25 業(カルマ)
次の日の朝食の時、俺は部屋のメンバーたちに自分がゼロユージングであったということを告げた。
「……マジか。ゼロユージングなんて幻の中の幻だぜ……」
「……まさかだな。聖五神は恵まれた能力を発現させ、他の人間よりもダブルアビリティが生まれる確率が高いとまで言われているにも関わらずこの結果とは」
やはり反響は大きいものだった。裕人は相変わらず黙々と食事をしているが、司は気まずそうにパンを齧り、マックに至っては真顔のまま前を向いているだけで全く食事に手をつけていない。
「お前ら……普通に飯くらい食えよ。だいたい、これはおまえたちがゼロユージングになったってことじゃなくて俺がそうだったってだけの話だろ?」
「そう言ってもなぁ……同じ仲間がこれからどうやって生きてくんだって話になれば頭を悩ませるに決まってるだろ?」
「ああ、俺にとっては主君に大病が見つかったというようなものだ。気が気でない」
そんなに気にすることなのか。自分の身の話じゃないというのに、やはりこの世界の人間の大半は辛い経験をしているためか気配りのできる人間が多い気がする。
「……司、裕人、お前たちは能力発現の儀を受けたんだろ? ちゃんと発現したのか?」
「ああ、俺も裕人も問題なく発現したよ。ダブルアビリティじゃなかったがな」
「どんな能力か分かったのか? 少なくとも裕人は分かってるみたいだったけど」
俺の質問にどこか不自然なところがあったのだろうか。司と裕人は顔を見合わせた後、おかしそうに笑った。
「ははっ、何言ってんのスパーダ。まだ僕の能力がどんなのかなんてまだはっきり分からないよ」
「え? じゃあ昨日なんで俺がマキナと話すために出かけたって分かったんだ?」
「は? お前、女子と話すために外に出てたのか? ふざけんな、俺も連れてけ」
やはり司はうるさいな。女子と絡むたびに嫉妬心をぶつけてくる面倒なやつだ。
「いや、誰と話すかは分からなかったよ。多分君が急ぐ時は誰かと大事な話がある時なんじゃないかと思ってね。だって君、いつだって色々なことを知りたそうに質問してくるじゃないか」
確かにその通りだ。俺はまだまだこの世界について知ってることは少ない。それに自分のことさえもよく分からない。自分でも気づかないうちに質問攻めをしているのかもしれないな。
「君は完全なゼロユージングじゃないだろ。その体に宿る神家の紋章は欲しくて得られるものじゃないんだ。並の魔法能力者よりも君の方がよっぽど優れてる。……まあ、今の時代にその力をわざわざ欲しがる人がいるのかは疑問だけどね」
……最後に付け足された言葉も確かにその通りだ。魔法能力者が基準であり、剣使いに居場所のない今の時代に剣使いの証明となるこの紋章を欲しがる人間がいるとは思えない。
「でもこれから俺はどうやってこの学校で生活すりゃいいんだ? 魔法も能力も使えないのにその二つを学ぶ学校にいたって何の役にも立たなくないか?」
俺が一番不安に思ったことはこれだ。言うなれば魔法、能力というのはこの世界における基礎教科だ。その二つを扱えないと言うのならば知識として得ることはできても実践はできない。皆が魔法や能力を操りレベルアップしていくなかで俺だけ指を咥えて眺めるのは嫌だ。
「……それなら片方使えない人に聞くってのはどう? マック、君そういう人好きだよね? 当てがあるんじゃないの?」
「好きではない。ただそのハンデを抱えつつも実績を残している人物のことを尊敬しているだけだ。……確実に二人、この学校で知らぬ者はいないと言える実力者が二人いる」
少し苛立ったように顔を歪ませながらもマックは尊敬を込めた声で話しはじめる。
「一人はレヴェル・スピルバーグ。諸君らも見ただろう。あの演説を。彼は3年生にしてエーデルヴァルトの決闘団である
レヴェル・スピルバーグ。最上級生と見間違うほどの風格を持ち、在校生代表に選ばれる管理生の一人か。
「もう一人は五十棲利彦。彼も同じく
マックは俺の顔を見つめる。俺は今の話に少しだけ腑に落ちる部分があった。それは能力発現の儀を執り仕切るのが副校長であるということだ。
ライ先生曰く、エーデルヴァルトの能力発現の儀は彼が主導することによって高い評価を得ているらしい。つまりはそれだけ成功率が高いということだ。そしてそこから導き出される可能性は俺と先輩は何かしらの異常がある可能性が高いということ。そしてあの先輩の来歴には何かがある。それがその異常と繋がっているのかもしれない。
