、少し声のトーンを落として…。
琴羽「ピーちゃん、アナタを盗んだ犯人が、この近くに居るのね?」
ピーチ「まさかアンタが一番に見つけてくれるとはねチョベリバ。」
琴羽「ソコは、チョベリグ、でしょ?」
琴羽は、右手でグッと親指を立てて、ウインクしながら言った。
ピーチ「ウチは、アンタなんかより、最初に相棒に見つけて欲しか…。」
ピーチが、そう言いかけた時に、ドンッ!!という衝撃音と共に、ピーチの姿が一瞬で消えてしまった。
琴羽「えっ?」
琴羽が、音がした建物の陰に慌てて移動すると、ソコには地面がエグれた形跡があった。
琴羽「ちょっと…。」
素早く上空に目をやる琴羽。
すると、10メートルくらいの高さを跳躍しているジンが目に入る。
琴羽「ヤバ…なにあれ…。」
その跳躍は、バラバラになって探している菜々子、凪兎、終夜の目にも確認できた。
ジンの姿を見ていない菜々子と終夜にも、ジンが手にピンクの刀らしきものを持っているので、犯人はコイツだと分かったようだ。
そして、低いビルの屋上に着地したジンは、今度は建物の屋上を飛び移りながら移動を開始する。
ジン「うっかりマスターと恋バナで盛り上がりすぎたアル。まさかもう追い付かれていたなんて…。マスターが気づいてくれなかったらミッション失敗だったアルな。」
そして走りながら自分の足元に目を落とすジン。
ジン「そして、このマスターが作ってくれた、ビックリシューズが無ければ捕まっていたアル。」
そう、先程の跳躍は、ジンに超人的な身体能力があるワケではなく、跳躍力を増強するシューズのお陰のようだ。
そして突然方向転換し、屋上から飛び降りて、路地を真っ直ぐ移動するジン。
ギャル正宗を持ったまま、近くにあった百均に立ち寄る。
程なくして出てきたジンの手には、細長い袋のようなモノが持たれており、どうやらこの中にギャル正宗を入れたようだ。
ジン「あっぶねぇアル。盗むのに必死で、ずっと、コレ刀ですよ!って状態で走ってたアル。ダイソー最高アル。」
額の汗を拭うと、周囲に鋭い視線を投げ、再び走り始めるジン。
そのジンの背後から、ドンッ!ドンッ!という音が追いかけてきている。
ジン「なっ…。」
ジンが振り返ると、そこには、鬼のような形相で、ジロちゃんを憑依させた菜々子が追いかけてきていた。
ドンッという音は、力強く地面を蹴っている音らしい。
菜々子「見いぃぃぃいいつぅけたぁぁあああぁぁぁっっっ!!!」
ジン「こわっ!!…アル。」
ジンは、走りながら器用にシューズのツマミを回した。
次の瞬間、先程の上方へとは違い、今度は前方に向かって長距離の跳躍をする。
ジン「コレ、あんまり使うとシューズ壊れるってマスターに言われてるアルけど…。仕方ないアル!とにかく遠くまでアイツラを…。」
菜々子「くっそ…。ピーちゃん返せえぇぇえええっ!!」
その少し後方を、琴羽と凪兎と終夜も、徐々に集まりつつ追いかけてきている。
と、不意に飛び出してきた野良猫を、反射的に避けようとしたジンが、バランスを崩してスピードを落とす。
ジン「しまっ…。」
ちなみに猫は無事だ。
次の瞬間、ジンの進行方向に菜々子が降ってきて着地する。
ジン「!!!」
慌てて急停止するジン。
菜々子「言いたい事や聞きたい事は、山んごとあるけど、まずはピーちゃん返せ!!」
ジン「えっ?ちょ待って。どうしよ…そうアル!!わ…ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン、アル。」
菜々子「日本語喋っとるやないかい!!」
少しの間、睨み合う菜々子とジン。
ジンは、体の後ろに隠すようにギャル正宗が入った袋を持っている。
ジン「この刀は渡すワケにはいかないアル。」
菜々子「なんでや!」
ジン「この刀は、マスターの刀だからアル。」
菜々子「意味分からん事を言うな。そのギャル正宗は、大正のガングロギャルが持ってた刀や。」
