第22話『ヨミとヤミ⑥ ラスボス』
頭から畳に叩きつけられた夜深は、気を失っているようだ。
流石に百戦錬磨のイタコでも、脳を揺さぶられては耐えられなかったようだ。
その夜深に向かって木刀を垂直に構え、跳躍した菜々子。
倒れている夜深の胸部に向かって降下している。
琴羽「ナナちゃんダメっ!!」
琴羽がそう言った瞬間、菜々子の木刀は、夜深の胸部ではなく、見当違いの場所に突き立てられた。
菜々子「チコ…邪魔せんで…。」
菜々子は肩で息をしながら、恨めしそうに琴羽を見た。
凪兎「邪魔…?」
琴羽「ナナちゃん…違うやろ?今、ナナちゃんは暴走してるんよ。今まで抑圧されてきたものがバクハツして、歯止めがきかなくなってるの。今まで、夜深さんに厳しく育てられて、でも、逆らう事もせずに、諦めて…。体寄せも、出来るなんて認めたくなくて逃げてた。でも、こうして、キッカケが与えられて、ナナちゃんも体寄せが出来て、夜深さんと対等に渡り合えるって事が分かって、その、抑え込まれてきた感情がバクハツしてるの。」
菜々子「コイツ倒せば、バンド認めてもらえるけん。」
菜々子は、聞く気がないのか、木刀の先を夜深に向けて言った。
琴羽「でも、今、夜深さんは気を失ってる。そんな相手に対してトドメを刺そうとするのは、アンフェアじゃない?あのまま、ナナちゃんが攻撃していれば、いくら木刀とは言え、取り返しのつかない事になってた。」
菜々子「最初からコイツが、取り返しのつかん事をしてたやろ。」
そう言う菜々子の目は、うつろだ。
琴羽「ナナちゃん…。」
イツの間にか、覚醒した夜深は静かに両手で印を組んでいる。
ソレに気づかないまま、話しを続ける琴羽と菜々子。
菜々子「チコにナギ。本当に来てくれて、アタイにキッカケを与えてくれて、感謝しとるよ。お陰でアタイは、コイツと面と向き合う事が出来た。」
琴羽「違う…。それは向き合ってるとは言わない…。少し前までのナナちゃんの方が、ちゃんと夜深さんと向き合おうとしてたと思う。今のナナちゃんは、夜深さんと同じ、チカラで支配しようとしてるだけに見える。」
菜々子「言っても分からんけん、実力行使しか無いやろ。」
夜深「…。」
そう話していると、印を組んでいる夜深が小さく何かを呟いた。
琴羽「ッ!!ナナちゃん!!!避け…。」
菜々子「!!」
次の瞬間、気絶したと思われていた夜深が、ブリッジするかの如く体をハネ上げ、菜々子のアゴに強烈なアッパーカットを放った。
アゴに強烈な一撃を喰らい、さきほどの夜深と同じく脳を揺さぶられた菜々子は、白目を剥いて昏倒した。
そのまま倒れかかった菜々子の体を、薙ぎ払うように蹴り飛ばした夜深。
夜深「サスガに、私も危なかったですわ…。」
菜々子は壁に叩きつけられ、そのまま床に崩れ落ちた。
一方の夜深も、当然ながら無事ではないようで、ゼェゼェと呼吸が荒い。
琴羽「ナナちゃん!!」
凪兎「オイオイ…。コイツぁ…もう親子ゲンカとかのレベルじゃねぇ…。」
夜深「大したモノですわ。今の今まで、体寄せしっぱなしで動いてるなんて。ですが、こういう芸当はまだ出来ないでしょう?体寄せと、除霊のコンボ技…。」
夜深は、無理やり余裕の表情を作り、菜々子を嘲るように見ている。
琴羽「じゃぁ、アナタは、今、体寄せを行ってる状態で、ナナちゃんが降ろしてる霊を取り除いた…と。」
凪兎「チコ、冷静に分析しとる場合じゃ…。」
夜深「えぇ。あんな危ない硬ぁいモノを振り回されちゃあ、怖くてピエンですわ。」
夜深は、両手を目元にもっていき、泣きマネをした。
菜々子「ぐっ…。ゲホッ…。」
菜々子は壁に身を預け、ヨロヨロと立ち上がった。
視界が定まっていないのか、見当違いの方を睨んでいる。
夜深「解除。」
夜深が再び両手で印を組むと、夜深の体寄せが解除された。
菜々子「チコ…。さっきチコが邪魔しなければ、決着ついてたんや。」
夜深「では、精神的にもトドメを刺すとしましょうか。」
そう言うと、夜深は懐からタブレットのような端末を取り出した。
夜深「コレをご覧なさい。」
そう言うと、夜深は、その端末を菜々子に向かって放り投げた。
凪兎「あんなモノ懐に入れてて、あんだけ攻撃受けてヒビ一つ入ってない…。」
琴羽「またソコに驚いてるの?」
少し呆れ顔の琴羽。
菜々子「なんや…?」
菜々子は、その端末を手に取り、映し出されている映像を見た。
菜々子「ッ!!!」
夜深「さぁ、絶望を味わいなさい。」
次の瞬間、菜々子は、鬼のような形相に変わり、端末を投げ捨て、弾かれたように夜深に飛びかかった。
一瞬で夜深の目の前に移動した菜々子は、イツの間にか拾っていた木刀で夜深の体を薙ぎ払った。
夜深「!!!」
予想外の反応に、防御できなかった夜深はフッ飛ばされてしまう。
琴羽「なっ…。体寄せもしていないのに、あの動き…。一体何を見せられたの?」
凪兎「しかも、途中で木刀拾ってあの速度だ…。」
セバス「ここに。」
いつの間にか、セバスがその端末を持っている。
凪兎「こりゃあ…。」
その端末には、血だらけで磔にされている博記が映し出されていた。
映像だと分かるのは、わずかに博記が呼吸しているのが見えるからだ。
菜々子「オマエ…。ソコまでヤるんは最低のニンゲンやぞ。」
物凄い形相で夜深を睨み、再び夜深に飛びかかる菜々子。
琴羽「ナナちゃんヤメ…。」
菜々子「聞こえんッ!!!」
そして木刀による連撃を叩き込む菜々子。
夜深は、為す術もなく、されるがまま攻撃を受け続けている。
夜深の全身に何度も何度も叩き込まれる木刀。
凪兎「どおりで家にも居ないハズや…。」
そのまま、夜深の体に木刀を叩きつけ続ける菜々子。
琴羽「セバス止めて!!」
セバス「御意。」
セバスは、素早く移動し、菜々子の攻撃の隙をぬって、菜々子の両腕を封じた。
菜々子「邪魔すんなセバス!!」
凪兎「つかマジであの動き凄いんやが…。」
凪兎はセバスを羨望の眼差しで見ている。
セバス「菜々子お嬢様。既に相手は意識がありません。」
菜々子「ヒロも同じメに合わせたやろうが!」
菜々子は、セバスの拘束を解こうと必死に暴れている。
琴羽「目には目を、じゃ、報復の連鎖しか呼ばない。それに、夜深さんはもう動けない。たぶんマトモに立つ事すら出来ない…。」
菜々子「うっさいんじゃ!!」
菜々子は、何とかセバスを振りほどき、倒れて動かない夜深の首を片手で持ち上げた。
琴羽「セバス!!」
セバス「菜々子お嬢様!」
セバスが動こうとするが、菜々子の突き刺すような視線に、一瞬、出遅れてしまう。
菜々子「邪魔すんなって言いよろうが。」
そう言うと、菜々子は夜深の体を上に放り投げ、木刀を垂直に構えて夜深の胴体を受け止めた。
真剣ではないので、貫通こそしないものの…木刀の剣先が、夜深の全体重を受け止めた。
そのまま菜々子は木刀を振って、夜深の体を壁に叩きつける。
菜々子「絶対に息の根を止めてやる。」
再び菜々子が夜深に向かって突進しようとしたが、動かない夜深の前に、凪兎が立ちはだかった。
菜々子「ナギ…。どいて。」
凪兎「もうヤメとけナナ。オマエの母ちゃんは、あの映像を見せてオマエが絶望すると思ってたんやろな。」
凪兎は、諭すように言う。
琴羽「怒りで逆上して我を忘れるとは思いもしなかった。」
菜々子の動きが止まったのを確認して、琴羽は菜々子の手から木刀を離させる。
菜々子「絶対に…許せん…。」(涙を流しながら)
