第26話『借りてきたチコ』

ココは、とあるスタジオ。

最近、人気が出始めているコールド・チョコレートというバンドがレコーディングを行っている。

ひとしきりレコーディングをし、休憩に入ったのか、メンバーがスタジオから出てきた。


メンバーは、ボーカル兼ギターの、雪平 零人(ゆきひら れいと)と、ベースの雪平 千世子(ゆきひら ちよこ)と、ドラムの寒水 功太(かんすい こうた)である。


零人「パーティ?」


千世子「えぇ。アマチュアのバンドなんだけどね、ちょっとした話題になってて。」


功太「あぁ、オレも知ってる。心霊ライブやったんだろ?」


零人「心霊ライブ?なんだそりゃ…。」


千世子「心霊スポットで、ライブやったんだって。」


零人「でもよ、そんなアマのバンドが心スポでライブやったとこで、何でそれが話題になるんだ?」


千世子「何でも、有名なイリュージョニストが絡んでるらしくて、そのツテでね。」


功太「プリンセス・セン子ゥ。聞いたことくらいあるだろ?」


零人「あぁ、名前くらいは…。」


千世子「そのライブでも、ちょっとしたイリュージョンなんかもあったりしたらしくて。でもね。」


零人「?」


千世子「実力が無ければ、話題はならないと思うの。」


零人「何が言いたい?オレらCC(コールド・チョコレートの略)の敵じゃないだろ?オレらはメジャーデビューも果たして、ファンクラブも持ってるんだぞ?」


千世子「ボーカルの歌唱力がハンパないってウワサなの。」


功太「そのライブの動画とかは?」


千世子「無いらしいのよね。で、ここからが問題なんだけど…。」


零人「?」


千世子「響子ちゃんが、そのPARTYのボーカルのコに、ウチのバンドとのコラボを依頼したらしいのよ。」


零人「なっ…。」


功太「どおりで…。今レコーディングしてる曲、零人が歌わないな、とは思ってたんだが、そういう事なのか?」


ソコに、遅れてスタジオから出てきたのは、マネージャーの、五条橋 響子(ごじょうばし きょうこ)。


響子「ごめん、ミンナに相談もなく決めちゃって…。」


零人「つか響子ちゃん、ソイツの歌聞いたんかよ?」


響子「えぇ…。この前の休みに、地元の福岡に帰ったんだけど、その時に、偶然外に出たら、近くの廃シェアハウスから、音楽が聞こえてきたから行ってみたの。」


千世子「実家の近くに心霊スポットあるんだ…。」


響子「なんていうか、言葉の一つ一つに凄いパワーを感じたの。歌い方や歌声って、人それぞれだし、零人のソレと比べるツモリも毛頭なくて、でも、本能で感じたの。『逃しちゃいけない』って。」


零人「ソコまで…。」


響子「そのライブが終わるのを待って、そのバンドの子達のとこに行って…。ボーカルの女の子に、是非ウチのバンドで一曲だけでも歌って欲しいって依頼したの。」


功太「まぁ…、他のメンバーにとっては面白いハナシではないよな。」


響子「それがね、他にギター、ベース、キーボード、ドラムの4人が居たんだけど、他のメンバーは二つ返事でOKしてくれたの。」


千世子「えっ?」


響子「イイじゃん行ってこいよ、みたいなノリで。で、そのボーカルの子も、ミンナがそう言うなら…みたいな感じで、OKしてくれたわ。」


零人「…。」


響子「でも、本当にミンナに相談しなかったのは悪いと思ってる。もし、イヤなら謝って、断るけど。」


零人「それじゃ、響子ちゃんの顔が立たねぇだろ。CCにとっても良い経験になるんじゃないの?」


千世子「たまには、女の子の声の後ろで弾くのも悪くないかも?」


功太「音楽には変わりないし、ウチのバンドが、どうこうなるってハナシでも無いしな。」


響子「ありがとう。明日、コッチに来てくれるようになってるから、後は実際に会って、話してみてから進めよう。」


零人「了解。」


そして翌日、成田空港に、琴羽の姿があった。

出口のゲートの先では、響子が待っている。


響子「あ!千歳屋さん!!」


琴羽「おっ、五条橋さん。私の事は、チコちゃんって呼んでってば。」


響子「そうだったわね。ようこそ、チコちゃん。私の事も響子ちゃんって呼んでね。」


琴羽「でも、本当に良かったんですか?その、コールド・チョコレートの皆さん、よく思ってないんじゃ…。」


響子「だぁいじょうぶ。あれ?他のメンバーの子達は?」


琴羽「東京観光や!つって、秒で消えた…。」


響子「元気があってよろしい。じゃ、早速スタジオ行こうか。」


琴羽「はい…。」


ガラにもなく、不安そうな表情を浮かべる琴羽は、響子に促されるまま空港を出て、タクシーで移動を開始した。

そしてスタジオに到着し、コールド・チョコレートのメンバーと対面する琴羽。


琴羽「初めまして。千歳屋 琴羽です。チコちゃんって呼んでください。」


零人「CCでギター兼ボーカルやってる、雪平 零人です。」


千世子「ベースの雪平 千世子よ。零人とは姉弟なの。」


功太「ドラムの寒水 功太。よろしく。」


琴羽「宜しくお願いします。」(深々と頭を下げる)