しかし……先輩は魔法使いだったのか。それならなおさら俺の兄貴と戦って勝利しているというのが疑問視される。一体どうやれば紋章持ちの剣使いにただの魔法使いが勝てるというのか。
「ちなみにこの二人はファンクラブが出来るほど人気の生徒たちだ。特にレヴェルはエーデルヴァルトのミスコンで1位をとったことがあるほど。しかしながら五十棲のほうが頼れる兄貴肌の模範生として有名で、生徒や教師たちからの信頼は厚い」
……なんでそんなことまで知ってんだよ。本当はお前もファンなんだろ。ていうかコンテストとかあるんかい。
「校舎へ行く前に管理棟へ行ってみたらどうだ? 管理生は朝のミーティングがあるはず。もしかしたらもう終わってるかもしれんが直接話を聞けるはずだ」
「そうだな。レヴェル先輩はともかく、五十棲先輩なら話せそうだし」
俺は朝食を済ませて先に食堂を出た。そして寮の玄関に向かうと──
「お、スパーダか? 朝食かい?」
噂をすればだ。緑のバンダナをつけた長身の管理生が玄関から出てきたところだった。
「はい。あの、五十棲先輩。これから時間空いてます?」
「お? なんか用かい?」
「ちょっとお悩み相談を……先輩が適任そうなので」
「よし、任せろ。おい、ルーナ。パトロールはお前一人で頼む」
「えー! アンタもレヴェルと同じ口なの!? あ、後輩くん! おはよう!」
後ろからルーナ先輩がひょこりと現れた。こんなに爽やかな笑顔で挨拶できるのはこの先輩くらいなんじゃないかと思う。レビンにも見せてやりたかったな。
「俺はこいつから相談をもらったんでな。ちょっと悪いけど頼むわ。ほら、今日の放課後、購買で好きなもん買ってやっからさ」
「……じゃあ仕方ないなぁ。値は高くつくからね?」
「……予算内にしてくれよな?」
ルーナ先輩は別れ際に軽く手を振ってくれた。そして姿が見えなくなり、玄関前には俺と五十棲先輩のみとなった。
「まあ、こんなとこで話すのものなんだ。一応俺も立場上は管理生でパトロールを今やってるっていう体だから専門棟裏のベンチに来てくれるか? ほら、校庭の正面辺りのさ」
「あー……? 多分行けばわかると思いますけど……」
「よし、登校の準備をしてから来た方が多分余裕ができるだろ。俺は置き勉してるから別に関係ないけどよ」
大体どのあたりを指しているのかは分かる。入学してまもないが、一応客室を使わせてもらってた頃にこの学校の敷地内はひと通り歩いて確認してあるからだ。見つけられていない場所もあるかもしれないが、見える範囲は全て覚えたつもりだ。
「分かりました。準備済ましたらすぐ行きます」
おう、と返事をして五十棲先輩は歩いて去っていく。俺は寮の中へと入った。中で出会った何人かの学生はローブを着こなし、鞄を持って校舎に向かう途中のようだった。
◆◆◆
同じように俺も準備を済まし、寮を出て歩くこと約10分ほど。言われたように専門棟の裏側へとやってきた。オリンピック会場のような広さの校庭が目の前にあり、影になるものはあまりないため、朝日が強く照り付けている。
専門棟はその名の通り一般魔法科よりもより専門分野の魔法技術を専攻する専門魔法科の生徒たちが在籍する棟らしい。窓際に置かれた謎のアイテムの数々は確かに専門分野の代物に見える。鍛冶場のような間取りの部屋もあり、そそくさと石材(?)を運ぶ作務衣姿の生徒もいた。
そして確かに休憩所として作られたテラス下のベンチに五十棲先輩はいた。何やら缶ジュースのようなものを飲んでいるが。
「お、来たな。ほらよ」
先輩は俺を見つけるなり、同じ物を投げてパスしてきた。何の変哲もない缶だ。書いてあるのは「tea」の文字。
「……茶ですか?」
「おう、緑茶だよ。いやー、やっぱり生粋の日本人たるもの緑茶に限るよな〜」
先輩はごくごく喉を鳴らしながら茶を飲んでいく。そういえば、聞いてない。この前は俺の兄貴の話ばかりで肝心のこの人のことを聞けてない。
「……先輩もこの世界の人間じゃないですよね」
「そうだよ。お前も向こうにいたなら日本くらい知ってんだろ? 俺は向こうに住んでただけの人間だよ」
「向こうに住んでただけでこの世界に来れるわけないでしょう。どうやって来たんですか?」
俺とローベンと同じように故意によってこの世界に来たのか。はたまた司や裕人のように「渦」とやらに巻き込まれる形でこの世界に来たのか。さあどっちだ?
