第27話『マネージャー候補』
ココは、とある喫茶店『KENDYS』。
そのテーブル席で、2人の男女が何やら話している。
女性は白神 翡翠(しらかみ ひすい)と言い、小柄で、髪型は軽くウェーブのかかったロングで、少しタレ目がちな顔は、年齢よりも幼く見える。
男性は通称レトロと呼ばれていて、前髪を目の上まで伸ばし、ヘッドホンを首にかけ、服装も落ち着いた色合いで、悪く言えば少し暗い印象だ。
レトロ「どうだ?久しぶりの日本は?」
翡翠「うん。やっぱり良いわねぇ。つくづく実感したのが、日本語って、やっぱキレイだと思わない?」
レトロ「キレイ?」
翡翠「うん。『さりとて』とか、『はらり』とか。響きが美しいなって思うの。」
レトロ「何だよ急に。」
翡翠「日本に帰ってきて、尚更思うのよ。結局は、同じ事を指すとしても、言い回しが違ったりとかさぁ、同じ漢字でも、読み方によって意味が違ってきたりとか、ね?」
レトロ「…。」
レトロは反応に困ってコーヒーをすする。
翡翠「スイとしては、侘び寂びを大切にしていきたいと思ってるの。」
レトロ「んで?これから、どうすんだ?」
レトロは、この翡翠の調子に少しウンザリした様子だ。
翡翠「レトロ君と音楽をやりたいなぁ。」
翡翠は、真っ直ぐレトロの目を見つめて言った。
レトロ「はぁ?」
翡翠「レトロ君は、作曲が得意でしょ?」
レトロ「得意ってか…。」
レトロはボリボリと頭を掻いて、どことなく落ち着かない様子だ。
翡翠「スイが作詞をするからさ。」
そこに、翡翠が注文したミルクセーキが運ばれてくる。
そのミルクセーキを早速飲む翡翠。
翡翠「うん、やはり、この店のミルクセーキは、悔しい程に絶品だね。」
レトロ「あのさ、オレ…。」
翡翠「ん?」
レトロ「もう、あるバンドに所属しててさ。」
翡翠「レトロ君、楽器が弾けたの?それは初耳だなぁ…。」
レトロ「いや、なんつーか、成り行きでね。」
レトロは、また頭をボリボリと掻いている。
どうやらコレは、レトロのクセらしい。
翡翠「うんうん。ソレは、不躾だったわ。ごめんなさい。」
レトロ「イヤ、別にソレはイイんだよ。」
翡翠「ふぅむ…。」
翡翠は、ミルクセーキを飲みながら、何かを考え込んでいる。
レトロ「…。」
レトロが話題に困って、窓際の席から見える、窓の外に目をやる。
その、喫茶店の窓の外を、鬼のような形相をして、ダッシュで駆け抜ける博記が居た。
レトロ「あの男…何慌ててるのは知らんが、えらく必死だな…。」
思わず呟くレトロ。
翡翠「うん?」
翡翠は、レトロの視線の先を追う。
翡翠「あれ………シマじゃない?まさか、この街に居たんだ…。」
レトロ「シマ??知り合いか?」
翡翠「あぁ、昔ね。いわゆる幼馴染ってヤツなんだけどね…。」
そして場所は変わり、まひろ屋。
ソコには、博記を除くSoundSoulsのメンバーが揃っていた。
琴羽「えー…、今日、オマエラに集まってもらったのは、他でもない。」
凪兎「待てよチコ。まだヒロが来てないぞ。」
琴羽「あっ、やっべ。このセリフが言いたいがために、全員居るか確認してなかったテヘペロ。」
琴羽は舌をペロッと出して照れ笑いしている。
凪兎「まぁた昨日も遅くまで呑んでたとかだろ、どうせ。」
凪兎は机に頬杖をつき、入り口のドアを見ている。
琴羽「でも、シェアハウスの件も、聞けば、ヒロは一方的にピーちゃんから迫られたっぽいし。まぁ、迫られたってか、ピーちゃん的にはヒロを洗脳しようとしてたんやけど。」
