私の生い立ち中編(中学校〜高校入学直前)

 荒れに荒れた小学校生活が一段落した。


 自分は大義そうに私立中学の門をくぐる。


 私立ということもあり、そこそこの綺麗さと上品さを兼ね備えた、中学校にしては小ぶりな建物へと向かう。

 どこから見ても綺麗な建物の裏腹には、生徒の保護者からむしり取ってきたであろう学費という便宜で理事長の自己顕示欲の塊を具現化した、そのもののようにしか校舎を見ることが出来なかった事を今でも思い出す。

 初日からそのような事を考えている程だったので、相当捻くれたヤツだったという事はもはや言うまでもない。


 そもそも、なぜここまで悪い事をしてきた自分が、わざわざ受験までしてこんなところへ来てしまったのか。

 理由はとても単純だった。

 前述した通り、うちの母親は学校の先生だ。

 要するに

「自分の息子は私立の〇〇中学校に通っている」

 という事を自慢したかったのではないかと思う。つまり自分の母親はステータスが欲しかったのである。そんなもののために小学校の友達と遊ぶ時間を削り、わざわざ遠いところにある個別指導塾に通い、そして勉強をする事を強要させられる。


正直言って苦痛でしかなかった。


 何せ自分のモットーは「自由」だったからだ。だが、そんな状況でも、ある程度の努力をし、受かったという事実は率直に嬉しかった。珍しく自分の実力が認められた気さえしたためだ。

 しかしながら、先程、自分は大義そうに門をくぐった。


そう、大義そうに……。


 入学式というものはめでたい日だ。

 しかし今の自分の心の中は、春休み中にしてしまった事件の懺悔で心が満杯に埋め尽くされ、めでたさを感じている余裕などあるはずがなかった。


 早く終わらないかな――とも思った。


 生徒一人一人の名前が呼ばれる。

 ステージ上にはすました顔の校長が立っている。


「……はぁ〜い…………」


 自分はかったるそうな返事をする。

 そんな、腑抜けた返事に違和感を覚えたのか、すました顔をしていた校長の目が一瞬


「ピリッ」


 と音がしそうなほど鋭い目つきでこちらを睨みつけた。

 ここだけは印象に残っているが、それ以外の事柄は、記憶に残しておく必要性を全くといって良いほど感じなかったため、高校生となった今ではほとんど覚えていない。

 

 そんな、決して健全とは言えない精神状態で中学校生活一日目を終えた。


 中学校二日目

 自宅から私立中学までは、電車とバスを用いて約一時間もの時間を要する。それゆえ早起きも必須であり、早起きに慣れていなかった自分にとってはかなりの負担であった。

 初日は、オリエンテーションということもあり勉強はほとんどせずに済んだが、早起きによる睡眠不足により、帰りの電車の席では意識を完全に失うくらい深い眠りについていた。


 特に何をしたというわけではなかったが、心身共にドッと疲れる一日だった。


 以後、日に日に体の状態は首の皮一枚で繋がっているほどに追い込まれていった。


 そんな中、今後の感情という漠然としたものの存在価値を大きく考えることになる原因となる人物にもう、既に出会っていたことに気付く。


 その人物をX君とおこう。

 その子は外ヅラだけは良く誰とでも馴染むことのできる人間だった。最初はその外ヅラの良さに自分の心はそのX君を完全に信用しきっていた。この時点では彼の内面に秘めるとてつもない闇に気付く事なんて到底不可能だった。


 ある日のこと、いきなりそのX君から距離を置かれている気がした。しかし、この自分の第五感とも言える感覚は間違いではなかった事をこの後瞬時に察する。


 どうやらX君は自分の陰口を言っているらしい。なるほど、思い返してみると心当たりが無いこともないが……本当にどれも些細なものだらけだった。

 例を挙げるなら一緒に帰るはずだったが、部活の関係で五分遅れてしまった事、X君は自分の隣の席だったため、授業中にX君の落としたペンを拾い忘れてしまった事、など……。

 自分にとってはどれも大した事ではなかったが彼にとっては大変重要だったらしいと後で気づくことになる。


 ――この瞬間

「コイツメンドクセーヤツだな〜」

 と思ってしまった。

 このあとX君は破竹の勢いでクラスメイトのほとんどに喧嘩を売り歩くのだが、当の本人曰く


「これは喧嘩ではない。やられた事をただやり返しているだけ」


 だと語っていた。


 自分はこの時このように思った。

 仕返しとはいっても「一」でやられた事を「千」で返すほど度を越しているし、仕返しの仕方も腹が立つほど陰湿で、人を精神的に追い詰める最低なクソガキだと感じた。

 X君を一言で表すなら


「外ヅラといじめ方はアダルト、思考はガキ」 


 と言ったところだろうか。


 自分の心の中では、X君に対して危険信号が出ていたが、まるで会社の上司のように気をつかい、怒らせないように接し、荒波を立てないように対応をする。これが自分の中学校の間での試練だとこの時断定した。

 しかし、この試練を完璧にこなすためには、とある物を犠牲にしなくてはならない事も同時に悟った。


 犠牲にしなくてはいけないもの。

 それは――


 「心、そしてそれに付随する感情」


 これだけは捨てねばならなかった。


 X君と接する時、自分はまるで別人格を作って接しているような状態だった。自分はX君の挙動一個一個を始め、全てが嫌いだったためX君と接する時だけは完全に心と感情は押し殺していた。

 そして、ある程度の良い関係を作っていくためには、ある程度の嘘をつくようにもなっていた。

 簡単に言うと


「生きるための嘘」


 だと言い換えることができる。


 最初の頃は二つの人格を器用に操れた。

 しかし中学校二年生になった時、いつの間にか自分の本心がどこかに消えていた。

 例えるなら自分のついてしまった嘘がどんどん積み重なって、ある時を境に積み重なっていたものが急に崩れ出したような感覚だった。

 崩れてしまうと本心はどんどん埋もれていくため、まるで砂漠の中で一つのダイヤモンドを探すのに等しい状況となってしまった。

 何かをしたい欲も消え、生きるためだと割り切って使っていた嘘がもはや本当か嘘か、それすらも分からなくなっていた。


(本心は不必要?)


 そんな中でも、自分の心をかろうじて引き留めてくれた存在もいくつかあった。

 一つ目は恋人の存在だ。ずっと片思いだったが、一緒に帰ったりととても仲良くしていた。だがある日、恋人と自分が仲良くしている事をよく思わなかったのか、X君がその恋人にあるデマを言う。その恋人は日が経つにつれどんどん距離を置くようになっていった。そして中学校二年生の冬、自分は恋人に告白したがそのデマのせいか、もしくは別な要因があったのか、その恋人には振られてしまった。


(恋愛感情は無くすべき?)


 だが、まだ心の支えはかろうじて残っていた。それは部活だった。

 自分は野球部のキャプテンを務めていたため、部活中だけは他のどんな柵からも逃れることができた。ただ、いつしかは引退する日が来る。そしたら自分の心を支えるものが無くなってしまうのではないかと、とにかくその時が訪れてしまうのが怖くて仕方がなかった。


「自分の心をコントロールする他のものを見つけないと――でも、何が自分の心をコントロール出来る?誰がこの状況を助けてくれる?」


 どんどん自分の心は自暴自棄になっていく。意識せずともどんどん自分の心が漆黒に染まっていく感じがする。

 ある人はこう言うかもしれない。


「そんなにX君がストレスならば関わらなければ良いじゃん」


 確かにその判断はあながち間違いではない。相手が普通の人ならばの話だが……。

 当時X君はクラスで絶大な権力を持っていて、X君に嫌われるという事はクラスで仲間はずれにされることとイコール関係だった。

 だから嫌でも関わらなくてはいけなかった。X君だけと仲が悪くなるのは構わないが、X君は他の人をも巻き込んで喧嘩した相手を仲間はずれにしようとする最低なヤツだった。だから余計に皆も気を使う。そんな悪循環がクラスの悪い雰囲気を作っていた事は言うまでもない。


