第18話『ヨミとヤミ② 八巳』
イツの間にか、室内に、40代後半と思われる、身なりが整った、白髪の細身の男性が居て、先ほど、夜深が割った花瓶を掃除している。
夜深「でも、その前に少し話をしましょうか。」
凪兎「ハナシ?」
夜深「私たち、山神家にまつわる、オ・ハ・ナ・シ。」
イタズラっぽくウインクする夜深。
凪兎「ソレが、オレ達に何の関係が?」
夜深「あれれ?コレやると、大抵の男はオチるんだけどな…。」
夜深はコメカミに指を当て、首を傾げながら言う。
表情や仕草が、イチイチあざとい。
琴羽「ソレが、私たちに何の関係があるのかって聞いてるんです。」
夜深「菜々子の謹慎を解きたいのでしょう?」
夜深は、ニコニコしながら言う。
凪兎「………聞こうぜ。」
夜深「山神家には、代々、八巳(やみ)の呪いが受け継がれているのです。」
凪兎「ヤミ?闇の呪い…?」
ウソくせぇと言わんばかりの表情の凪兎。
夜深「数字の八に、蛇の意味を持つ、巳、という文字をあてて、八巳。」
夜深は、右手で空中に漢字を書く仕草をする。
琴羽「八、蛇、と言うと、ヤマタノオロチ、とは何か関係が?」
夜深「全くの別物です。我々山神家当主は、八巳を体に封印しておりますの。」
凪兎「封印?」
更に、信じがたいという表情だ。
夜深「この、八巳が当主の体から解き放たれてしまうと、大きな災厄がもたらされてしまうと言い伝えられておりますの。今は、私が体内に八巳を封印しておりまして、そして、私に何かが起こり、思わずして八巳が世に解き放たれてしまう前に、菜々子には、八巳を封印する術を学び、それに耐えうる体力を身に着けて欲しいのです。」
琴羽「それで3年…か。」
夜深「お察しの通りですわ。少しも真面目に修行をしない菜々子に、丁度良い機会だと思い、この3年の謹慎の間に、体得させようと思っておりますの。それさえ体得すれば、その後はバンドでも何でも、好きにして構わないと思っておりますの。八巳を体内に宿し、コントロールする術を身に着けたら…。」
凪兎「それぞれの家庭に、それぞれの事情はあるのは分かってる。けどよ、コレだけは言わせてもらうけどよ。」
たまりかねた様子の凪兎。
夜深「何かしら?」
凪兎「オマエの3年と、今のオレらの3年は、違ぇんだよ。」
心なしか、夜深を睨んでいる。
言葉遣いも、初対面の、しかも年上に対するモノではないが…。
夜深「では、私に万が一の事が起こり、八巳が解き放たれても良いと?」
夜深は、その凪兎の視線を真っ直ぐ受け止めながらも、気にしていないようで変わらずニコニコしている。
琴羽「では、お聞きしますが、その八巳とは、具体的に、どのようなモノか、ご存じなのですか?」
夜深「先ほども言いましたが、大きな災厄がもらたされてしまうのです。」
視線を琴羽に移す夜深。
琴羽「では、詳しくは知らない、と、そういう事ですね。」
夜深「これは、代々受け継がれている事なのです。」
琴羽「代々、とは、イツから?」
夜深「大正ですわ。」
凪兎「オイオイ…。何か繋がりそうやぞ…。」
シェアハウスの一件を思い出している凪兎。
琴羽「今は令和です。大正時代に危惧された災厄が、果たして今の時代で災厄と、されるでしょうか?」
琴羽は、一言一言を噛みしめるように話している。
夜深「先ほども言いましたが、この八巳が、解き放たれても良いと?」
琴羽「そうは言っていません。本質を見極めようともせずに、動くのは、如何なモノかと。」
ニコニコしていた笑顔を消し、琴羽をジッと見据える夜深。
夜深「良いでしょう。八巳とは、ヤマタノオロチのように8つの頭と8本の尾を持つ巨大な蛇の怪物、ではなく、姿形は我々、通常の人間と、さほど変わらないと言われています。余談ですが、ヤマタノオロチは、怪物的側面が大きく取り沙汰されておりますが、本来は由緒ある山神や水神とも言われています。」
