第24話『ヨミとヤミ⑧ 夜深』

それから2日が経った。

菜々子は、この日、退院する事になっているが、依然として夜深は意識を取り戻さないで、眠ったままだ。

骨折と打撲程度ではあるが、何故か意識が戻らない。


菜々子「…。」


セバス「菜々子お嬢様。」


菜々子「うん…。」


セバス「そんなに気に病まなくとも、夜深様は命に別状ありませんし、じきに意識を取り戻します。」


菜々子「本当に、どうかしてた…。」


セバス「チコ様も言っておられたように、これから、どう向き合っていくか、です。悔やんでも、何も変わりませぬ。」


菜々子「そやね…。」


菜々子は、そう言うと立ち上がって、夜深のベッドの横の椅子に移動し、腰かける。

そして、おもむろに、菜々子は、夜深の額に右手を当て、優しく撫でた。


夜深「ん…。」


菜々子「!!」


セバス「これは…。」


菜々子「タイミング良すぎやろ…。」


セバス「菜々子お嬢様は御存知ないかも知れませんが、夜深様は、傷…心の傷を癒す事もされておりまして。その際、両手で印を組んだ後、右手で優しく撫でる、という術も使われておりまして…。」


菜々子「…。」


セバス「それも、無意識に、菜々子お嬢様が体現されたのではないかと…。だから、夜深様が意識を取り戻せなかったのも、肉体的要因ではなく、精神的要因だったのではないでしょうか。」


夜深(目を開けて)「菜々子…。」


菜々子「…。」


夜深「ごめんなさい…。」


菜々子「違う…謝るのはアタイの方…。アンタを、ボコボコにして、それでも飽き足らず、息の根を止めようとしてた。しかも、無抵抗だったのに…。アタイの方こそ、ごめん。」


夜深「違うの。」


菜々子「何が違うん?アンタは、ヒロを磔にしてる動画を見せて、アタイを絶望させようとしてた…。」


夜深「だから…。」(ゆっくりと話している)


菜々子「?」


夜深「まず、母親として、在るべき姿では無かった。大切な、娘であるアナタを、道具以下の扱いをしてた…。ごめんなさい。」


菜々子「何を今さら…。アンタは、アタイに滅多打ちにされる直前まで、アタイを絶望させようとしてた…。」


夜深「そう、今さら。だから、今、私が何を言おうと、何を悔やもうと、時は、既に遅し。でもね、千歳屋さんに、言われたの。」


菜々子「チコに?」


夜深「えぇ。千歳屋さんは、私が気を失ってると思って、言ったんだと思うのだけど。」


菜々子「?」




夜深「キッパリと、『菜々子さんは、正しく、真っ直ぐ生きて居ます。』って言ったの。」




菜々子「!!」


夜深「私…恥ずかしながら、娘と同年代である千歳屋さんに言われてハッとしたの。私の正しさと、菜々子の正しさと、千歳屋さんの正しさは、必ずしも一致しない。でも、千歳屋さんは、菜々子の生き方を、正しいと言ってくれた。その肯定が、私の、今までの菜々子に対する仕打ちを、指摘しているように感じたの。」


菜々子「…。」


夜深「その言葉を受けた瞬間、私自身、色んな感情が津波のように押し寄せてきて…。今さらながら、自分自身に対する怒りや悲しみが溢れて…。」


セバス「夜深様…。」


夜深「もっと、アナタに、してあげられた事が、あったんじゃないかって…。」


夜深の頬を、一筋の涙が流れた。


夜深「私自身は、アナタを、立派なイタコに育てなければという使命感で、それだけで…。アナタの『今』を、ずっと奪ってた。アナタの友人にも言われたわ。『オマエの3年と、今のオレらの3年は違う。』って。」


菜々子「…。」(複雑な表情を浮かべて)


夜深「本当に、ごめんなさい。」


菜々子「…。」


夜深「そして、セバス…。」


セバス「はい。」


夜深「アナタにも、謝らなければ…。」


セバス「その必要はありません。私は、山神家に仕える執事。それだけです。」


夜深「セバス…。ありがとう…。」


セバス「勿体ないお言葉。差し出がましいとは思いますが、夜深様と、菜々子お嬢様にも、『その言葉』が、必要ではないかと。」


夜深「流石ね、セバス。確かに、アナタの言う通りだわ。菜々子、改めて言わせてもらえるかしら?」


菜々子「………。うん。」


夜深「有り難う。こんな私の娘になってくれて…。そして、こんな私の元でも、正しく、真っ直ぐ育ってくれて………ありがとう。」


菜々子「そんなん、アンタらしく無い。調子狂うわ。でも、アタイこそ、ありがとう。」


菜々子の頬を、一筋の涙が流れた。


セバス「…。」


夜深「私は、山神家の当主として、間違ってたわ。」


菜々子「だけんって、アタイに当主を押し付けんでね?アタイは、これからバンドするって、チコと約束したっちゃけん。」


夜深「アラアラ。アナタにまだ当主は任せられませんわ。」(微笑みながら)


菜々子「それでこそ、や。」


夜深「それでこそ?」




菜々子「それでこそ、アタイの、『お母さん』やなと思って。」




夜深「!!!」(涙が溢れる)


菜々子「セバス。」


セバス「ココに。」


そう言うと、セバスは、病室に備え付けの冷蔵庫の冷凍室から、チョコミントのアイスを取り出し、菜々子に渡した。


夜深「それ…。」


菜々子「骨折してて食べれんやろ?アタイが食べさせてあげる。」


菜々子は、チョコミントのアイスをスプーンですくって、夜深に差し出した。


夜深「…。」


夜深は、大人しく差し出されたアイスを口に含む。


夜深「美味しい…。」


更に大粒の涙が、夜深の頬を伝った。


夜深「こんなに美味しいチョコミントのアイス、初めて…。美味しすぎて涙が出ちゃう。」


セバス「菜々子お嬢様の気持ちがこもったアイスで御座います。」


夜深「どおりで、美味しいハズね…。気持ちのこもったものが、こんなに美味しいなんて…。」


夜深は、流れる涙を拭おうともせず、ただ、菜々子のチョコミントを笑顔で噛みしめていた。


菜々子「これから、やけん。」


夜深「これから?」


菜々子「これから、こっから、アタイと、お母さんと、セバス。始まりやけん。」


セバス「えぇ、チコ様にも感謝ですな。」


夜深「千歳屋さんが訪問してくれなければ、私達は、あのまま、大正時代のまま、変わる事は出来なかったでしょう。」


菜々子「お母さん。」


夜深「?」


菜々子「チコって呼んであげて。」


夜深「そう言えばあのコも、そう言ってたわね。しかし…千歳屋って…。」


菜々子「まぁ、イイやん。チコもチコやし。」


セバス「菜々子お嬢様は、今日、退院です。」


夜深「私も、じきに退院出来るわ。」


菜々子「本当に、骨折までさせて、ごめ…。」


夜深(遮って)「菜々子。」


菜々子「ん?」


夜深「その言葉は、言わなくて良いの。」


菜々子「うん。ありがとう。」


夜深「私が退院するまでの間、セバスと一緒に屋敷の事をお願いするわね。」


セバス「承知いたしました。」


そして、意識を取り戻した夜深も、医者が駆けつけてきて、処置がされた。

幸い、夜深の骨折は、足には及んでいないため、車椅子生活は送らなくて済みそうである。

ただ、暫くは不便な生活が続くだろう。

当然ながら、菜々子の謹慎は解除、そして、バンド活動も正式に認められた。


一番の進展は、山神 夜深の心を動かした事だろう。

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