16 仲間たち

 目の前には豪勢な食事が用意されている。どうやらこの世界では15歳この年で酒を飲んでいいらしい。多くの生徒がジョッキを持ち、競い合うかのように豪快な飲みっぷりを見せている。


 ステージには踊り子やら楽器演奏者やらが自身の芸術の在り方を謳歌している。中には生徒と見られる少年や少女達も混じり、見事な舞を見せる生徒もいる。


 周りには俺を仲間と認めてくれた人たちが楽しそうにふざけ合ったり、食事をしたり、会話をしたり……。平和な光景が広がっている。


 それでも結局のところ俺は親友こいつと話すことが一番落ち着くことなんだと理解した。


「……ほんとうに大丈夫なのかい?」


「心配すんな。それよりも俺をろうとしたアイツはどうなったんだ?」


「……あの人は懲罰房に入れられたみたいだよ。入学初日に殺されかけた君と入学初日から牢屋行きの彼……何やってんだよと呆れたいけど、君に関しては完全に被害者だからね……」


 パーティーであるにも関わらず、俺とローベンはしけた話を繰り返している。そもそも大規模なパーティーは不慣れだ。島にいた時のパーティーなぞ、せいぜい10人ほどの見知った鳶職のおっさん達と騒ぐくらいしか知らない。悪くない場の雰囲気を感じながら、親友と話すだけでも心地よさを感じることはできるのだ。


「だけどアイツを怒らせたのは間違いなく俺の存在だ。というか『リンドバーグ』って名前のせいだろう。この国にはもう王族は存在しないってのに、一体どれだけ国の人間は王族に固執しているってんだ」


 この世界に来てから俺はさらなる面倒ごとを抱えてしまった。


 右腕には小さな頃から俺を困らせてきた痣がある。そしてそれはこの世界における王族の証明であり、俺はその国の王族。しかしその王族はすでに滅亡しており、なぜか一部を除いて俺の存在を知らない人間の方が多い。


 この国にとって王族とはただの人間たちとしては扱われていないみたいだ。それこそまるで「神」のような。


「名前を出すだけでこのザマだ。でも校長が言ってたみたいに偽名は通用しない。それに俺だって初めて得たで生きてみたいんだ」


「それじゃあーそうすりゃいいんじゃねーのー?」


「そうだよな。だって何も隠す義理なんて──って誰?」


 不意に声をかけてきた相手はウニのような髪型に金と黒の色素を染め込んだ髪を持つ少年。にこやかな笑みを見せているが、その表情はどちらかと言うと悪戯好きな悪ガキのようなものだった。彼は俺の肩に手を組んで、酒の入ったジョッキを片手に話しかけてきた。


「俺はフレッジ・ローハイドってんだ。そういや自己紹介の時にゃ、もういなかったもんな。ま、入学早々大変そうだけど頑張ろうや。


「……兄弟? 俺と兄弟ならお前も俺と同じ厄介者ってことになるけど、いいの?」


「厄介者? 誰が?」


 てんで分からんと言わんばかりにフレッジは首を傾げる。……もしかして、こいつは天性の馬鹿なのか?


「俺に決まってんだろ。なんで俺があの金髪に首を絞められたか分かるか? それは俺がお前達にとって馴染み深い苗字名前で、お前達にとって俺はそれの偽物だからだ。俺はなんでお前らに知られていないのかなんて知らねえけど」


 俺はフレッジに納得させるように圧を強めて言った。するとフレッジは笑って俺を揺すってくる。


「ハハ、俺にとって出会ったやつらは皆兄弟なのさ。お前だって兄弟だぜ? ローベン」


「え? 僕も?」


 フレッジは俺の横に座るローベンとも肩を組み、俺たちを引き寄せた。


「さあ、飲もうぜ! 兄弟!『誰』だからって壁を作る必要はこの世界にゃねえのさ!! それがここ血の断層ブラッドフォールトなんだからな!!」


 俺とローベンは顔を見合わせて苦笑し、ジョッキに注がれた酒を飲んだ。あの世界での酒は知らないけど、この世界で初めて飲む酒は甘美な味わいにほろ苦さをスパイスした酒で俺は美味いと感じた。ローベンはよほど気に入ったのか二本目を開けて豪快に飲んでいた。


 それからは酔いが回ったのか、あまりパーティーでの出来事は覚えていない。覚えているのはローベンに連れられて会場を後にしたことくらいだ。というかローベンのほうが酒を多く飲んでいたはずなのになんでこいつがケロッとしているのか不思議だ。それだけこいつが酒に強いということか?


「僕が強いんじゃなくて君が弱いだけなんじゃないのかい?」


 ローベンは俺に肩を貸しながらそんなことを言っていた気がする。


「……そういえばあの赤髪の女の子はいたか?」


 うろ覚えだが俺はそう訊いたはずだ。返答は“ううん、いなかったよ”そう返ってきたことも不確定だが。



「おはよう、スパーダ」


 聞き慣れない声で目が覚める。周りを見渡すとそこは見たことのない部屋だった。仰向けになっているようで、上には天井ではなく木の板があり、その板は四本の柱に支えられている。


 下にはふかふかした感触。確認してみるとそれがマットレスであることが分かった。ということは俺は二段ベッドの下に眠っているのか。


「……君は誰だ。それと、ここは?」


 体を起こし、目の前の彼に尋ねる。見た目は俺よりも年下、もしくは同い年あたりの少年。短い髪と小柄な体。病弱に見えるような肌の白さを持ち、アジア──特に日本あたりの人間の顔立ちをしている。


