第20話『ヨミとヤミ④ 刀剣憑依』
夜深と向き合う菜々子。
菜々子は、人魂状態のピーチを右手で掴んだ。
凪兎「ソレ掴めるのか?」
琴羽「ソレじゃない、ピーちゃんよ。」
ピーチ「ウチはピーチや!その名で呼んで良いのは、相棒だけ!!」
菜々子「いくよ?ピーちゃん。」
ピーチ「チョベリグ!相棒!!」
それを合図に、菜々子は、ピーチを自分の胸に押し込んだ。
次の瞬間、菜々子の体が、遠目に見ても分かる程、大きく痙攣し、そして…。
菜々子『ウチが本気になったからには、タダじゃ済まないよ?アンタ。』
ギャル正宗の切っ先を夜深に向けるピーチを宿した菜々子。
夜深「ソレでは、ただの乗っ取り。憑依とは言えませんわ。体を好き放題されて、情けないと思わないの?」
菜々子「あ、アタイも一応、出て来れるけん。」
夜深「…。」
流石の夜深も、これには二の句が継げなくなっている。
凪兎「うわメンドくせぇ…。コレ、一人称の違いとか、話してる雰囲気で、ナナかピーチか聞き分けろって事かよ。」
琴羽「読者には、もっと分かりやすく、カッコで違いをつけてるから大丈夫。」
凪兎「チコ…。」
そして菜々子は、ギャル正宗を持っている右手の上に、左手を重ねた。
菜々子『アンタ、ウチに丸腰で挑むツモリ?』
夜深「そうですわね…硬ぁいバナナは、先ほど食べてしまいましたし…。セバス、太くて長いアレを。」
凪兎「イチイチ発言が思わせぶりなんだよなぁ…。」
凪兎は、ココに博記が居なかった事を、心から良かったと思っている。
セバス「ココに。」
そう言って、セバスが夜深に渡したのは、チュロスだった。
菜々子『ちょっ…えぇっ!?』
菜々子は、あまりにも予想外のモノの登場に、動揺を隠しきれない。
夜深「あいにく…これ以下の刃物は持ちあわせていないのだ。」
琴羽「ちっきしょう…。鷹の目の名台詞を…。」
凪兎「いや刃物ですら無いんやが…。」
菜々子『チョベリバ…。』
夜深「早くかかって来ないと、食・べ・ちゃ・う・ゾ☆」
そう言うと、夜深はウィンクしながらチュロスをカジった。
凪兎「いやマジでココにアイツが居なくて良かったわ。」
菜々子『刀剣憑依!!鈴木権三郎!!』
琴羽「いや誰?」
菜々子が持つギャル正宗が、青い光を帯び始めた。
凪兎「コレが、刀に霊を降ろすというヤツか…?」
菜々子『あんまナメてっと、ウチが履いてるローファーのカカトみたいに潰すんで、ヨロシクゥ。』
そう言うと、菜々子は夜深に向かって跳躍し、大きく刀を振りかぶって、叩きつけるように振り下ろした。
菜々子『チョミラスパベリグ斬り!!』
夜深「技名が長いですわ。」
そう言うと、夜深はチュロスを横に構え、先ほどと同様、ギャル正宗を受け止めた。
夜深「あらあら、先程と、何が変わったのかしら?」
次の瞬間、菜々子はギャル正宗を持ち替え、横に一閃した。
サスガの夜深も、慌てて体を仰け反らせて避けた。
菜々子『本気度が違う。ウチは全力でアンタを殺すツモリでいく!!』
夜深「…。」
夜深は、菜々子(ピーチ)の覚悟の度合いを見定めているようだ。
琴羽「ピーちゃん、そんな言葉使っちゃメッ!よ。」
菜々子『子ども扱いすんな。』
琴羽「子供だったら、猶更使っちゃダメよ。言葉は発した時点でチカラを持つけん。」
菜々子『ウチの覚悟を言葉にして何がチョベリバなの?』
琴羽「責任を、持って、言葉を、発しなさい、って言ってるの。大人なら尚更ね。」
琴羽は、一言ずつ、ジックリと、噛みしめるように言った。
菜々子『はぁ?意味わかんなぁい。』
菜々子はギャル正宗を横に構えた。
琴羽「そもそも普通に技に入ったけど、刀剣憑依って何なのか説明が無いと、色んな人が困るやろ?」
