19 始まりの衝撃

 部屋の面子と食堂へと向かう。朝七時過ぎ。この時間帯は同じ目的で食堂へと向かう生徒たちで寮は溢れている。


 食堂は寮のすぐそばの建物だ。昨日はここで食事をし、酒を飲み、酔い潰れた。


 寮の入り口である大広間に出る。寮は西棟と東棟で分かれており、西棟が1〜3年生、東棟が4〜6年生のエリアとして振り分けられているようだ。そして最高学年である七年生はこの寮とは別に「アトリエ」という自身の家を建てるらしい。


 アトリエは魔法の研究をしたり、自身の能力の向上のための一種のトレーニングルームのようなものだとマックが説明してくれた。マックは多くの兄弟を持ち、ここを卒業した兄たちは今もアトリエ暮らしをしているのだとか。どうやら兄弟仲はあまり良くはないらしいが。


「今日から授業か……一限目が俺たちの運命を左右するっていってもいいな。なんせ『能力発現の儀』の時間なんだからな」


「能力発現の儀……」


 五十棲との会話の後、俺たち二人は部屋に戻ってお預けにされた自己紹介をした。五十棲はこの寮での暮らし方を俺たちに伝え、盛大に笑ってはまた豪快に扉を閉めて帰っていった。……隣の生徒たちが何事かと心配して俺たちの部屋に顔をのぞかせるほどうるさかったようだが。


 その後は俺の自己紹介を済ませた。みんな俺を気に入ってくれたようで、いや、マックはどうなのか分からないが。とにかくみんな俺のことを受け入れてくれた。王族の偽物だと罵られることもない。俺はこいつらとなら何とかこれからを乗り越えていける気がした。


「まあ、そう気張んなよ。大丈夫だって。大体の人間は能力が出るし、ほら、なんて幻の中の幻だ。逆に貴重な存在だよ」


 司が鼓舞するようにそう言う。耳を済ませると周りの生徒たちも期待と不安に満ちた顔をし、同じ話題で持ちきりだった。


 ──能力発現の儀。この世界における重要なステータスの一つである能力を発現させる重要な儀式。魔法学校に入学した生徒たちは全員にこの儀式を受ける権利が与えられる。あくまでもであり、儀式を受けないということも可能だそうだがそれはごく稀なケースだそうだ。


 この儀式が正常に完了した者は能力を得ることができるらしい。逆に言うとが起きると能力が不発現になるということ。そしてその状態に上乗せして魔法が使えないとなるとその人間は使えない者ゼロユージングと呼ばれるらしい。しかしその例は断層の歴史でも稀なものであり、幻の存在とまで言われているのだとか。


「しかし……お前はか? ピーター」


「アレとはなんだ?」


なんだろ? 聖十二の人間はみんな」


「ああ、そうだ。俺は八歳の時にはすでに能力発現の儀を受けた。今ではすでに物にしている。それでも兄達と比べれば遅がけではあったが」


 ……一体何の話をしているのだろうか。司とマックが連呼する「エグジスティング」という言葉。確か英語で既存という意味だったはずだが。


「エグジスティング、ってなんだ?」


「ああ、そうか。お前はこの世界はあんま知らねえんだったな。エグジスティングってのは『既存能力者』ってやつだ。能力は必ずしも魔法学校で受ける能力発現の儀を通して目覚める物じゃない。時に偶然、時に何かしらのトリガーで発現したり、もしくは能力発現の儀を幼少の頃から受けて能力を発現させることもあるんだ。まあそんな手段をとれるのはのある家に限られるがな」


 ああ、なるほど。俺は目の前の眼鏡の固い表情をチラと見て理解した。


「やっぱりそれはレアなのか?」


 パンにかぶりつく司に俺は問いかける。


「そうだな。既存能力者エグジスティングはやはり生まれ持った才覚や家系が大きく関わるからな。それにちいせえ頃から能力に触れてることもあって能力の扱いに長ける能力者が多い。学校でも羨望の目で見られて人気者になることだろうよ。あーあ、俺も既存能力者ならモテるんだろうけどなぁ」


 司の最後の言葉は至極どうでもいいことだが、既存能力者は実力の高いやつらが多いということか。故に学校という集団の中ではヒエラルキーの上位にその地位を確立させる。正直言ってそういうのはあまり好きじゃない。


 だがマックがクラスの人気者というのはあまりにも想像し難い。なんせこいつはだ。出会って一日だが分かるこの立ち振る舞いといい、雰囲気の硬さはクラスの中で人気者の逆の立場にて浮上する原因となりうる。さらにはその家系の高明さも足を引っ張ることになるだろう。まあ、家系に関しては俺が言えたことではないのだが。