「僕は2組の中馬裕人。そして君と同じこの部屋で暮らすことになるルームメイトだ」


「ナカマ・ヒロト? もしかして日本人か?」


「おや? の世界を知ってるのかい?」


 不思議そうな顔をして裕人と名乗った少年は俺の顔を見つめる。まるで子犬のような顔だ。いつもそんな顔をして人に尋ねるのだろうか。


「そりゃあっちの世界で7年も住んでたんだからな。こっちの世界のことのほうが俺にとっちゃ知らねえよ」


「あっちの世界ではどこに住んでたんだい?」


「バースっていう地中海の島だ」


 バースの知名度はもちろんイタリアでは知らぬ者はいない。もとより地中海下のアフリカ大陸の国々との交易を円滑にするために作られた──とされていたが、ローベンの育ての親であるバース曰く、島はこの世界とあちらの世界を繋ぐために作ったとのことだ。だが表向きは交易のためとして通っているはず。


「バース……? 知らないな。僕はあんまり地理に詳しくなくて、なんせ僕もこっちに来たのは10年くらい前の話だからね。あちらについて知らないことも多い。そういう意味では君とは相互補完の関係にあるのかもしれないね」


「……なあ、裕人はどうやってこの世界に来たんだ?」


 そう、これだ。この世界に来る方法。バースは島一つを転送装置として確立する大規模な手法で俺とローベンをこの世界に送った。そう簡単にこの世界へと来ることは出来ないはず。


 バースはあの装置を使って断層に送った人間は俺たちが初めてだと言った。ならば裕人は別の手法でこの世界に来た──ということになるはずだ。


「どうって言われてもなぁ……うーん……」


裕人はどう説明しようか考えているようで、大袈裟に頭を抱えて俯いた。確かに世界から世界へと渡るという行動をどう説明しろと言われても、俺だって詳しくは話すことができない。


 これは質問をミスしたなと思ったその時、後ろの方で扉が開く音がした。


「お、起きたのか? って何考え込んでんだよ、裕人」


「スパーダがこの世界にどうやって来たんだって言うからさ」


「どこまで話進んでんだ。ていうか俺にも話させろよ」


 乱暴な足音を立てながら誰かがこちらに向かってくる。裕人の前に立ち、しゃがみ込んだのは裕人と同じようなアジア系の顔立ちの少年だった。しかし裕人と比べると髪は長めで、切れ目で人相の悪いラフな印象を受ける。


「おはようさん、スパーダ。俺は高崎司。お前、気を失って知らねえだろうが、同じ1組だ。そしてこいつとは幼馴染ってやつだ」


 その少年は裕人に肩組みをしようと手を伸ばしたが、裕人はその手を払い除けて先程までの印象とは異なる嫌悪の目で彼を見た。


「ちぇー、まあ、連れねえところもあるけどいいやつだ。仲良くしてやってくれ」


「お前は僕の保護者じゃないぞ。ごめんね、スパーダ。こんな凶悪顔で乱暴な男だけど、たまにはいい所を見せてくれるはずだから長い目で見てやってくれ」


「おい! もうちょい加減して評価してくれませんかね!?」


「お前にかける情けなど無いわ!」


 夫婦漫才のようなテンポで2人は口喧嘩を繰り広げる──というよりも痴話喧嘩のようなものか? これは?


「……うるさい、気が散る」


 聞いたことのある声が俺の頭上から聞こえた。冷えた鉄のように低いその声は俺の前に座るアイツに違いない。


「悪りぃカーマック。そんなつもりはなかったんだよ」


「その名前で呼ぶな」


 上からマックが降ってきた。二段ベッドの上から飛び降りるなど危ないと思ったが、こいつは音も立てずに柔らかく着地した。これも何かの魔法なのだろうか。


「目覚めたか、スパーダ。それでは始めるとしよう。《自己紹介》》を」


「ん? 待ってくれ」


「どうした」


 唐突な自己紹介の流れも目覚めたばかりでは酔いになるが、それよりも大きな違和感が俺を包んでいる。だってがいないではないか。


「──ローベンはどこだ?」


 俺は自分が焦っていることに気がついた。周りの顔色を伺うと皆、不思議そうな顔をしている。


 少し沈黙が流れて、裕人が気を利かせてか口を開いた。


「ローベン君は僕たちの部屋じゃないよ。この部屋にいるのは僕と司とピーター、そして君だ。スパーダ・リンドバーグ」


 俺の中で撃鉄が落ちた気がした。それと同時に思う。


 あれ? 俺ってこんなにローベンに依存していたのか?


 マックは頭を掻き、苛ついたようなため息を吐いて俺を睨んだ。


「……俺たちでは不満か。グリフィスの息子とどんな繋がりか知らんが、ここにいるのは俺たちだ。女々しい私情は捨てるがいい」


 そう吐き捨てたマックは奥の部屋にある円卓を囲う椅子に座り込み、腕組みをして黙り込んだ。


 ……確かにそうだ。俺には友達がいなかった。それを変えてくれたのは紛れもなくローベンだったんだ。だからずっとあいつがいるのが当たり前で、それは体の一部のような感覚。だけど今は違う。ここは別の世界で俺の住んでいた新しい世界。目の前にはこいつらがいるんだ。


「……不満なんかじゃねえ。なんていうか、ちょっと穴が空いただけだ」


 俺はベッドから出て奥の部屋へと進む。そしてマックの正面の椅子へと座った。俺に続いて裕人、司が椅子に座る。


 空気が変わる。俺はこいつらのことを知る。今ここにあいつはいない。いや、むしろあいつがいちゃ駄目なんだ。これは俺が前に足を踏み出すための大切な始まりなのだから。

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