「あ〜気がついたら? この世界にいたよ」
……まさかのどちらでもなかった。それになんだ? そのよく分からない説明は。
「……ま、これも
「……業が沸くってなんすか?」
「そっか、知らねえわな。業が沸くってのは俺の国の方言だよ。めちゃくちゃ腹が立つって意味だ」
その割には楽しげに笑ってるけどな。たぶん口癖みたいなもんなんだろう。
「俺がこの世界に来たのには何か意味があるんだろうな。意味のない行動なんてものは存在しない。何をやっても『業』ってやつは積み重なっていく。それの精算に俺はたぶんだけどこの世界にいるんだ」
何やら突然難しい話を始めたぞ。しかし「業」という言葉をよく使う。確か業というものは仏教用語で「人の行い」を示す言葉。よくある言葉で表すと「因果応報」というものだ。
「こうしてお前が俺を呼び出したのも業さ。ほら、何が聞きたいんだ?」
上手く言いくるめながら本題へと移行させられた。まあいい。俺も本当に聞きたいのはこっちの方だ。
「……俺、ゼロユージングだったんです。魔法も能力も使えない人間だったんです。先輩、俺はこれからどうやってここで生きていけばいいんでしょうか?」
五十棲先輩は話によると魔法使いだという。ならば能力の授業は勉強をしても実践は出来ないはずだ。その時に先輩は何をしているのだろうか。それを俺は聞きたい。
「……なるほどねえ、ゼロユージング……こりゃまた業の深い……」
「え?」
「……何でもねえよ。つまりお前が聞きたいのは魔法も能力も使えない中でどうやってこの学校で学んでいくのかってことだろ?」
「……はい」
意外と理解が早いな。いや、これは失礼か。
「んー……そうだな……こりゃ
「……カリキュラム?」
「そうさ、魔法と能力の実技の授業を専門学科と変更するのさ。そして魔法と能力は座学に留めておく。それがお前が一番効果的にこの学校で学び、力をつけることができる方法だと思うぜ」
そんなことができるのか。確かにそれなら俺は魔法と能力の知識を身につけ、それの対処を知ることができる。実技ができない分は専門の分野に力を出すことによって実力をつけることができる。
「先輩もそんな感じで時間割りを組み直したんですか? 先輩って魔法使いなんですよね?」
「やっぱり知ってて俺に聞きに来たんだな。そうさ、俺は史上初、エーデルヴァルト式の能力発現の儀で能力不発に終わった男だ。この学校の生徒が全員、能力の実技をしている中、俺だけは一人黙々と『魔法陣構造』の専門授業を受けている。だがそのおかげで俺は様々な俺独自の魔法を生み出すことに成功した。絶対に無駄なことなんて存在しないんだよ」
俺の肩を叩いて先輩は笑いかけてくれた。なるほど、やっぱりマックの言う通り、この先輩は慕われるわけだ。
「確かお前さんの担任はライ先生だろ? 相談してみたら絶対に乗ってくれるぜ。あの先生は生徒想いだからな」
「──ああ、ライちゃんはとても優しい人だよ。今でも嫌と言うほどにあの時の顔が記憶に残ってる」
背が凍りつくような感覚。それを感じると共にその寒気が溶け、温かみに変わる奇妙な感覚。耳を揺らす神秘的な声色。後ろを振り返ると白いコート姿。
「……何しに来やがった。え? おい、ローレンス」
「……え?」
殺意を込めた先輩の声に、呼ばれた名前は
「やあ、会いたくなかったよ。トシヒコ。そして……ずっと会いたかったよ。愛しの
血の繋がりを感じるその顔つき。そして聞いていた話とは全く違う点が一つある。
──華奢な体つき、小柄な俺とあまり変わらないその身長、そして、明らかに膨らんだその胸部。兄貴なんかじゃない。そう、
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