菜々子「で、結局、あのババアにも、飲みに誘われて、タダ酒が飲めるって思ってついてきたっぽいし。」
菜々子は、飲んでいるアイスコーヒーのグラスのストローをクルクル回している。
凪兎「キュンキュン娘に関しては、ただ何となく可愛いと思ってただけなんだろうが…。」
もはやモエミの通称は、キュンキュン娘になっている。
モエミ自身は、キュンキュンよりも、めしや、が口癖なのだが…。
凪兎「まぁ、ヒロも悪いヤツじゃねぇってのは分かってるんやがなぁ…。シェアハウスの時も、山神家の時も、アイツは…。」
琴羽「ナギは本当に真面目やもんね。」
琴羽は何度も頷きながら言う。
凪兎「ナナの家の騒動に関してもさ、あのムンムン熟女イタコじゃ、ヒロでなくても引っかかるヤツは多いと思うけどさ。」
琴羽「ココでの、例のフェリアのメンバーの女の子は、たぶんドストライクやったんやろうけど(笑)」
菜々子「…。」
菜々子は、アジ刺しを食べようと持っていた割り箸を、持ったまま片手でヘシ折った。
琴羽「ヒロも、ヒロなりに、必死に生きてるんだと思うよ。」
凪兎「…。」
ソコに、店のドアが乱暴に開けられ、ゼェゼェと肩で息をしてる博記が入ってくる。
博記「ワリィ、昨日飲み過ぎた…。」
琴羽「えー…、今日、オマエラに集まってもらったのは、他でもない。」
菜々子「そんなにそのセリフ言いたいの!?」
凪兎「オマエ、ココでは水しか飲むな。」
凪兎は、もはや軽蔑した眼差しで博記を見ている。
博記「あ?なんでオマエにそんな事言われなきゃいけないんだよ。」
琴羽「ナギ…。」
凪兎「…。」
琴羽に諌められるような目で見られて、凪兎もバツが悪そうだ。
琴羽「でね、ハナシっていうのは、ウチのバンドに、マネージャーつけよっかなって思ってて。」
凪兎「マネージャー?」
琴羽「セン子さんからの紹介で。」
菜々子「あのババア絡みやと、胡散臭いんやない?」
琴羽「でも、SoundSoulsとしても、ナナちゃんが本格的に参加を認められたけん、活動を広げていきたいやん?」
凪兎「で、そのマネージャーってのは?」
琴羽「うん…。名前は…。」
凪兎「名前は?」
琴羽「露燻 楼流って男性なんやけど…。」
凪兎「ろっくん ろうる?」
菜々子「あのさぁ…。」
その場に居る全員が、あのさぁ…と思った。
琴羽「私だって、半信半疑よ。だって、私もセン子さんから聞いた後の第一声は『あのさぁ…。』だったけん。」
博記「そこの美人なお姉さん、ビールをお願い出来ますか?」
相変わらずブレない博記に対し…。
女将「黙れダメ人間!」
言うと同時に博記の顔面にオシボリを投げつける女将。
凪兎「オマエ、話しを聞かねぇんなら、出てけよ。」
博記「聞いてるわ。つかさ、マジでオマエ、何なんだよさっきから?」
投げつけられたオシボリで、そのまま顔をゴシゴシ拭く博記。
凪兎「オマエの態度が気に入らねぇんだよ。」
琴羽「ヒロは、誤解されやすいけんねぇ…。クチも悪いし。」
菜々子「で、その楼流君とは、どうするん?」
菜々子の一言が、話しの流れを変えた。
琴羽「えー…、今日、オマエラに集まってもらったのは、他でもない。そのマネージャー候補を、実は呼んであるんだ。」
凪兎「なっ…。」
琴羽「カモン!ロケンロー!!」
その琴羽の掛け声を合図に、メンバーから少し離れたカウンター席に座っていた男が立ち上がる。
肩まで伸ばした黒いロングヘアーを後ろで縛り、切れ長のサングラスをかけ、アゴヒゲを生やし、黒の革ジャン(の下は素肌)、黒の革パンに、先のトガった白い革靴を履いている。
その男こそが、露燻 楼流である。
楼流「チェケラチョウ!!」
凪兎「それはラップだ。」
すかさずツッコミを入れる凪兎。
楼流「細かい事は星屑のテンダネスだ。」
菜々子「ちょっと待って、意味分かんない。」
博記「細かい事は気にすんなって事だろ。」
博記は、面倒くさそうに言った。
楼流「今紹介された、露燻 楼流だ。ヨロシクゥ。」
凪兎「キャラが強烈すぎる…。」
博記「あのさ、マネージャーって、こんなんでも務まるのか?」
博記は、大人しく女将に出された水を飲んでいる。
楼流「ソコのウォーターボーイ。人を見かけで判断しちゃパステルカラーの地球(ホシ)だぞ。」
博記「今、地球と書いてホシと読んだだろ。」
琴羽「どうしたら良いと思う?」
凪兎「どうもこうも、ハナシが通じてねぇじゃん。」
凪兎はもう楼流に興味を無くしたのか、まひろ屋に設置されているテレビに視線を移した。
琴羽「ちなみに年齢は43歳やけん。」
博記「メチャクチャ年上じゃねぇか…。」
楼流「9月で44歳だ。」
博記「ソコは大した問題じゃ…。」
菜々子「楼流『君』じゃなくて、楼流『さん』だった…。」
楼流「じゃぁ、キミタチは、コレ、何だか分かるか?」
楼流が、革ジャンの内ポケットに手を入れると、一枚の四角い紙のようなモノが落ちた。
楼流の近くに居た凪兎が拾うと、ソレは写真のようだ。
凪兎「この写ってる人って、確か今大人気のアイドルの…。」
琴羽「なになに?(覗き込む)この人!モサエじゃない!!」
凪兎「モサエって、モッサリダンスでバズったっていう…。」
琴羽「まさか、楼流さん、このモサエのマネージャーやってたとか?」
一気に色めき出す一同をヨソに、楼流は慌てて続けた。
楼流「あっ、ソレは、ファンクラブ会員限定のブロマイドだ。オレ、めっちゃファンで、会員ナンバー1番だぜヨロシクゥ。」
博記「ブロマイドって何だ?」
琴羽「まぁ、簡単に言えば写真ね。」
楼流「ソレじゃなくて、コッチだベイベ。」
楼流が内ポケットから取り出したのは、古ぼけた1枚のポラロイド写真。
ソコには、楼流と思しき青年と…。
凪兎「この一緒に写ってる人、えっと…誰だ…?。」
その写真には、楼流の肩に手を置き、ニコニコ笑っている男性の老人の姿があった。
楼流「オレのジイチャンだ。」
凪兎「コレが、何だっていうんスか?」
楼流「良い写真だろう?」
菜々子「それだけかい!!てっきり、マネジメントした有名なバンドの写真でも出てくるかと思いきや…。」
菜々子が、かろうじてツッコミを入れる。
楼流「あ、ソッチ?ソッチが欲しいなら、あるよ。」
博記「でもよ、ロックンローラーがマネージャー?ロック出来てないやん。」
楼流「!!!」
凪兎「オマエ、人の揚げ足取るのは上手いのな。」
博記「揚げ足じゃないやろ。事実やろ。」
どうも、言葉が悪いこの男は、核心をついてしまうらしい。
楼流「オレはもう二度と楽器が弾けない体になってしまったのさ…。」
何だか急展開を迎えた物語だが、この露燻 楼流という男は何者なのか…。
そして、独特な雰囲気を纏った、翡翠と博記との関係とは…?
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