第16話『飲み会 後編』

夜道を、急ぐでもなく、普通に歩いている琴羽と壱馬。


壱馬「急がなくてもイイのか?」


琴羽「どうせ行く場所も分かってるし、そんな遠くも無いし。それこそ走ってったら酔いがまわるでしょ。」


2人は、公園を突っ切っていて、その、所々を外灯が照らす薄暗い夜道の先に、誰かが倒れているのが見える。


琴羽「ね?大体、昨日も泥酔するまで飲んで、今日も同じアホみたいに飲めば、そりゃそうなるやろ。」


壱馬「途中、いかそうめんで休憩してたみたいやけどな。」


2人が話しながら倒れている博記に近寄る。


琴羽「もしもぉーし、大丈夫ですかぁ?」


琴羽は、近くに落ちていた枝を手に取り、博記をツンツンする。


博記(ガバッと起きて)「ツンツンすな!オレぁウンチか?ウンチ扱いか?」


琴羽「いやそもそもウンチはツンツンせんし。」


琴羽は、枝を放り投げながら、呆れたように言う。


博記「クソがぁ…。」


博記は、突然起き上がった反動で、クラッとして反対側に倒れこむ。


壱馬「仕方ない。」


そう言うと、壱馬は博記に肩を貸し、博記を背負う。


壱馬「お客さん、どちらまで?」


博記「まひょろは。」


琴羽「こんな大人にだけは絶対になっちゃダメね。まひろ屋でしょ。」


そして再び歩を進める3人。(うち1人は、背負われているが)

10分程で、まひろ屋に到着する。


女将「あらチコちゃん、それに壱馬くんも。珍しいわね……(背負われている博記に気づいて)……って、最初っから泥酔しとんかいダメ人間!」


その女将の発言で、周りに居た客が驚いて女将を見つめる。


女将「あ、、、アラヤダ…。オホホホ…。」


咄嗟に出てくる博記に対する毒を止められず、作り笑いをする女将。


琴羽(カウンター席に座って)「ココ、良い?」


女将「もう座ってるじゃないの。イイわよ。」


壱馬「お久しぶりです。」


壱馬は、まだ意識がある博記を横に座らせて、自分もカウンター席についた。


女将「んもう、壱馬くんが来てくれないから、寂しかったんだからぁ…。」


壱馬「週14でジムに通い始めたもので。」


女将は、3人にオシボリを出しつつ…。


女将「えっ?週14?それどういう状況?」


琴羽「ほらヒロ!しっかりせんね!」


博記「お…おおお………おばぁちゃん…。」


女将「こんのクソg…!」(琴羽に遮られる)


琴羽「本性出てますよ。」


女将「イヤ本性て。」


壱馬「女将さん、何故かヒロには当たりが強い…。」


博記「お…女将さん…。オレ、昨日のおねぇさんに、何か失礼な事をしてませんかね?」


もはや目は閉じかけている博記が、必死で言葉をヒネリ出す。


女将「え?」


琴羽「昨日、ヒロが一緒に飲んでた長い黒髪の女性、プロのバンドのメンバーだったんです。今日、福岡でライヴしたみたいで。」


女将「あぁ、あのコね。」


女将は勝手に琴羽に焼酎のロックを出しながら、思い出すように言った。


壱馬「そもそも、どういうイキサツでコイツと、その女性が?あ、オレはハイボールお願いします。」


もはや寝かけている博記を、空いていた座敷に横にしている壱馬。


女将「イツモのように、このコが店に来て、カウンターに陣取って飲み始めたのよ。(ハイボール作りながら)で、あぁ、ちょっとイツモより荒れてるわね、と思いつつ、このコ、ビールしか飲まんけん、面白みがないなぁと思いながら相手してたワケ。」


壱馬「面白みて…。」


女将から差し出されたハイボールを受け取る壱馬。


女将「誰かに何か言われたんかも知れないけど、『オレはバンド辞める。』だ、『そもそもベースが向いてない。』だ言い始めたけん、『あっそ。』って感じで相手しながらビール出してたら、イツの間にか、本当に、イツの間にか、あの女の子がこのコの隣に座ってたの。」


琴羽「もはやビールがカラになったら再びビールを提供するだけの、わんこそば状態のトコロに…。」


焼酎を飲み干す琴羽。

すかさず女将が、また琴羽のグラスに焼酎を注ぐ。


女将「それに気づいたこのコが、イツモの、よく分からない持論を展開し始めてね。まぁたあの女の子が美人なもんで、饒舌に喋ってたわぁ…。」


壱馬「その女性の目的が不明やな…。単に目についた店に飲みに入って来ただけなのか…。」


琴羽「しっかし、翌日にライヴ控えたプロのミュージシャンが、前夜に飲むモンなんかいな?」


女将「その女の子、ワイン1杯飲んだだけだったかな?後は、このコのハナシと、刺身を肴に楽しそうにしてたわ。」


壱馬「本当に気分転換程度に、散策してたのかもな…。」


女将「で、このコがイツモのように泥酔して、潰れたのよ。あ、コレはサービスね。」


そう言いながら、女将は刺身の盛り合わせを琴羽と壱馬の前に出す。


琴羽「さっすが!ここのアジの刺身が絶品で♪」


女将「そうやろ。あの女の子も絶賛してくれてたわ。」


早速、嬉しそうにアジ刺しを頬張る琴羽。


壱馬「じゃぁ、ヒロは特に失礼な事は何もしてないと?」


女将「私が見てた限りでは、ね。で、その女の子が帰り際に、このコの事を心配してたから、イツモの事やけん、気にしないでって言って、送り出そうとしたら、お代を払うとか言い始めてね。」


そしてココから、その時の回想へと入る。


琴羽「入るんなら、もっと早い段階で入りなさいよ。」


焼酎を飲み干して言う琴羽のグラスに、再び女将が焼酎を注ぐ。


女将「アラ、そうなっちゃうと、今日の私のセリフが少なくなるでしょ?」


壱馬「イイけん、回想に入ろうや。」


昨夜、博記が潰れてしまった後…。


リナ『じゃあ責めて、お代は払わせてください。』


女将『イイのイイの。アナタはワイン1杯しか飲んでないし。このコとは、何となくツケたり、そんな感じで支払いさせてるけん。』


リナ『でも、何か酔って潰れてしまったヒロくんに押し付けて帰るみたいで…。』


女将『だぁいじょうぶだって。そのウチ、むくっと起き上がって帰るんだから。』


リナ『でも、ソコまで荒れるには、何か理由が…。』


リナは、本当に心配しているという表情で博記を見つめている。


女将『アナタ、どうしてそこまで?今日知り合っただけの、知り合った時点で酔っぱらってたこのコに…。』


リナ『こちらのお店には、何か気になって立ち寄って…。そしたら、カウンターに、1人で、今にも消えそうなヒロ君を見つけて…。』


女将『消えそう?』


リナ『魂的な話なんですけど…。私には見えるんです。』


女将『魂…的…。』


女将は不思議そうな顔をしてリナを見ている。


リナ『信じてもらえなくても構いません。それにヒロ君、言ってましたよね?『神の歌声を持つ、SoundSoulsってバンド。』って。』


女将『確かそんな事を言ってたわね。』


リナ『その時の目が、凄く真っすぐで…。』


女将『う…うん…。』


リナ『いやっ!違いますよ?酔っぱらって目が据わってるとかじゃなくて、本当に真っすぐで…。』


女将『アナタ可愛いわね…。』


リナ『茶化さないでください。』


女将『これは失礼。』


リナ『だから、信じてるワリに、自分の立ち位置を見失ってるというか、そういう状態なのが心配で。』


女将『同じバンドマンとして?』


リナ『それもあります。だけど、ヒロ君の夢が壊れそうな気がして…。』


女将『夢?』


リナ『ヒロ君、こうも言ってましたよね?『プロを目指すぞ!とか言ってるワリに、』って。』


女将『アナタよく覚えてるわね…。』


リナ『ついさっきの会話ですよ…。ソレがヒロ君の夢だとしたら、ヒロ君なりに、その夢が消えてしまうと思ってるんじゃないか、って。』


女将『夢なんて、叶えば御の字でしょ?』


リナ『でも、叶えようとして欲しいんです。』


女将『…。』


リナ『夢は、叶えようとするから夢なのであって、叶える気がないのなら、それは絵空事です。』


女将『アナタ、このコに惚れたの?』


リナ『いえ、違います。だけど、応援したいんです。諦めて欲しくなくて。でも、ソレは、私の気持ちの一方的な押し付けなのかな、とか思ったりもします。』


女将『あっぶね。このコ潰れてて良かったわ。クチは災いのもと、ね。』


リナ『??』


女将『イヤ、こっちの事。』


リナ『いつか、その、ヒロ君が言う、神の歌声を持つバンドと対バンしてみたい…。』


ココでリナのスマホから通知音が鳴る。

ソレに気づいてスマホを見るリナ。


リナ『…あっ!もうこんな時間。すみません、では、後はお願いします。』


リナは、お金をカウンターに置いて足早に店を出ていく。


女将『チョ待てよ!!』


そして回想は終わる。


琴羽「最後のヤツは…。」


女将「キムタクのモノマネしてるホリのモノマネよ。」


そしてまた琴羽が飲み干したグラスに焼酎を注ぐ女将。


壱馬「分かりやすいんだか分かりにくいんだか…。」


女将「で、結局あの女の子がお代を払ってくれたの。」


琴羽「途中、もの凄くスッパリとフラれてたよね。」


壱馬「あぁ、ギャル正宗でさえ、あんなにスッパリとは切れないな。」


琴羽「まぁた…フラれちゃったね。」


琴羽は、少し寂しげな表情で寝ている博記を見る。


壱馬「大体、知り合ってスグの人に惚れるヒロの方が、異常なんよ。」


壱馬も、憐れんでいるのか、気遣っているのか、という表情で博記を見ている。


琴羽「ま、可愛いけどね…。ん~~~~っ!これこれ♪」


またアジ刺しを頬張り、幸せそうな声を出す琴羽。


壱馬「今も、潰れてくれてて良かったよ…。」


博記「…。」


そして、ひとしきり、まひろ屋で話した3人(うち1人は潰れていたが)は、博記の家に戻ってきた。


琴羽「ただいまー!コレ、お土産のアジの刺身~♪さっそく食べよ♪」


壱馬「お土産の意味分かって使ってるか?」


壱馬は、背負っていた博記を布団の上に寝転がし、毛布をかけてやる。


菜々子「なんやアイツ、また潰れとんかい。」


菜々子は、だいぶ出来上がった様子で、レモンサワーを飲んでいる。


琴羽「ナナちゃん、どったの?今日おかしくない?今はレモンサワー飲みよんやね。」


琴羽は、菜々子の隣に腰を下ろしながら言う。


菜々子「べぇっつに。」


菜々子は、忌々しげに博記を見ながら、ゲップと共に呟いた。


春彦「レモンサワーとかサラッと言うけど、9度のヤツやけんな。オレ、追加でコンビニに買いに行かされたんやぞ。」


壱馬「大変やったな…。帰り道にあったけん、買ってきた。」


壱馬は、持っていたマックの袋を春彦に差し出した。


春彦「ありがてぇ…。」


春彦は、受け取って早速ポテトを食べ始める。


菜々子「アタイには何もないんかい!」


琴羽「これ、ナナちゃん、刺身一緒に食べよ♪」


琴羽は、持ち帰ってきた刺身の皿を差し出しながらニッコリ笑う。


菜々子「チコくっそ可愛い…。もうドンペリ入れるくらい可愛い…。」


春彦「ドンペリ…。」


壱馬「発想がオッサンなんよな。」


琴羽「結局、この恋愛ドラマも実る事は無かったか。」


琴羽は、刺身を食べている菜々子と、布団に寝転がされている博記を見ながら、ため息交じりに言った。


菜々子「やっぱダメやったん?そうやと思ってたわぁ………。」


と、勘違いした菜々子が言った次の瞬間、箸を握ったまま、菜々子は意識を失うかのように机に突っ伏して眠ってしまった。


琴羽「アラバスタのエースを彷彿とさせるわね。」


壱馬「ちょっと言ってる意味が分からんが。」


壱馬は、困惑した表情で、菜々子を博記の布団の横に寝転がして毛布をかけてやる。


春彦「なぁ、もしかして、ナナってヒロの事…。」


琴羽「確証も無く、言ったらダメよ。」


と、春彦に言いながら美味しそうに刺身を食べる琴羽。


壱馬「確かに、な。」


琴羽「さて、飲みなおすとしますか!」


当たり前のように、グラスに焼酎を注ぎ始める琴羽。


春彦「チコ…。」


壱馬「ウチで一番の酒豪はチコやもんな。」


こうして、1人潰れ、2人潰れ、そんな感じで、飲み会は終わりを告げた。

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