「既存能力者たちはもちろんだが能力発現の儀が免除される。普通は能力を得られるのは一人につき一つまでだ。中には二つの能力を持つダブルアビリティってのもいるが、そいつは既存能力者よりもレアなやつらだ。この学校からは一番新しくて確か十年くらい前に一人出ていたはずだぜ? もしかすると今年の入学生から出てくるかもな。もしそれが俺なら俺の人生モテまくりの薔薇色……ぐっふっふっ……」


 こいつの頭の中は常に桃色だろうか。この青春の時期にそういった思考を持つのは構わないが、度が過ぎるとそれは自分の澄んだ青春を汚すこととなる。悲しいがそうなったら自業自得だ。俺は司に助言することなく朝食を終えて教室に向かった。


「ねえ、キモいでしょ? 司」


 食堂を出て校舎に向かう俺についてきたのは俺とほぼ同時に朝食を終えた裕人だ。屈託のない笑顔でこんなことを言い出すのだからこいつの司に対する評価は底辺に違いない。


「ああ、気持ち悪い。昨日も寝るまでに今まで振られてきた女の話ばかりしてきやがった。全員に未だ未練を残してるかのような物言いが気持ち悪さに箔を付けてやがる」


「ほんとそうだよね。この世界に来るまではそんなことなかったのに」


「……昨日気になってたけど聞けなかったことがあるんだ。司が『俺と葵をお前が引っ張ってこの世界に来たんだろ』って言っていた。あれはどういう意味だ?」


 常に笑みを絶やさない裕人の表情が少し歪んだ。何か後悔のような、それでいて受け入れたかのような複雑な笑顔で裕人は話す。


「……いい意味でいえば同意の上。悪い意味でいえば僕もあいつらも向こう見ずだったってところかな。昨日の司の言葉は後者の意味で僕に責任を投げたんだと思う。あいつらをこの世界に連れてきたのは僕だ。だけどずっと一緒にいたいと僕たちは思ったから。僕たち三人は渦に入った。この世界に来た時は飛んで喜んだよ。夢の世界だってね。……二年後のあの夜にそんなのは夢で、ここは地獄なんだと思い知ったけど」


 この時の裕人の顔は少なからず苦悩の表情が刻まれていたと思う。俺は自分があの夜を知っていなければならないのに、何も知らない歯痒さと無力感を感じながら黙って裕人の隣を歩くしかなかった。


 長い廊下を渡り、俺たちは教室の前にたどり着いた。


「じゃあ、僕は2組だから。いい能力が出るといいね」


「ああ、お前もな」


「……うん」


 軽く手を振って裕人は教室に入っていった。


「……今更だけど、『いい能力』ってどんなのなんだ?」


 俺は軽く手を頭に当てて数秒間考えたが、何もいい能力というのがどういったものであるのか分からなかった。


 便利な能力をいい能力というのか? ……お金が出る能力? どこでも飲み水が出る能力? いいや、だめだ。この世界がどれだけ血生臭い話に溢れていると思っている。便利であっても意味がない。


「……守れなければならない。けど、それって人を傷つける可能性だってあるんだよな」


 俺は顔を叩き、雑念を捨てる。今考えても仕方ない。身につけたものをどう使うかは自分次第。それはこれからの俺が考えることだ。


 中から生徒たちの楽しげな声が聞こえてくる一組の教室の扉を開き、中に入る。俺はこれからこの学校で様々なことを学ぶ。知識、経験、そして生き方。まずはこの教室から全ては始まる──


「来たぞ! せーの!」


 ──その始まりは衝撃から動き出した。


 頭に落ちる柔らかくも柔らかすぎない弾力のある衝撃。それを食らった瞬間、教室内の人間がスローで動いているように錯覚した。その遅れた時の中で、俺の目の前へと落下する長方形の物体。白い粉を撒き散らしながらそれは床へと着地する。それと同時に、時は正常に動き出す。


「…………」


教室内が一気に静まり返る。楽しげに会話していた女子グループも、二人で談笑をしていた男子のコンビも凍りついた目で俺を見ている。衝撃を受けた頭部を触ると手に白い粉がついた。それは馴染み深い粉だ。


