第19話『ヨミとヤミ③ 体寄せ』
道場とやらに移動を開始した一同。
長く伸びた、フローリングの廊下を進んでいると…。
菜々子「母上様。」
夜深「なにかしら?」
菜々子「アタイ、お花摘みに行ってくるけん、先に道場に行ってて。」
夜深「……良いでしょう。」
そして、無言のまま、セバスを先頭に、道場と表示のある部屋へと足を踏み入れる。
そこは、広い畳貼りの部屋で、他に物は置かれていない。
夜深「ココは、菜々子の修行にも使っている部屋ですの。」
凪兎「修行という名の虐待だろ。」
吐き捨てるように言う凪兎。
琴羽「ナギ。ちょっとオクチが悪いんやない?ヒロにでも影響された?」
琴羽は、イジワルな笑みを浮かべて、凪兎に注意した。
凪兎「あんなエロと酒の事しか考えてないヤツと一緒にすんな。」
琴羽「じゃぁ、敬意くらい払おっか。この人は、ナナちゃんの母親なんやけん。」
凪兎「………。」
琴羽の、もっともな指摘に、返す言葉がないようだ。
夜深「あら、嬉しい事言ってくれるじゃないの。」
琴羽「修行で使用するのは分かりますが、それにしても広すぎませんか?それに、キレイすぎる気が…。」
夜深「我々の家系は、危険な術を扱うため、その訓練に耐え得るように、この部屋のみならず、この屋敷全体が、多少頑丈に造られておりますの。そして、セバスが、完璧にメンテナンスしてくれておりますの。」
琴羽「多少…ねぇ…。」
キレイながらも、所々に染みのようなモノを見つけて、意味ありげに呟く琴羽。
夜深「セバァアァァァス!!!!」
セバス「すぐ傍におります。」
この夜深の絶叫にはもう慣れっこなのであろうセバスは、平然としている。
凪兎「なんかあの執事に恨みでもあるんか…。」
夜深「お客様に、我々の事を知ってもらいましょう。」
セバス「御意。」
そう言うと、セバスは来ているシャツを脱ぎ、上半身裸になった。
凪兎馬「なっ…。アンタその傷…。」
セバスの上半身には、至る所に傷跡やアザが見て取れる。
それ以上に目を引いたのは、細身に見えつつも、シッカリと程よく筋力がつき、締まっている印象の体だ。
凪兎「ウチの稽古場の師範よりもシッカリした上半身だな…。」
凪兎は凪兎で、稽古場とやらで、体を鍛えているようで、(終夜はもっぱらジム通いであるが)感心したようにセバスを見ている。
夜深「体寄せを行います。つまり、口寄せの、私バージョンですの。」
琴羽「例の、口寄せする霊の身体能力まで移すという…。」
夜深「これより、天手力男神を体寄せします。」
凪兎「アメノ………?」
琴羽「アメノタヂカラヲ。天岩戸に閉じこもったアマテラスを外の世界に引きずり出したと言われているわ。要するに、力持ちの象徴ね。」
夜深「御名答。少々お待ちください、ですの。」
そう言うと、夜深は目を閉じ、両手で不思議な印を組み、何やらブツブツと唱え始めた。
琴羽「このタイミングで倒せば…。」
ニヤリと、悪い表情を浮かべる琴羽。
凪兎「おいチコ…ソレはご法度や!仮面ライダーが変身ポーズ取ってる時に攻撃するくらい、非道な事やぞ!」
そして少しの時間が経ち、夜深は立ち上がった。
夜深『どすこい!!』
凪兎「絶対に違うの降ろしたやろ…。」
夜深『アメノパンチ!!』
琴羽「えっそれ技名?」
言うが早いか、夜深が大きく右腕を振りかぶり、セバスに向かって振りぬいた。
ズドン!という音が聞こえた時には既にセバスの体は後方に吹っ飛んでいて、畳の床に叩きつけられ、更にバウンドして壁に叩きつけられた。
次の瞬間には、夜深はセバスの真横に移動し、左手でセバスの首を持ち上げた。
凪兎「オイ!!オマエその執事を殺すツモリかよ!!!」
夜深『アメノキック!!』
夜深がセバスの首を掴んでいた左手を放すのと同時に、右足でセバスの脇腹を蹴りぬいた。
再びフッ飛ばされたセバスの体は、真逆の壁に激突し、そのまま畳の床に崩れ落ちた。
琴羽「なんてこと…。」
そして、次の瞬間には、夜深の体が痙攣したように震えた。
夜深「解除…。このように、私は霊の身体能力も体現できますの。」
凪兎「オイ!アンタ大丈夫か!!」
慌ててセバスに駆け寄る凪兎。
夜深「心配ございません。セバスは、我が山神家に仕えるサンドバ…優秀な執事なので、これくらいの事では…。」
琴羽「今、絶対にサンドバッグって言おうとしたよね。」
凪兎に抱き起されたセバスが目を開けた。
セバス「大丈夫でございます。」
凪兎「アンタ何でソコまでして…。」
セバス「山神家に忠誠を誓った身ですので。」
セバスは、少し顔をユガめながらも、立ち上がる。
夜深「今、見ていただいたように、私に勝つ事は不可能ですの。ソレでも、挑んでいらっしゃいます?」
夜深は、全く息も乱さず、相変わらずニコニコ笑っている。
琴羽「破綻してる。アナタがその条件を出してきたんでしょ?そして…。」
夜深「何ですの?」
琴羽「わざわざ、その執事が脱ぐ必要は無かった。」
夜深「目の保養ですわ。」
凪兎「誰のだよ。」
夜深「私の。」
またもや、手を口元に持っていき、クスクス笑う夜深。
凪兎「…。」
夜深「どうなさいます?今ならまだ棄権しても構いませんのよ?」
凪兎「だから、ワザワザそのチカラを見せつけた。執事をサンドバッグにしてまで。」
セバス「慣れておりますので。」
そう言うセバスの体には、新たに痣が出来ていた。
琴羽「なるほど…。ココは、色んな意味で大正から時が止まってしまったかのようなハラスメントが横行しているようね。」
夜深「どうするのか聞いておりますの。」
菜々子「アンタはアタイが倒す!」
いつの間にか菜々子が道場入り口に立っている。
手には、ギャル正宗を携えて。
凪兎「あ、その設定まだ生きてたんや。」
菜々子「当たり前や!いつかギャル正宗編をやるんじゃい!」
凪兎「だいぶ長いけん、ウンコしてるんかと思ってたけど、ソレ取りに行ってたんやな。」
菜々子「アタイはアイドルやけんウンコはせん!!」
夜深「それは例の真剣のようだけど…。菜々子…アナタ、それは木製のオモチャとは違うのよ?」
凪兎「オモチャ言ってるし…。」
セバス「菜々子お嬢様…。」
セバスは、心配そうに菜々子を見ている。
菜々子「イイ加減、セバスをサンドバッグにするのも見てられん。」
凪兎「でもよ、あの攻撃受けてアザで済んでるあの執事こそ最強なんじゃねぇの?」
夜深「あらあらボウヤ。『手加減』という言葉を、ご存知かしら?」
相変わらずの余裕の表情の夜深。
菜々子「アタイが、ギャル正宗を持つようになって、何もせんでボケッとしとったとでも?ね?ピーちゃん。」
菜々子がギャル正宗にそう声をかけると、ギャル正宗の鍔付近に、人魂と化したピーチが現れた。
琴羽「あらピーちゃん。お久しぶりね。少し大きくなったかしら?」
琴羽は、少し身を屈めて、ピーチに笑顔を向けた。
ピーチ「アンタまでウチの事をピーちゃん呼ばわりしないで。」
琴羽「チコちゃんって呼んでってば。0.1ミリくらい大きくなったみたいよ。」
菜々子「アタイも修行して、霊を体に宿す方法を覚えたん。」
