27 最低な気分
「む、遅かったな。スパーダよ」
教室に入るとマックと司、それにローベンが俺の机の前に集まっていた。まるで待ち構えているようで、それに先程から気がかりなのは俺が教室に入った瞬間の周りの沈黙だった。
「悪い、色々あってな。……で、どうしたんだ。俺が教室に入った瞬間にみんな黙り込んでよ」
なんとなく何が理由かはもう察しはついている。だが俺はこいつらから話を聞いて確信を得たい。……信頼できる相手を見極めるためにも。
「……すでに広まっていた。お前がゼロユージングだと言う話が」
そうか……つまり……お前だな。
おい、ふざけるな……そこのウニ頭。
「……お前だろ。広めたの」
「は? 何のことだよ、兄弟。俺が何を広めたっていうんだよ」
フレッジ・ローハイド。こいつが一番信頼できねえ。というか俺はマキナとライ先生以外にこの話を聞かれてはいない。こいつだけを除いては。
「お前以外いねえだろ! 忘れたっていうのも全部嘘に決まってる! お前以外に誰が俺のことをゼロユージングだって知ってるってんだよ!!」
胸ぐらを掴んで揺さぶる。苦しそうなその表情も嘘か。こいつは嘘しかつけねえのか……!!
「おいおい……やばくないか?」
「ていうか本当にゼロユージングなの……? なんでこの学校にいるのよ……そんなのが……」
「その上に王家の人間だっていうんだろ? 確かに紋章はあるらしいけど……スパーダなんて王族聞いたこともねえしな……」
──ッ。どいつもこいつも陰口ばかりか。もう聞き飽きてるんだよ……そういう言葉は。
「おい……やめろって……マジで何も知らねえんだけど……!」
「嘘をつくことしかできねえのかテメエは! テメエみてえなやつに兄弟呼ばわりされると反吐が出るってもんだぜ……!!」
胸ぐらを掴む手に力が入る。その面がもう気に食わねえ。俺はもうこいつを完全に信頼できねえ。
「おい、やめろよ。何があったのかは知らないけど暴力は良くない」
視界に入る金髪の髪。それを見て一瞬で思い出されるあの時のこと。そして何よりもその言葉が一番この男には相応しくない。こいつにだけは言われたくない。
「……お前。戻ってきてたのか」
「ああ、何で懲罰房なんかに入れられなきゃいけないのか分からなかったけど早く出られてね。ほら、離せよ」
「……お前、名前は?」
ウニ野郎を飛ばすように手を離し、目の前の金髪の男を睨みつける。因縁の相手だが名前を俺は知らない。俺はこいつの名前を知る前に気絶したからだ。
「あ、そうか。君は気絶してて知らないんだったね。僕はディライク・アンバーソン。ゼロユージングの君なんかとは違ってれっきとした魔法能力者さ」
いやらしい笑みを浮かべながらこいつは手を前に差し出してきた。……握るのか。この手を。
そして俺が握手しようと手を出すと──
「なに握手しようとしてんだよ」
俺の手を強く弾き返して拒絶してきた。
「暴力は良くないんじゃなかったか。お前にだけは絶対に言われたくない言葉だったがな」
こうなることくらい分かってた。こいつと俺は絶対に理解し合えない仲だってことくらい。
「ああ、だけどそれは人権のあるものに限っての話だ。だから君は頑張らないといけないねぇ。だって魔法も? 能力も? 使えなーいなんて……ここにいる価値ってある?」
耳元にかかる嫌な息。醜悪な言葉。最低な気分だ。
「……価値があるかどうかはこれから分かるさ。今は価値のない人間かもしれねえけどな。……ああ、お前にとっちゃ俺は『人間』ですらねえのか。間違っちまったよ」
俺は吐き捨て、自分の席についた。自然とその動きが荒くなっていたみたいで椅子を引き摺った音に驚く生徒もいた。
「ス、スパーダ……」
「いいんだよ、ローベン。あいつらは信頼できねえ。なら今はこのままでいい。変に情を売って後で借りを請われるよりかはマシだ」
そうだ。信頼できない相手は敵にしてしまえば付け込まれることはなくなる。確実な策を打たなければ俺の死期が早まるだけだ。
俺は最悪の気分のままホームルームを過ごすこととなった。周りの視線はすでに奇怪なものを見るようなものになっていて、あの頃と同じような空気感に晒される。だけど俺は負けない。この世界では負けるわけにはいかないんだ。俺には……やらなければならないことがある。
◆◆◆
ホームルームが終わり、俺たちは体育の授業のために広い体育館へと向かった。
体育館の外には更衣室があり、その更衣室も広いものだ。更衣室といえば狭く、むさ苦しい場所というイメージを持っていたが、この学校の更衣室はシャワーも完備され、一人一人の個室が用意されているという好待遇だった。
「スパーダ……君は魔法も能力も発現しなかったのかい?」