 扉の横で待ち構えていた男子生徒数人組が震え上がる。それは静寂を生み出したこの光景への恐怖からではなく、この光景を待ち望んでいたという歓喜からくる震えだった。


「よっしゃー!!『黒板消し落とし』大成功だぜえっ!! おいフレッジ! 写真撮ったんだろうな!?」


「完璧だぜ兄弟!! アングルもバッチリだ!!」


「記念すべき一人目はスパーダ君だ! スパーダ君、突然のドッキリで驚いていると思いますが、今のお気持ちをお聞かせくださいっ!」


 狂喜乱舞する男子三人組。うち一人は初日の時点で強いインパクトを残しているレビン・クレイストンだ。カメラを持つもう一人はフレッジ・ローハイド。俺を酔いつぶさせた張本人。それとそばかすが印象的という以外に特に特徴のない名前も知らぬインタビュアー。この三人はどうやら無差別に教室に入った人間に対してイタズラを仕掛けたようだ。


「……俺だったから良かったけどさ、他のやつが食らったら喧嘩になるかもしれないぞ。やるんだったら仕掛ける相手を選べるイタズラを次からしろよ」


 この程度のイタズラなら可愛いものだ。あの頃の記憶に比べれば逆に爽快さまで感じる。だが突然上から物が落ちてきて頭にぶつけられたら絶対に嫌な気分になる人だっている。怪我だってするかもしれない。仲の良いメンバーならまだしも、ここはまだ出会って一日しか経っていない人たちばかりの部屋だ。こういったことはやめさせないと後でクラスメイトの関係にヒビが入る可能性だってある。


「え? お、おう……」


 レビンは戸惑ったように返答する。こいつも誰かを嫌がらせようという気でイタズラを働くつもりはなかったのだろう。


「おはよー。……」


俺が席に向かおうとしたその時、すでに被害を受けることのない扉が開いた。振り返ってみるとそこには俺より少し身長の高いリサが鞄を肩にかけて教室に入ってきた。


「……」


リサは無言で教室を睨みながら見渡した。その後俺をじっと見つめて、俺の頭に触れた。白い粉が落ちるのが分かった。そしてため息をついたかと思うと、大きく息を吸い込んで、


「アンタらか、こんなことしたのはッ!!」


 と、いきなり雷が落ちるような怒鳴り声を教室に響かせた。


「まだ1日目だぞ!? もしアンタらのせいで同じクラスメイトがこの教室を嫌いになったらどうするつもり!? アンタらの身勝手なふざけでそうなったら許さないからね!!」


「悪かった、悪かった!! 俺が悪かったよ!! でもスパーダは許してくれるんだよな!? な!?」


 リサに押しかけられレビンはずりずりと後退する。レビンはワタワタと手を振りながらリサを宥め、助けの目を俺の方へとよこした。


 リサは他の二人を睨みつけた後に俺を睨みつけた。そしてそのまま俺の方に近づいたかと思うと俺の手を握って教室から外へ引きずり出された。


「お、おい! なにすんだよ!」


 手を引っ張られ廊下を移動する俺たちを他の生徒たちが好奇の目で見る。リサは不機嫌なようで、その特徴的なポニーテールがまるで逆立った立髪のようにも見えた。


「アンタもアンタよ! 嫌だったら嫌って言わないとダメでしょ!?」


「いいから離せって!」


 俺は無理矢理リサの手を振り解いた。勢いよく解いてしまい、俺もリサも転けそうになってしまった。俺はリサの顔をしっかりと見つめて自分の意思を伝える。


「……いいんだよ。俺だって俺以外のやつがさっきみたいな目に遭ってたら多分怒ってたよ。だけどそうじゃなかった。俺は別にあれくらいなら笑って許せるし、あいつも納得したみたいだから別にいいんだよ」


 そうだよ。別に俺は気にしちゃいない。悪意のあるイタズラと、そうでないイタズラでは痛みの度合いがまるで違う。俺は少なくとも顔をされるほど酷いことはされていない。


「……なんで……みんなそうやって自分を誤魔化しちゃうのかな……」


「え?」


「まあ、仕方ないか。そういう人もいるんだもんね。ごめん、急に引っ張ったり、叱ったりして」


「あ、ああ。別に大丈夫だけど」


 リサは悲しそうな顔をしながら俺に頭を下げた。


「……顔上げろよ」


 ……まったく、俺は頭を下げられるほどのことなんてされてないし、してもいない。俺なんかに頭を下げるなんてお門違いもいいところだ。


 リサは気まずそうな顔をして顔を上げた。俺も気まずくなって顔を背けてしまう。


「……戻ろうぜ」


「……うん」


 気まずいこの場を離れるために俺は声をかけた。リサはなぜ俺のためにここまで怒ってくれたのだろう。いや、多分俺じゃなくても怒ってたのかもしれない。彼女は──誰を思って俺を見たのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る