千世子「そんな改まる事ないって。歳も近そうだし、あんま固くならないで。」


零人「そうそう。気楽にやろう。」


琴羽「でも、私のようなアマチュアが、プロのバンドの演奏で歌うなんて…。」


響子「ソコは、私が無理やりお願いして来てもらってるんだから、心配しないで。」


そして早速、琴羽の歌を乗せたレコーディングが行われた。

そして数時間後…休憩室で…。


琴羽「…。」


響子「………。」


琴羽「ゴメンなさい…。」


零人「響子ちゃんには悪いが…とてもじゃないけど、そんな印象は受けなかったが…。」


千世子「ほんと…緊張しちゃった?それともドコか具合でも悪い?」


琴羽「ううん…。」


功太「どうすんの?響子ちゃん。このままやるの?」


響子「とてもじゃないけど、これじゃあ売り物にならないと思うし、チコちゃんには悪いけど、このハナシは無かった事にして欲しい…かな。」


琴羽「当然の判断やと思う。どうしてやろ…。」


その休憩室に、博記達4人が入ってくる。


博記「なんや、上手く行かんかったみたいやな。」


菜々子「そりゃアタイの華麗なドラミングが無いと、チコもノらんって。」


春彦「チコってよ、案外人見知りなんかもな。」


壱馬「危うく近所のジムに入会するとこだった…。」


響子「ミンナも、わざわざ来てもらったのに、ゴメンなさい。」


博記「まぁ、タダで東京観光させてもらったし。」


春彦「オマエは女ばっか見てただけやろが。」


博記「オマエ、マジでオレに恨みあんのかよ。」


壱馬「まぁまぁ。」


菜々子「帰ろっか、チコ。」


琴羽「うん。本当に、ゴメンなさい。」(深々と頭を下げる)


響子「本当に気にしないで。コレも何かの縁だと思うし、また何かで絡むかも知れないし。」


零人「オレらCCは、これからもっと大きくならなきゃならない。」


博記「そういや、コールド・チョコレートって、オレ聞いた事ないんやが。」


春彦「バカお前!クチ悪すぎやぞ。東京まできてケンカ売んなよ。弱いクセに。」


博記「別にケンカ売ろうとか思ってないわ。聞いた事ないんやもん。」


壱馬「それはヒロの音楽の好みの問題じゃないか?」


響子「これからきっと、もっと大きくなるわ。この子達は。」


琴羽「失礼します。」


そして、休憩室を出ようとする5人だが、菜々子が振り返って…。


菜々子「なんかCCとか略しとるみたいやけど、アンタラ、ファンからは『ヒエチョコ』って呼ばれてるらしいやん。」


零人「なっ…。」


そして休憩室を出て行く5人。


零人「マジで…?」


響子「えっ…えぇ…。CCを気に入ってる零人には言えなくて…。」


零人「オマエラは知ってたんか?」


千世子「うん…。」


功太「なんか、言えなかった。」


響子「まっ、まぁ…タダの通称?愛称?みたいなモンだし…。」


ソコへ響子のスマホがメッセージの受信を告げる。


響子「あ、博記くんからだ。」


零人「連絡先交換してたんかよ…。」


響子「チコちゃんとはモチロンだけど、博記くんも、何故かその場のノリで…。ん?音声ファイルが添付されてる。」


そしてその音声ファイルを再生する響子。

響子のスマホからは、例の心霊ライブの時に録音されたであろう、PARTYの演奏と、琴羽の歌声が流れ始めた。

その歌声は、録音された音声で、かつスマホで再生されているにも関わらず、強烈な存在感を放っていた。


零人「こ…これ…。」


響子「そう!まさにこの歌声!」


暫くその歌声に聞き惚れる4人。


響子「あり?ファイルが削除されちゃった…。」


功太「既読がついたモンで、再生したと分かったんだろう。たぶん、見た感じ、ソイツ(博記)は負けず嫌いな雰囲気だったから、ボーカルの名誉を守りたかったんだと思う。ボーカルのコの実力はこんなモンじゃないんだって。」


千世子「鳥肌ヤバ…。」


零人「…。確かにコイツはヤバいな…。」


響子「チコちゃんも、バンドのメンバーの事を大好きなのね。だから、こんな風に歌えるのかも。」


千世子「確かに会ったばっかのバンドの演奏で歌えって言われても、実力は出し切れないよね。」


零人「どんな環境でも実力を出せるのがプロだ。」


響子「この子は、まだ誰も知らないアマチュアよ。」


零人「こんなのがアマチュアに居るなら、オレらCCも、気は抜けないな。」


千世子「そこは貫くのね。」


響子「追い付かれないように、頑張ってこうね、ヒエチョコ(笑)」


零人「それ言っちゃダメ…。」


そして、福岡空港へと到着した5人。


琴羽「響子ちゃんに悪い事しちゃったなぁ…。」


壱馬「もう気にしなくて良いと思うぞ?」


菜々子「チコ腹減らん?ラーメン食って帰ろうや!」


琴羽「イイね!ナナちゃんの奢りなら行く!」


菜々子「くっそ可愛い…。チャーシューと煮卵もつけちゃいそうになるわ。」


春彦「オレはマック行って帰るわ。」


博記「なぁ、まひろ屋行って飲まん?」


春彦「ほんとオマエはブレんよな。」


壱馬「オレはジムに行くから無理だ。」


琴羽「仕方ないねぇ。ラーメン食べた後で良いなら、付き合っちゃる。」


博記「さっすがチコ!」


菜々子「ヒロにはラーメン奢らんけんな!」


博記「オマエに借り作るツモリは無ぇよ。」


そうワイワイ言いながら夜の福岡の街へと歩いて行く5人。

肝心のバンド活動をしていた心霊ライブの様子は、いずれまた…。

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