涙を流しながら呟く菜々子。
持っていた木刀をセバスに渡す琴羽。
琴羽「ナナちゃん…。」
セバス「菜々子お嬢様。勝負はつきました。」
琴羽(菜々子を抱きしめて)「もう大丈夫。ヒロも、生きてるけん。もう大丈夫よ。」
琴羽は、菜々子を包み込むように抱きしめた。
菜々子「…。」
菜々子は、琴羽に抱きしめられたまま、涙を流しながら気を失った。
そのまま、琴羽は優しく菜々子を横たえる。
琴羽「ナギ、ヒロの様子を見てきてくれる?セバス、案内をお願い。」
セバス「承知しました。恐らく、屋敷の奥の方にある仕置き部屋だと思われます。」
凪兎「もうフツーにセバスって呼ぶのな。しかしチコは一人で大丈夫なのかよ?」
琴羽「えぇ。さっきは不意を突かれたけど、夜深さんも、暫くは目を覚ませないと思う。ナナちゃんも、私が見ておく。」
凪兎「頼んだ。じゃぁ、ウチのエロバカの元に案内してくれ。」
そして2人は道場を出て行った。
琴羽「…。」
琴羽は、夜深が倒れている付近をジッと見つめている。
そこには、ボンヤリとではあるが、人のようなカタチをしたモノが見える。
琴羽「お出まし、ね。ラスボス。」
それは、徐々にカタチをハッキリとさせ、琴羽よりも少し大きいニンゲンのサイズになり、頭にはツノ、尻には尾が付いている。
琴羽「初めまして。八巳さん。神様なら、八巳様、かしら?」
八巳『誰が小林幸子や。』
琴羽「今そこツッコむんや…。」
神でもラスボスの事はご存知だったようだ。
八巳『自由にしてくれて、まずは礼を言う。』
琴羽「霊だけに?」
八巳『いや霊じゃなくて神様な。なにこの流れ…。』
八巳は困惑した表情を浮かべている。
琴羽「単刀直入にお願いします。成仏してくれませんか?」
八巳『だから霊じゃないと言っておる。別に人間には恨みなど無いし、そこの山神家の当主が、私のチカラの恩恵を受ける代わりに、宿らせてもらっているだけだ。』
琴羽「でも、八巳様にはなにもメリットが無いのに。」
八巳『昔からの流れのようなものでな。』
琴羽「何か代々、八巳様を体に宿して受け継がなければならない、という流れになっているようですが。」
八巳『別にそれも私が強制したワケではない。』
八巳は、ため息をつき、ヤレヤレといった動作をする。
琴羽「時代と共に話がコジれたってワケか。」
八巳『なかなか、ニンゲンの中に宿るというのも、ラクではあったのだが…。』
倒れている菜々子を見ながら呟く八巳。
琴羽「このコに宿ると、苦労しますよ。」
八巳『そのようだな。』
琴羽「では、成仏していただけますか?」
八巳『だから霊ではないと。良いだろう。山神家当主の体からは、出ていこう。』
琴羽「ありがとうございます。」
夜深「まっ…まって………。」
意識を取り戻した夜深は、かろうじて顔を持ち上げて言った。
琴羽「夜深さん。もうハナシはつきました。」
夜深「ダ…ダメ…。」
琴羽は、夜深の方に歩いて行き、しゃがんで夜深の顔を見据えた。
琴羽「恩恵は、無くなります。でも、恩恵なんか受けなくても、ちゃんとチカラを体現している、次期当主も居るじゃないですか。」
気を失っている菜々子を見る琴羽。
夜深「わ…私が………。」
琴羽「ワガママ言っちゃ、メッ!ですよ。」
そう言うと、琴羽はグーでコツンと夜深のオデコを突いた。
八巳『では、さらば、だな。』
琴羽「ナナちゃんで良ければ、またイツでも帰ってきてくださいね。」
八巳『考えておく。』
そう言うと、八巳の姿がユラめいて消えた。
夜深は、再び気を失ってしまったようだ。
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