28 猛獣vs死神
周りを見渡すと期待に満ち溢れた顔で二人に視線を集める生徒たちがいた。二人の強者による戦いがこれから繰り広げられるからだ。
「猛獣」ネス・ダッド。
「ルーガの再来」ラースヒルズ・ネクト。
互いに7年前に勃発した近代初の国家間戦争である「ディール侵攻」における英雄。特にラースヒルズの武勇は伝説となっており、疲弊したフローラの希望の星となるまでに至った。
ネス・ダッドは「猛獣」と称されるほどの武勲をあげ、ディールの間では今でもその恐怖の象徴として恐れられるほどであるという。
そんな二人が戦う──伝説同士の戦いを生で見られる。好奇心旺盛な生徒たちが疼かぬはずがない。
──二人の強者に合図はいらない。歴戦の格闘者は互いの思考、脈拍、些細な空気の変調さえ感じ取り、完璧に息を合わせるものだからだ。
鍛えられた剛腕が振り下ろされる。それはネス・ダッドの過酷な環境に身を置き、培った生物の進化の結果だった。剛腕は空気を殴り、風圧を巻き起こしながら細身の男へと迫る。
その剛腕をしなやかに、かつ強靭な細腕が直線の軌道を見切り、左に力の流れを受け流す。無論、剛腕は右に逸れる。だがそれも彼にとっては想定の範囲内。
──
右に流される巨体。その巨体に見合わぬ俊敏な動きで最速の踏み込み、反動を生かし、ラースヒルズのガラ空きになった左半身へ脱力した左踵を叩き込む。力とは無理に意識する必要はない。速さとは脱力。しかし速さは力だ。
だが、その真理さえ数多に存在する別の真理によって打ち崩される。その華奢な腕から何故そのような力が生まれるのだろうか。ここにいる未来の卵たちの多くはそう思った。
その最速の蹴り上げを副校長は
「流石ですね、ラースヒルズ」
落とされた脚の受けによってパァンと体育館に乾いた音が響く。
「いやー、ネス先生も流石だ。今年も『国境の山』で山籠りですか?」
二人は廊下で談笑をするような気軽さでこの攻防を続けている。多くの生徒が思った。「え? これって見本?」と。
「そうですねえ、今年の山も中々良さそうですからねえ」
耳につくような粘着性の語尾で話しているが、ネス先生の一挙一動は常に最速を保っている。あの巨体でここまでの体捌きが出来るのはスパーダの目には奇怪な物に映った。
(なんて戦いだ……。俺のいた世界の格闘技なんざ当てにしちゃいけねえ。この二人の動きはうまく説明できないけど、こう、
「楽しいですねえ、ですが時間が押しているので、そろそろ終わらせましょう、か!!」
ネス先生は一足強く体育館の床を踏み込んだ。その力は体育館全域に広がり、隕石が落ちたかのような轟音を鳴り響かせる。そしてその力の反発を全利用し、フェンシングの飛び込みのような形でラースヒルズ先生に襲いかかる。
──これは
自然界とは弱肉強食。生き残るものが勝者であり、死ぬものが敗者という絶対の
猛獣の侵入を人間は許した。だが無理もない。防衛機能が起動する間もないほどの爆発であったのだ。過酷な自然に身を置く野生ほど、俊敏かつ獰猛な詰め寄りはない。故に人間はそれを許した時にどう
そして忘れてはいけないこと、いや、伝えなければならないことがある。猛獣とは異なり、自然という絶対から逃げ、別途の繁栄を遂げた生き物が人間である。故にその世界から逃げた生身の人間が猛獣に勝てる道理はない。
だが生物という
この猛獣と戦っているのは弱き人であるが、その認識は
「勝負あり、ですね。ネス先生」
野生の猛りを真正面から完膚なきまで破壊する。それが出来るのは「生物の支配者」であるからに他ならない。ネス・ダッドは渾身の貫手を見切られ、その腕ごと掴まれ、弱点である関節を上から叩き落とされたことによって地に伏せられた。
生き残ったのはラースヒルズ・ネクト。生死をかけた戦場に立っているのは黒いローブを靡かせる死神のみだった。
「……すげえ」
感嘆の声を漏らす生徒たち。先程までの笑顔も場に漂う空気の圧によって引き締められ、誰もがただ呆然とその戦いを見ていた。
「いやー、流石です。ありがとうございました」
立ち上がったネス先生がラースヒルズと握手する。
「ええ、こちらこそ。また機会があれば
……ん?
「そうですねえ。そちらもぜひ
……え?
「さあ、みんなもこんな感じでやってみよう!」
できるわけねえだろーーー!!
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