 そして時が経ち、部活も引退し、心の支えが完全になくなってどれほど経った時の出来事だろうか。

 引越し当初、苦手だった海の潮の匂いが不思議と気にならなくなっていた。

 どうやら、五感が中学校に入ってからというもの、どんどん鈍くなっていっている感じがしていた。

 偶然にも学校が早く終わった日。

 海を見に行こうと一人、海岸へと足を運ぶ。

 東日本大震災の反省からだろうか、海岸道路沿いには高さ十メートル程の堤防が聳え立っていた。

 昔だったら少し嫌いだった海だが……。

 今、ここから、恐怖心も痛覚も無く飛び降りれたら……

 なんてことすら考えてしまっていた。

 実際、あと一歩のところで飛び降りることはできた。

 でも、恐怖心が勝ってしまった。

 ――全く皮肉なもんだ。普段は無気力だというのに、こういう時だけ本心が出てくるだなんて……


 こんな、絶望的な心情だった。

 そんな中、とある意外な人物が自分の心が完全に闇へと染まる直前に手を差し伸べてくれた。

 その人物は、当時数学の先生をしていたZ先生だった。愛想も良く論理的な考えを持つ彼は、よく自分の相談に乗ってくれた。

 自分は、Z先生抜きでは、勉強への気力を保ち続けることは、不可能だったと思う。

 時には数学を教わり、時には他愛も無い話をしたりと楽しい時間を過ごしていた。


 そして、時は過ぎ、いつのまにか受験期になっていた。


 感情をギリギリのところで保っていた自分にとって、この受験期というものは苦痛で仕方がなかった。まず、何の教科を勉強するにしてもモチベーションが上がらない。

 それに加えて、X君も同じ高校を受けることを自分が出願した後に知ったため、余計にモチベーションが上がらない。

 そんな中でもZ先生は親身に自分の心の支えになってくれていた。Z先生のおかげで少し勉強をしてみようというやる気を保つことができた。


……しかし、結果は無様なものだった……。

 受験した高校は実力不足で落ちてしまった。


 しかしながら、受験期で得たものは何もなかったのか?と言われると、それは違うとはっきり言うことができた。

 受験期で得たもの。それは、


「将来の夢」


 であった。


 どんな時も親身になって相談に乗ってくれたZ先生の頼もしさに憧れていつの間にか先生という職業を無意識のうちに目指すようになっていたことを、受験を終えて初めて気付いた。


 受験が終わると例年卒業式を行うのが当たり前だが、コロナ禍の関係でかなり簡略化されてしまった。


 しかしそんなことはどうでもいい。


 卒業証書だけ手渡されて帰ってきた自分は、味気なさも何も感じなかった。

 と言うよりも、とある一つの気持ちで埋め尽くされていて他の感情に気付けなかったのかもしれない。

 その、帰り道感じた事。


「もうX君と会わなくて済む!」


 この安堵感!ただそれだけ。


 前述した通り卒業式の次の日に行われる合格発表で自分は志望校に合格することができなかったが、そのショックすらもこの安堵感が打ち消してくれてた。


 第一志望に受からなかった自分は、滑り止め高校の入学手続きをしに行く。


 正直、乗り気ではなかった。

 ここで改めて、

「落ちてしまったのか」

 と少し凹む。


 渋々と高校の門をくぐる。


 多くの感情が入り混じる広場だった。


 自分は久しぶりに生き生きとした感情に触れた気がした。


 自分のクラスメイトで、同じ高校へ行く人は多かったものの、推薦がほとんどだったため、滑り止め高校として入学手続きをしにきた人はほとんどいなかったはず……。


 そのはずだった。

 

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