凪兎「マジかオイ…。」
菜々子「まず、ピーちゃんが、アタイの体を乗っ取って、その状態で、ピーちゃんがギャル正宗に色んな霊を呼んで降ろす事が出来るようになったん。」
琴羽「『乗っ取って』って言ってるけど…?」
凪兎「スゲェのはナナじゃなくてその人魂じゃねぇか。結局ナナは体を乗っ取られてるだけじゃん。」
菜々子「うっせぇわ!ナギからこの刀のサビにしてやろうか?」
ギャル正宗の柄に手をかけながらニヤリと笑う菜々子。
夜深「良いでしょう。菜々子。かかってきなさい。」
夜深は両手を広げて、不敵な笑みを浮かべた。
菜々子「???」
菜々子は、あまりにも無防備な夜深の姿勢に疑問を覚えた。
夜深「アナタごとき、体寄せをするまでもありませんわ。」
菜々子「それって…。」
夜深「えぇ。全身全霊でアナタをバカにしておりますのよ。」
心から見下したような笑みを浮かべる夜深に対して…。
菜々子「上等や。」
菜々子はギャル正宗を鞘から引き抜いた。
凪兎「落ち着けナナ。それ、真剣やぞ。」
夜深「私は、コレを使うとしましょうか。サスガに、生身相手では、真剣は使いにくいでしょう?」
そう言うと、夜深はポケットからバナナを取り出した。
凪兎「何でそんなモンが…。しかも、あんだけ動いて潰れてねぇ…。」
琴羽「ソコに驚くの?」
菜々子「食べやすいように、輪切りにしちゃるけん!」
言うや否や、菜々子は刀を下に構え、夜深に向かって突進した。
凪兎「あの状態は…。」
琴羽「えぇ、まだピーちゃんは体に入ってないみたいね。」
夜深「少しは修行の成果はあるようですわね。その体さばき、なかなかですわ。」
そう言うと、夜深はバナナの皮をむいて一口カジった。
菜々子「バカにするのも大概にしとけや!」
そう言って、菜々子が下から刀を振り上げた。
次の瞬間、ガギッ!という、何とも耳障りな金属音が響き、ギャル正宗を、夜深が持っているバナナが受け止めていた。
菜々子「なっ…。」
夜深「されど、半人前にもなりきれていない、四分の一人前。身の程を知りなさい。そして、その程度の実力で、私に無礼を働いた事、死ぬまで後悔させてあげる。」
そのまま夜深はバナナを振りぬいた。
菜々子はギャル正宗ごと弾き飛ばされ、道場の壁に激突した。
菜々子「ぐっ…ぁ………。」
菜々子の手を離れたギャル正宗は、クルクルと宙を舞い、道場の床に突き刺さった。
夜深「真面目に修行もしないで…。言う事だけは一人前になり…。」
夜深はギャル正宗を掴み、床から引き抜く。
夜深「ドコで何を勘違いしたのか、私に刃向かい…。」
そしてギャル正宗を、菜々子の方に目がけて真っ直ぐに投げ放った。
夜深「その自信を、ヘシ折られた気分はどう?」
ギャル正宗は、菜々子の顔のすぐ傍の壁に突き刺さる。
菜々子「………。」
琴羽「…。」
夜深「では、3年の修行に入るとしましょうか。菜々子。」
菜々子「まだ…勝負は…ついとらん…ッ!」
菜々子はヨロヨロと立ち上がり、ギャル正宗を壁から引き抜いた。
菜々子「ピーちゃんゴメン。この戦いに勝ったら、アタイ、もっとちゃんと体を鍛えるけん。だけん、チカラ貸して。」
ピーチ「分かった。そしたら、ウチをこんな姿にしたアイツを絶対に倒してね。」
菜々子「約束や。」
夜深「良いでしょう。」
夜深は、持っていたバナナを全てクチに放り込み、皮はセバスが回収した。
こうして、夜深との戦いが幕を開けた。
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