第15話『飲み会 前編』

ココは、とある食事処。

名を『まひろ屋』と言う。

そのカウンター席に、男女が並んで座っている。

男は、我がSoundSoulsのベーシストの博記。


その隣に座る、長く綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、前髪は眉毛の少し上で切りそろえられた、目が大きなその女性の名は、リナと言う。


博記「でね?よく言うじゃないですか?身の丈に合った生活をしろとか、身の丈に合った…なんちゃらかんちゃらって。」


博記は、もうカウンターに突っ伏す寸前といった体勢で泥酔しつつ、目は半開きで、ビールを喉に流し込んでいる。


リナ「うんうん。」


隣に座るリナは、ワイングラスを回しながら、ニコニコと頷いている。


博記「オレぁ、クチが悪いとか何とか言われてますけどね?オレなりに考えて生きてるワケで。」


リナ「そうだね。」


博記「身の丈に合った、って、何なんスかね?そもそもが、オマエラ全員自分の身の丈分かってんのかよ?って。オレぁ自分の身の丈が分かんないんス。あ、身長は163センチですけどね。」


リナ「確かにね。」


口元に手を当て、楽しそうにクスクスと笑うリナ。


博記「分不相応だ、とか、オマエじゃ役不足だ、とか。じゃぁオマエはオレの何を知ってんだよ?って。何も考えねぇでクチだけ動かしてんじゃねぇよって。」


リナ「挑戦する事が、未来に繋がるし、成長に繋がる。そうやって、頭から押さえつけられたら、何も出来ないよね。」


博記「そう!!おねぇさん、サスガっす!ってあれ?おねぇさん、お名前は?」


リナ「リナよ。名乗るのはこれで5回目だけど。」


相変わらず楽しそうにクスクス笑うリナ。


博記「リナさん、素敵な名前です!」


博記は、半開きの目で一生懸命リナを見ようとしている。


リナ「それ言われるのは3回目。お水でも飲む?」


博記「そんな勿体ない事が出来ますかっての!」


そこに、カウンターの向こうで刺身の盛り合わせを作っていた女将が、綺麗に刺身が盛り付けられた皿を差し出すと同時にクチを開いた。


女将「このコが、ココまで荒れてるのは珍しいんよねぇ…。泥酔するのは毎回の事やけど。」


リナ「常連さんなんですか?」


全く役に立たない博記。

その皿を受け取るリナ。


女将「まぁ、常連っちゃ常連やけど。でも、アナタは見ない顔やけど、こっちの人?」


リナ「いや、まぁ、なんというか…。」


リナは、ドコかバツが悪そうに、歯切れが悪そうに答える。


博記「ちょっと!焼きもち焼かんでくれん?オレと、おねぇさんが楽しそうに話してるんに嫉妬しとるんやろ?」


女将「ホザけクソガキ。オマエみたいなガキんちょは、この枝毛程の存在価値も無いわ。」


博記を冷徹な表情で見下ろして毒を吐く女将。


リナ「…。」


女将「アラヤダ、ごめんなさい。このコのクチの悪さが移ったのかしら。」


博記「そげん事言ったら、おねぇさんに、オレがクチ悪い人間と思われるけん、やめてくれん?ところで、おねぇさん、お名前は?」


女将「オマエはもう喋るな。」


リナ「楽しいですね。」


相変わらずクスクス笑うリナ。

純粋に、博記と女将の掛け合いが面白いようだ。


博記「でね?おねぇさん、自分から見た世界が、全てですよね?自分が見てる世界が、死ねば当然消える。その後も、世界は続いていくかも知れないけど、それは自分にとっての世界ではなく、あくまで、その他の世界って事になる。」


リナ「この目で見ている世界だけ、それだけが、確固たる世界だもんね。(刺身を一切れ頬張って)あ、美味しい。」


女将「そやろ?壱岐産の、活きの良い魚を使ってるけんね。」


女将は嬉しそうに答えた。


リナ「壱岐って、長崎の近海に浮かぶ?」


女将「そ、島国」


リナ「へ~…。憧れるなぁ…。」


博記「でもね、実際に住んでみたら何もない退屈な島ですよ。」


そう、博記は、出身はその長崎県の近海に浮かぶ壱岐という島国なのである。


リナ「このアジのお刺身最高に美味しい…。」


その博記の言葉を聞いているのかいないのか、リナは美味しそうに刺身をパクついている。


博記「えぇ、そうなんです。オレ、その壱岐の、更に近海に浮かぶ、小さな島出身なもので。」


女将「誰一人として、オマエの出身に興味持ってないけどな。で、そのアジの刺身は、ウチのお店で大人気なの。」


リナ「ですよね、こんな美味しいお刺身食べたの初めてかも。」


女将「それは言い過ぎよぉ。」


でも、どこかしら満足気な笑顔を向ける女将。


リナ「バンドのミンナも連れてくれば良かったかな。」


博記「バンド!?」


リナ「えぇ、私はバンド組んでるの。」


博記「オレも組んでるんです!知りません?神の歌声を持つ、SoundSoulsってバンド。」


博記は体を起こし、少し興奮気味にまくしたてた。


女将「アンタまたそんな事を言ってると、チコちゃんにシメられるわよ?」


どうやら、SoundSoulsのメンバーは、よくこの店に来ているようだ。


リナ「神の歌声…ね。」


一瞬、鋭い眼差しになるが、次の瞬間には、再びニコニコと微笑むリナ。


博記「オレ、そのバンドでベースやってます。」


リナ「ヒロくん、ベーシストなんだね。」


博記「オレなんか、全然ですよ。」


リナ「それが、諦めじゃなく、向上心なら、大丈夫。」


博記「向上心、もっと上手くなりたいとは思いますよ。でもね?バンド仲間だ!って言ってるけど、結局はアカの他人なワケじゃないですか?」


リナ「まぁ、ほとんどは、そうね。」


博記「プロを目指すぞ!とか言ってるワリに、バンド活動せんで幽霊と戦ったりさ…。」


リナ「えっ、ちょっと待って…。」


女将「ソレがね、そのハナシ、聞いてると、結構マジっぽいのよぉ。」


女将が苦笑いしながら言葉を挟んだ。


博記「何か、他のヤツらが考えてる事も分からないワケですよ。」


リナ「確かに…。クチでは何とでも言えるものね。」


博記「だからオレは、このまま、SoundSoulsでベースやってて良いんかな?って思い始めたワケで。」


リナ「ベースが好きなら、ただそれだけなら、少なくとも今のバンドに拘る必要は無いものね。」


博記「ま、こんなオレを入れてくれるバンドが他にあれば、のハナシですけどね。やっぱ、やるからには、バンド組んで、やりたいじゃないですか。」


リナ「音楽は、色んな音が合わさって生まれる…。」


博記「プロになりたい!とか、あのバンドに負けたくない!とか、そんなん二の次で、楽しく音楽が出来ればソレで良いんです。」


リナ「じゃあ、今のバンドは、楽しくない?」


リナの直球な質問に、博記は少し詰まるが…。


博記「いや、そういうワケじゃなくて…なんつぅかこう…。」


リナ「マンネリズム…ね…。」


リナは口元に指を持っていき、少し妖艶にクスリと笑った。


博記「え…えぇ…。」


博記は、その突然の色っぽい仕草にドキッとする。


女将「見惚れてテキトーに返事したでしょアンタ。」


リナ「大丈夫。ヒロ君なら、きっと大丈夫。そのまま、自分が信じた道を進みなさい。」


博記「おねぇさん…。」


リナ「私も偉そうに言えるほど、信じるモノに真っすぐ向かい合えてるワケじゃないけど。」


リナは、遠い目で何かを思い返しているようだ。


博記「おねぇさんは、バンドで、どんなパートを?」


リナ「私はね…。」


目を開けると、ソコはいつもの博記の部屋だった。

強烈な頭痛と共に体を起こす博記。


博記「くっそ…。昨夜またカナリ飲んだんかいな…。しっかし…どんだけ飲んでも記憶トバしても、自分の部屋には帰ってきてるんよなぁ…。」


脱いだ服はちゃんと洗濯機に放り込まれている。

財布は机の上、スマホは…。


博記「あり?スマホが無ぇ…。」


起きて、二日酔いは珍しい事ではないので、常備している薬を、水と共に喉に流し込む。


博記「なぁんか、昨日は楽しかった記憶があるんやが…。すっげぇ美人なおねぇさんと飲んでたような…。」


すると、玄関の方から、耳慣れたアラーム音が聞こえてくる。


博記「おっ、玄関に放置してたんか。」


ブツブツと独り言を呟きながら、玄関に転がってたスマホを拾い上げ、アラームを止める。


博記「やっべ…今日ウチでメンバーと飲む予定やった…。」


アラームと共に表示されている今日の予定を見ながら呟く博記。


そして、日も暮れた頃、博記の部屋にSoundSoulsのメンバーと、終夜が集まった。

どうやら、例のシェアハウスでの件での、お疲れ会のようだ。


凪兎「しっかしオマエは…そんなに酒ばっか飲んで大丈夫なのかよ?」


ビールを飲みつつ、博記に突っかかる凪兎に対して、いかそうめんを食べている博記。


博記「ウルセー…。」


終夜「まぁまぁ、コイツも、それなりに分別はあるやろし。」


苦笑いしながら、ハイボールを飲んでいる終夜。

メチャクチャ溶け込んでいる。


菜々子「ねね、この、ちっさいテレビ点けて良い?」


そう言いながら、ウーロンハイを飲んでた菜々子が、部屋のテレビに近寄り、電源をオンにする。


琴羽「ちっさいとか言わんの。」


そう言う琴羽は、焼酎をロックで飲んでいる。

そして、テレビからは、ニュース番組が流れている。


凪兎「おいナナ、テレビなんか点けてんなよ。せっかくメンバー…と、あと一名、水入らずで飲んでんだからよ。」


そう言いながら、菜々子を押しのけ、テレビの電源を切ろうとする凪兎。

そこに、焼酎を飲み干して、グラスをテーブルに置いた琴羽が…。


琴羽「待って。」


その琴羽の言葉をきっかけに、全員の視線が、ちっさいテレビに移る。


博記「オマエまでちっさいとか言ってんじゃねぇぞ。」


琴羽のグラスに焼酎を注ぎながら、ドコかにツッコミを入れる博記。


そのテレビ画面には、リポーターが、今日、福岡のドームでライヴを終えたらしい、プロのバンドにインタビューをしていた。

そのインタビューのバックには、ライヴ映像も流れている。

このバンドは、最近全国的にも進出してきている、ノリにノッているバンドである。


琴羽「このバンド…。」


菜々子「フェリア?」


菜々子は、空っぽになったグラスを持ち、意味ありげな視線を博記に向けるが、一向に博記が反応しないので、仕方なく自分でウーロンハイを注いだ。


琴羽「そう、各メンバーの実力もさる事ながら、ヴォーカルの歌唱力、声量がハンパないの…。」


ライヴ直後なのか、当のヴォーカルは、汗ばんだ顔に、くったくのない笑顔でインタビューに応えている。


凪兎「チコにソコまで言わせるなんて、この女性ヴォーカルも、相当な実力者なんやな。」


琴羽「ウチはアマ。向こうはプロよ?」


菜々子「だったとしても!チコの歌声は誰にも負けんけん。」


そのヴォーカルの後ろには、バンドのメンバーと思しき面々が同じように汗ばんだ顔を見せている。


博記「は…はわわわ…………はわわわわわわわ………。」


博記は、いかそうめんの袋を持っている手をブルブル震わせながら画面を見ている。


終夜「どうした?禁断症状か?」


終夜は、ワリと真剣に心配しているようだ。


博記「こ…こここ………この…この人………。」


博記は、震える指で、ボーカルの右後ろでニコニコしている女性を指さす。


終夜「この黒髪美人がどうかしたか?」


博記「こ………これ………。」


博記が差し出したスマホの画面には、顔を真っ赤にして目は半開きな博記と一緒に、優しく笑うリナが写っていた。


一同「えぇーーーーーっ!!!???」


凪兎「ちょっ、おま、これ…。」


終夜「どう見ても同一人物…。」


動揺する凪兎と終夜。


博記「どっ…どどど……どうしよ………。」


琴羽「どうしよって、なに?アンタこの人に酔った勢いで、何かしたんじゃないでしょうね?」


珍しく狼狽えた表情の琴羽に、博記は真っ青な顔で…。


博記「ソレが全く覚えてねぇんだ…。」


菜々子「これは、お縄案件ですなぁ…。」


ニヤニヤしながら、楽しんでいる様子で、カラになったグラスに、今度はコークハイを注ぐ菜々子。


博記「どうやって知り合ったんか、何を話したんか、どうやって別れたんか…。」


琴羽「だけん、飲みすぎんようにしなさいって、イツモ言いよるやろ?」


博記の頭を、グーでコツンと小突く琴羽。


博記「ただ、一言だけ覚えてるんやけど…。」


そこで、テレビは、他のメンバーに、ファンへのコメントを求めていて、ちょうどリナの番になった。


リナ『きっと大丈夫。自分が信じた道を進みなさい。』


リナは、屈託のない笑顔で答えた。


博記「…………。」


博記は画面の中のリナに見とれて、思わず咥えていた、いかそうめんを落とす。


琴羽「完全に落ちた。」


菜々子「イエス、フォーリンラブ!」


博記「こうしちゃ居られねぇ!」


博記は、いかそうめんが入った袋を放り捨てて立ち上がる。


凪兎「おいおい、ドームにでも行こうってのか?」


博記「バァカ。んなトコ行っても入れてくれねぇだろ。」


心配する凪兎を睨むように見て、上着を引っ掴んで飛び出していく博記。


菜々子「相変わらずオクチがよろしい事で…。」


またセルフで、今度は梅酒のソーダ割りを飲んでいる菜々子。


凪兎「いやしかしペース早ぇわナナ。」


琴羽「いこか?」


琴羽も立ち上がって、博記の部屋の鍵を手に取る。


菜々子「アタイはイイや。後でハナシだけ聞かせて。」


琴羽「興味ない?この恋愛ドラマ。」


菜々子「無い。どうせフラれてヤケ酒かっくらうのがオチやし。」


梅酒のソーダ割りを飲み干して、少し乱暴にテーブルにグラスを置く菜々子。


琴羽「あれ?何か不機嫌なっとる?」


琴羽は、そう言いながら菜々子の顔を覗き込んだ。


菜々子「なんでアタイが?行くんなら、はよ行ってきぃや。」


菜々子は、慌てて琴羽から顔を背ける。


琴羽「ナギとシュウちゃんは?」


凪兎「パス。もう動くのダルイし。」


凪兎は、テレビを消しながら言った。


終夜「この夜道を、女一人で出歩かせるワケにはいかん。一緒に行こうか。」


終夜も、上着を手に立ち上がる。


琴羽「さすがシュウちゃん。じゃ、留守番よろしく。」


そう言うと、琴羽は持っていた博記の部屋の鍵を置き、終夜と共に出ていく。

後編へ続く。

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