何故かギャル正宗からはピーチが姿を現さない。
ジン「その、ギャル正宗というのは、刀の通称・俗称に過ぎないアル。」
菜々子「はぁ?何言ってんだこのチャイナ娘。」
ジン「アタシの国籍は中国ではないアル!!」
菜々子「じゃぁ、その『アル』は、何アルか?」
ジン「今は関係ないアル!」
そして、菜々子の背後には、追い付いてきた、琴羽、凪兎、終夜が立っている。
琴羽「刀全てに名前があるワケじゃない。そのギャル正宗も、ギャルが作ったとも、正宗という人が作ったとも、言いきれない、という事ね。」
ジン「そうアル。それに、マスターがアタシにウソつくワケがないアル。」
琴羽「アナタのマスター、本当にそのギャル正宗が、自分の刀だって言ってるの?」
ジン「だから、そう言ってるアル。」
凪兎「チコ…。相変わらず…呑気に話し込んでる場合か?」
ジン「この刀の作者は、アタシのマスターアル。マスターがそう言ってたアル。」
菜々子「だからって、今の持ち主から奪ってイイって言うんか?今の持ち主はアタイやぞ?」
琴羽「ちょっと落ち着いて、ナナちゃん。アナタ、名前は?私の名前は、千歳屋 琴羽。チコちゃんって呼んでね。」
ジン「ジン…アル…。」
琴羽「ジンちゃん、作者と、持ち主は一致しないのよ?自分が作ったモノでも、他の人が所有すれば、ソレは、その人のモノとなる。そうなると、そのモノに、どんなに後から価値が出てきても、自分が作ったからって、持ち主に無断で所有しようとすれば、ソレは、れっきとした窃盗になる。あなた、マスターにウソつかれてると思う。」
ジン「そうやってアタシを騙そうとしても無駄アルよ!」
琴羽「その刀、今はそうやって、日本刀だけど、もともとは木の棒だったのよ?で、その木の棒が、セン子さんのチカラの余波で日本刀に姿を変え、ソレを何となく、ピーちゃんが持ってた刀に似てるなって事で、ギャル正宗と呼んでる設定なの。」
終夜「設定って…。」
ジンは、琴羽が言ってる事が理解出来ないという表情を浮かべている。
琴羽「だからそもそも、アナタがナナちゃんから奪った刀は、作者なんか存在しない。強いて言うなら、作者はセン子さんね。」
菜々子「分かったら返せ!」
菜々子は体勢を低くし、ジンに飛びかかる準備を始めた。
その気配を察知したのか、ジンはギャル正宗を入れてる袋を持っている左手を、菜々子の方に向け、右手でその紐を解いた。
ジン「もう、十分と言えば十分アルな。」
その袋から出てきたのは、先程の百均で買ったのか、樹脂製の刀のオモチャだった。
菜々子「なっ…。」
琴羽「どおりでピーちゃんが姿を現さないなと思ったのよね。」
琴羽は、スマホを操作しながら呟いた。
ジン「オマエラが探してる刀は、もう別のヤツが回収して、マスターの元に届けている所アル。」
菜々子「くっそ…。」
凪兎「でもよ、オマエ、こうなった後の事は考えてたのかよ?オレらに追い付かれた後の事。」
ジン「この、マスターが作ってくれたビックリシューズがあれば、余裕アル!!」
そしてジンは、シューズのツマミを回し、ドヤ顔で跳躍するが、その瞬間にツマミが爆発して煙を吐いた。
なので、ジンは単純に数10センチ跳躍して、再びその場に着地しただけに過ぎなかった。
ジン「…。」
凪兎「オマエは、ギャル正宗を盗んで、その、マスターってヤツに届けようとしてた。けどよ、ソレが失敗して、プランBで、ギャル正宗は逃げてったけど、オマエは、誰が助けてくれるんや?」
琴羽「ソコなのよねぇ…。」
琴羽は、難しい顔で考え込んでいる。
琴羽「そのマスター、たぶん、人が変わってると思う。」
凪兎「へっ?」
突然に終わりを告げた鬼ごっこと、消えたギャル正宗。
手がかりを失ったSoundSoulsは、どう動くのか?
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