「……ああ、さっき俺が言ったとおりだよ。俺は幻のゼロユージングだった。ディライクの言うとおり人権なんてものとは程遠い存在だ」
個室に入り、着替えながら横の壁越しにローベンと話をする。周りも好きに喋っているため少し聞こえづらいが。
「……でも君には紋章がある。それに……剣使いの力も」
少し謙遜したような声でローベンは言った。やはりローベンも気がついているのだろう。この社会、今の世の中では俺の持つ剣使いの力が最も人ならざる力だということを。
「ああ……そうだな。こいつを使いこなして死なねえようにしないと」
俺にできること。それはこの力を使いこなし、生き残る術を得ることだ。そのためにはまず五十棲先輩が言っていた「闘技会」に入る。そしてそこで戦いの経験を積み上げていくんだ。魔法も能力も使えない俺が、どうすれば魔法能力者と渡り合えるのか。姉さんが言っていた通りなら副校長は俺にその技術を教えてくれるはず。
俺はローブから体操着に着替え、ローベンより先に更衣室を出た。そして体育館と繋がっているスロープを上り、中へと入る。
「お、来たか。お前は今日が初の体育だったな」
中に入るとすでに生徒たちが準備運動を始めており、司も腕のストレッチを始めていた。体育は1組2組の合同で行うようで、教室の倍の人数が体育館に集まっていた。
「そうか、昨日がオリエンテーションだったな。俺は寝てて参加できてねえけどさ」
この学校は体育──もとい身体能力の向上に強く力を入れているようだ。話によるとこれもあのクーデターの後から取り入れられた方針のようで、剣使いの暴徒が増え、近距離で戦わざるをえなくなった時に最低限の抵抗ができるようにと体術、護衛術といったものを重点的に教え込まれるらしい。
「しっかし、まあ……派手に怒鳴り散らしたなぁ、お前。そんなキレるやつじゃねえと思ってたんだが」
「……ああ、俺自身も少し驚いてるよ。最近は結構神経質になってるみたいでな」
「でも嫌いじゃないぜ? そういうの。俺は気に食わなかったらすぐにキレちまうタイプの人間だからよ。カッとなってすぐ怒りを発散しちまうんだ。でもそっちの方が気持ちいいじゃねえか? 変に抱え込んじまって悩むよりさ」
……そうか。そういう考え方もあるのか。だけど……それで人を傷つけてしまったらまたあの時の繰り返しになってしまう。この拳を使っていい理由は本当に大切な人を守る時だと親父に教えられた。自分の身を守るためじゃない、身を守る術は逃げることだけでいいと。
でもさ……親父……ここじゃ力を振るわないと逃げることさえ難しそうなんだよ……。
「あー、それじゃあね、みんなね、クラスごとにね、集まってね」
体育館に響く手を叩く音と共に、独特な口調の男性が体育館奥の教官部屋から出てきた。その男性は確か能力発現の儀の時に代行補佐を名乗った人物だ。
眼球が見えるか見えないかというほどに細い目に、何よりも特徴的なのはその「体」だ。
──デカい。まるで熊と見間違うような巨体だ。しかしそれでいて伝わってくる強靭かつしなやかな筋肉の質感。並の鍛え方じゃない。
「『猛獣』ネス・ダッドか。ディール侵攻で一騎当千の武勇を作った魔法能力者が教官とは恐れ入るな」
マックは俺の横に立っていた。そしてさらっと相変わらずの知恵袋を発揮してくる。彼も名のある人物なのか。
「はい、それじゃあね、マナさん、号令お願いしますね」
「全員、気をつけッ!! 礼ッ!!」
マナの声が体育館全体に響き渡る。彼女の声は威厳たっぷりといった感じで、その高貴な生まれもあってか根っからのリーダー気質なのだろう。周りの生徒たちもその号令で一気に気を引き締めているように見えた。
「はい。ええとね、何人かはね、昨日いなかったみたいだからね、とりあえずね、自己紹介からね、僕はね、ネス・ダッドっていいます。体育のね、教官をね、やってますね、はい」
非常に句読点が多い話し方だ。声自体は聞き取りやすいが、内容が分かれて入ってくるため聞き取りにくいのかよく分からないな。
「本当はね、オリエンテーションとね、行きたいところだけどね、今日からね、授業に入らないとね、時間がないんでね、予定通りね、今日は組み手をね、やろうかなとね、思いますね、はい」
いきなり組み手をやるのか。でもそんなの今までに武道とかやったことがないから経験なぞないんだが? それともこの世界では養成所時代からこういうこともやっているのだろうか。
「やっぱりね、みんなも分かっている通りね、世界情勢はね、暗いからね、いつ後ろから刺されそうにね、なってもね、相手の頭をね、粉砕できるようにね、教育したいとね、思いますね、はい」
……なんかめちゃくちゃ怖いこと言ってるんだが?