菜々子「ソレは、アタイの体を乗っ取ったピーちゃんが、ギャル正宗に霊を降ろす事なん。その霊の特性を活かした攻撃が出来るようになる。例えば、足が速かったり、動きが素早かったりする霊を降ろせば剣の速度が上がる、みたいな。」
夜深「よくもまぁ、そんな小学生が考えたような設定を…。」
夜深は、心底呆れたというようなタメ息をついた。
菜々子「しょうがないやん。だってアタイの体は既にピーちゃんが乗っ取ってるワケやし、更にソコに霊を降ろしたらもうワケ分からんくなるやん?アタイの体がシェアハウス状態やん?そしたらもうギャル正宗しかないやん。」
菜々子の言葉を受け、眼光を鋭くする夜深。
夜深「しょうがない…?そもそも、アナタが真面目に修行をしていれば…。多少なりとも、その稚拙な設定でも、ある程度は使いこなせたハズ。」
琴羽「それでその、スズキ…なんちゃらって…。」
菜々子『その辺を浮遊してたオジサンの霊。』
琴羽「………。」
菜々子『だって…。』
菜々子はニヤリと笑った。
菜々子『そのオバサンなら、その辺の霊で倒せるんだっちゅーの。』
菜々子は前屈みになって両腕で胸を寄せ、胸の谷間を強調するポーズをとる。
平成の初期に流行したネタである。
夜深「私を煽ろうとしてもムダですのよ。それに、いくら刀に強い霊を憑依させた所で、ソレは刀の性能が上がったに過ぎない。ツマリ、使う方の性能が変わらない以上、宝の持ち腐れですわね。」
菜々子『チョベリバ。それ、ウチがショボいって言いたいんか?』
夜深「ご名答。思ったより、頭は良さそうですわね。そして、アナタに谷間は存在しない。」
夜深は、バカにしたようにクスリと笑う。
菜々子『こんの…オバタリアンがぁ!!』
菜々子はギャル正宗を横に構えたまま、夜深に突進した。
琴羽「うわ、逆に煽られて見事に乗っちゃったなぁ…。」
菜々子がそのままギャル正宗を振りぬく、が、当然夜深を捉えられるハズもなく、虚しく空を切る。
夜深は体勢を低くして避け、そのまま持っていたチュロスで菜々子の腹部を真っ直ぐ突いた。
菜々子『ガッ………ッグ…。』
菜々子はフッ飛ばされはしなかったものの、その場に崩れ落ちてしまう。
夜深は立ち上がり、冷たく菜々子を見下ろす。
夜深「さて、口寄せ、体寄せについては説明いたしましたが、皆様、除霊という言葉もご存知ですわね?」
琴羽「人や物に取り憑いたとされる霊を、取り除く事…。」
夜深「当然、我々山神家の一族も、出来ますことよ。」
凪兎「それってまさか…。」
一同は、夜深が何をしようとしているのか、想像出来たようだ。
菜々子「絶対に…させん…ッ!!アタイがピーちゃんを守る!!」
夜深「体を乗っ取られる事しか出来ないクセに、何を絵空事を…。それに、このチュロスの一突きで、ろくに動く事も出来ない…。何度も言いますが、真面目に修行さえしていれば、あるいは私に一矢報いる事くらいは、出来たかも知れませんわね。」
凪兎「待ってくれよ!ソイツは何も悪さしてねぇじゃ…。」
凪兎も、慌ててフォローする。
夜深「私の『大事な』娘の体を乗っ取り、好き放題しているじゃありませんか。」
相変わらず余裕の表情を浮かべる夜深。
琴羽「ちょっと待ってください。」
夜深「しかも、聞くところによると、菜々子とその霊が探している相手は、音速を超える剣術の持ち主。到底、アナタ達で勝てるとは思えません。私なら、可能かも知れませんが。」
菜々子は、ガクガクと体を震わせながらも、なんとか立ち上がった。
菜々子「死んでもアンタには頼らん!!」
菜々子がそう叫ぶと、ピーチは菜々子の体を離れ、人魂に戻った。
ピーチ「なっ…。」
菜々子「ピーちゃん、ちょっとチコの傍に避難してて。」
ピーチ「ムリやって!」
琴羽「おいで、ピーちゃん。相棒のお願いは聞くことよ。私がピーちゃん守っててあげるけん。」
そう言うと、琴羽はピーチを手繰り寄せた。
夜深「アナタ、どういうツモリかしら?私はまだ体寄せしていないのに、傷一つついていませんの。そしてアナタはどう?」
菜々子「うっさいんじゃ。アタイは認めたくなかったんや。バンドを認めてくれんアンタの娘で、イタコの末裔やって。」
夜深「認める、認めない以前の問題ですわ。」
菜々子は、右手でギャル正宗を持ち、左手は膝に置いて上半身を支え、肩で息をしている。
菜々子「人のハナシは最後まで聞け。」
琴羽「ナナちゃんまさか…。」
菜々子「アタイにも、体寄せとやらが、出来るって、認めたくなかった。だから、修行をしてないフリをしてた。」
菜々子は、夜深を睨みつけながら、淡々と喋っている。
夜深「有り得ない。口寄せは、八巳のチカラを宿した当主が受けられる恩恵。更に、体寄せは、私が修行を積んで独自に体得した術。もし仮に、アナタに体寄せが出来たとして、アナタ自身の身体能力がゴミ同然。その辺の動物霊でも降ろすのが精いっぱいなのでは?」
菜々子「アタイの体がどうなろうが構わん!」
そう言うと、菜々子はギャル正宗を鞘に納め、琴羽に差し出した。
琴羽「ナナちゃん?」
琴羽がギャル正宗を受け取ると同時に、菜々子はセバスに右手を差し出す。
菜々子「セバス。」
セバス「ここに。」
セバスは、いつの間にか用意していた木刀を、菜々子の手に渡す。
夜深「何のマネですの?」
菜々子「アンタはギャル正宗で、プライドも何もかもズタズタに切り裂いてやろうと思ってたけど、気が変わった。」
夜深「出来るかは、また別問題です。」
夜深は、ヤレヤレといった様子で、肩をすくめた。
菜々子「コイツでボコボコにしちゃる。で、八巳を封印する。」
夜深に対して、木刀を真っ直ぐ構える菜々子。
琴羽「ちょっと待って。」
菜々子「なん?」
琴羽「夜深さんのハナシでは、山神家の当主は、八巳を体に宿す事で、神がかり的なチカラを得たって言ってた。口寄せ、体寄せ、除霊も、そうですよね?」
夜深「先程も言いましたが、体寄せは、私が独自に体得した術ではありますの。もともとは、八巳のチカラの派生のようなモノですし。除霊程度であれば、八巳を宿さずとも、修行次第では可能ですわ。」
琴羽「その体寄せを、八巳を宿していないナナちゃんが体現出来る、というのは…?」
夜深「!!」
ココで初めて、夜深の表情が変わった。
凪兎「動揺したな。」
夜深「そんなハズがありません。菜々子ごときに、体寄せが…。」
それまでニコニコと余裕の表情を浮かべていた夜深の顔に、少しではあるが、動揺が見てとれる。
琴羽「アナタは、素晴らしい術者だと思います。頭も良いし、機転もきく。」
夜深「だからこそ、ムンムン熟女系イタコで通っておりますの。」
琴羽「たった一つの盲点、コレが致命的ですが…。我が娘をバカにしていた事。菜々子には出来るワケが無い。菜々子が真面目に修行しているワケが無い。菜々子ごときが、次の山神家当主であって良いワケが無い。それこそが、盲点にして、アナタの欠点。」
夜深「…。」
夜深は無言のまま、手に持っていたチュロスを食べきった。
そして、指についていた砂糖を落とし、両手で不思議な印を組んだ。
フラフラと揺れ動く戦いの行く末や如何に!?
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