凪兎「別モンなら、もうオロチの情報は要らねぇだろ。」
凪兎は、依然として敵意を露わにしている。
夜深「失礼しましたわ。八巳は、頭・右手・右足・胴体・右足・左足・ツノ・尾。これら八つの部位を持ち、風・雨などの、自然現象の動きを止めるチカラがあると言われています。蛇を現す『巳』という文字には、『止む(いむ)』という意味がこめられておりますの。」
琴羽「それが解き放たれると、そういった自然現象が止まってしまう恐れがあると。雨が降らなくなれば、生き物は生きていけなくなる、と。」
夜深「その通りですわ。その八巳は、体内に封印する事しか出来ませんの。」
琴羽「魔封波てきなワザとか使えないのですか?」
凪兎「チコ…。」
琴羽は、真面目に言っているようだ。
夜深「それは分からないとしか言えません。代々、この方法しか受け継がれてこなかったもので。」
凪兎「…。」
夜深「時に、『まふうば』とは?」
凪兎「あぁ、知らないなら気にしないでください。」
凪兎は慌てて両手を振りながら答える。
どうやら、琴羽の的外れな質問に、毒気を抜かれたようだ。
琴羽「では、その大正の、山神家の初代の方を口寄せしていただく事は可能でしょうか?」
凪兎「まさか、その人から八巳の情報を得たいと?」
夜深「それは出来ません。」
琴羽「出来ればやってるよってハナシだよねぇ…。」
夜深「ですから、菜々子には、山神家の子として産まれた以上は、責任を全うしてもらはなくてはなりませんの。」
夜深は、心なしか早く話をマトメたいように見える。
琴羽「夜深さん。」
夜深「何でしょうか?千歳屋さん。」
琴羽「チコちゃんって呼んでください。それはさておき、アナタ、隠し事をしていますね?」
夜深「隠し事?」
夜深は、その琴羽の指摘にも全く動揺を見せない。
琴羽「例えば、その八巳が、『ただソレだけの存在』ならば、どのタイミングかで、天寿を全うしようとした依代となった山神家の当主が、道連れに出来たハズ。アナタは、『私に何かが起こり、思わずして八巳が世に解き放たれてしまう前に』と仰いましたが、そういう不測の事態でも無い限りは、勝手に八巳が解き放たれる事は無い、という事ですよね?」
夜深「…。」
夜深の視線が少しだけ鋭くなったように見えた。
琴羽「では、忌々しいハズの存在の、八巳を、何故代々受け継ぐ必要があるのか…。そうやって、自然現象を操れるとされる八巳を体内に宿す事で、アナタ達は神がかり的なチカラを手に入れる事が出来た、と、そういう事はありませんか?」
夜深「あなた何者…?」
琴羽「チコちゃんです。」
夜深「そう、アナタの言う通り。八巳を体内に宿す事で、我々は特別なチカラを得ていますの。ただ、八巳は主の命と共に道連れにする事は不可能。命が尽きる間際に、八巳は主の制御を離れ、自由になる事が出来るのです。だから、そうなる前に、受け継ぐ必要があるのです。」
夜深は、ホッと一息ついた。
コレはウソではないようだ。
琴羽「分かりました。では、また単刀直入にお聞きします。」
夜深「どうぞ。」
琴羽「もし、八巳を封印する術があれば、封印しますか?」
凪兎「…。」
唐突な質問に、慌てて夜深に視線を移す凪兎。
夜深「いいえ。」
夜深は、琴羽を真っ直ぐ見据えてキッパリと答えた。
琴羽「当然の答えですよね。封印してしまえば、アナタが今受けている恩恵も無くなってしまう。」
凪兎「もう何が何だか…。」
琴羽「それを、望んでもいない菜々子さんに押し付ける事になっても?」
琴羽も、夜深から視線を外さない。
夜深「山神家の一族として、当然の行いです。」
凪兎「どうしても山じゃなくて犬の方がチラつくんやが…。」
凪兎の頭には、どうも違う家庭のイザコザがチラついているようだ。
琴羽「安心して、その設定に関しては偶然だから。」
凪兎「もう意味不明や…。」
琴羽「アナタ、八巳を封印する術をご存知ですね?」
唐突に、しかし、キッパリと言う琴羽。
凪兎「なっ!!」
夜深「…。」
夜深は答えない。
琴羽「私の問いに対してアナタは、『そんな事は不可能だ。』とか、そういうニュアンスの答えはせずに、何の迷いも無く、私の質問を肯定した上で答えた。それに、不測の事態に備えて、八巳を封印する術を知っておく必要もあった。」
夜深「えぇ、知っているわ。」
夜深は、観念したのか、再びニコニコしながら答えた。
琴羽「では、ここから先は、菜々子さんを呼んで、一緒に話しませんか?」
夜深「良いでしょう。セバス!!セバァァァーーーース!!!!」
その夜深の絶叫に、先ほど、花瓶を片付けていた男が応えた。
この男の名はセバス・チャン。
山神家に仕える執事である。
セバス「はい。ずっとお隣に立っております。」
夜深「あらそうだったの。ゴメリンコ☆」
夜深は、右手でグーを作り、コツンとオデコに当てた。
セバス「菜々子お嬢様をお呼びして参ります。」
そう言うと、セバスは部屋を出て行った。
程なくして、菜々子を連れたセバスが入ってくる。
夜深「菜々子は、私の隣に座りなさい。」
菜々子「はい、母上様…。」
琴羽「ナナちゃん、もう大丈夫やけんね。」
琴羽は、菜々子に笑顔を向けながら言った。
菜々子「チコ…。アタ……ワタクシは、助けて欲しいなんて頼んでいません。」
凪兎「…。」
琴羽「ナナちゃん、八巳は、私達で封印しよう。」
夜深は、琴羽の真意が掴めないようで、少し困惑した表情を浮かべている。
菜々子「!?そんな大それた事を!アタ……ワタクシの母上の前でよく言えたものですね。」
凪兎「もう『アタイ』って言えよ。オレらと居る時の素が隠しきれてねぇぞ。」
凪兎は、ため息交じりに言った。
夜深「菜々子…。アナタは、不思議な友人を持っているようですね。」
夜深は、少しずつ琴羽を警戒し始めているようだ。
菜々子「もうムリ!アタイはウンザリなの!!山神家がどうとか、八巳がどうとか、受け継げとか、宿せとか、あれか?新手の虐待なんか!?何で一日中ドンキで買った木製の剣を振り回さなきゃイカンのや!」
菜々子は堰を切ったように、ぶちまけた。
凪兎「そんなんドンキで売ってるんか?」
夜深「良いでしょう。では、アナタ達で私を倒す事が出来れば、八巳の封印と、菜々子の謹慎解除を約束しましょう。」
琴羽「…。」
夜深「何か異論でも?八巳を封印したいのでしょう?では、八巳『くらい』倒さねば、その資格が無いのでは?」
琴羽「倒すのは、八巳じゃない。八巳のチカラを借りたアナタでしょう?」
夜深「アナタ本当に面白いコだわ。」
屈託なく笑う夜深。
琴羽「ソレに、アナタを倒せば、八巳はアナタの制御を離れるのでは?」
夜深「そうですわね。でも、大丈夫。」
菜々子「…。」
菜々子は、夜深が次に言わんとしている事が分かったようだ。
夜深「どう頑張っても、アナタ達が私に勝てるワケが無いですもの!!」
その夜深の言葉を聞いたセバスが、部屋のドアを開ける。
夜深「セバス!!セバァス!!!この方々を道場へご案内して。」
セバス「心得ております。では、皆様、コチラへ。」
凪兎「道場?」
そして夜深、菜々子、琴羽、凪兎、セバスは、部屋を出て、道場と呼ばれる場所に向かって移動を開始した。
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