「ていうのは冗談ですね、はい」
冗談かい。表情に変化がないから間に受けちまったよ。
「まあね、相手を倒さずともね、生き延びれれば御の字なんですね、はい。だけどね、相手もね、本気で来る以上ね、こっちも本気出さないかんのですね、ええ。なのでね、僕たちがね、みんなにね、とりあえず手本をね、見せようとね、思いますね、うん」
文末は「はい」だけじゃないのか。というよりも、僕たちって他に誰かいるのか?
「おーい! いつまで上でカッコつけてるですかね! 特別ゲストさーん!」
そう言ってネス先生が天井に向かって手を振る。その仕草に合わせて皆も天井に目線を向けたその瞬間、「黒い流星」が降り注いだ。
凄まじい轟音が体育館内に響き渡る。しかしそれは墜落の衝撃音ではなく、滑空による風切り音だ。彼は地面に衝突することなど考えさせられないような滑らかさで床へと降り立った。
「やあ、おはよう!! 今日も元気に殴り合ってるかな!?」
もっと物騒な人来たんだけど!?
「毎日殴り合う子がね、いるはずがないんだよね、ラースヒルズ君」
「いやー、でもウチの闘技会の子たちは毎日殴り合ってますよ?」
「みんながみんなね、君たちみたいにね、殴り合うことしかね、考えてないってね、思わないでほしいですね、はい。皆さん、特別ゲストの副校長のね、ラースヒルズ・ネクト副校長にね、やって来てもらいましたね、はい」
副校長ラースヒルズ・ネクト。この前の能力発現の儀で会って以来か。そして今の俺が一番接触すべき人間。姉さんの言っていたエーデルヴァルトにいる剣使い。
しかし……聞いてた通り根っからの戦闘マニアのようだな。開幕の挨拶がそれかと。
「ラースヒルズだ……! フローラ最強と謳われる魔法能力者……!」
「ディール侵攻の英雄にしてあの伝説の魔法能力者ルーガの末裔だろ!?」
「やだ……ラース様、イケメン……バタッ」
なんか倒れたやつがいた気がするけどすごい人気なんだな。フローラ最大の魔法学校であるエーデルヴァルトの能力発現の儀のレベルを格段に上げている人っていうくらいだから国内はもちろん、国外にも名が轟いているのだろう。
「はは、人気者は辛いなぁ」
「では人気者のラースヒルズ副校長と僕が今からね、手本としてね、組み手をね、やっていきますね、
ネス先生は胸ポケットから取り出した杖を円形に振るい、呪文を唱えた。すると生徒たちの前にいるネス先生と副校長を囲うように半透明の膜がドーム状に二人を包み込んだ。
「まあね、簡単に言うとね、
ネス先生と副校長は面を向い、互いの拳を合わせた。
「ネス先生は強いからなぁ。お手柔らかにお願いしますよ」
「いやいや、こちらこそよろしくお願いしますよ。君に本気を出されたらね、私なんてね、一瞬でペシャンコだからね」
二人の称賛の会話にはところどころ戦意が混じっており、これからこの閉鎖された空間での戦いがいかに熾烈なものになるかという予感を俺に感じさせた。これから二人の熾烈な格闘戦が繰り広げられることとなる(組み手だけど)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます