13 自己紹介
「あの人3年生なのかよ!」
俺たち1組の生徒は入学式が終わってから引率の先生の指示のもと教室に向かっていた。担任紹介が式の最後にあったが、なぜか1組の担任だけいなかった。いま引率してくれているのは副担任の先生らしい。眼鏡姿の男性でそれ以外にこれといった特徴のない質素な印象を受ける。
「てっきり最高学年かと思っちまったぜ。あんな振る舞いの3年生なんて初めて見たもんだからよ」
「僕は学校行ってなかったから分からないけどね。まあこの学校は15歳越したら何歳でも入れるんだし、20歳ぐらいなんじゃない? あの人」
俺とローベンは先程見事な演説をした生徒会長について話し合っていた。少なくとも彼がとても優秀な生徒であると憶測は立ったが、管理生という役職を持った生徒という以外は何も分からなかった。
「……フン。そんなことも知らんのか、たわけどもが」
歩きながら話していると隣にいた眼鏡の生徒が辛辣な口調で返答した。
「あ? アンタは誰……あ、アンタ……」
この生徒だ。俺の名前で周りが口々に話し始めた時に止めてくれたのは。
「アンタと呼ぶな。せめてお前にしろ。スパーダ・リンドバーグ」
「え? 俺のこと知ってんの?」
「たわけ、貴様が名乗った名前だろうが」
……言い方キッツ! なんだこいつ!?
横のローベンも唖然とした表情でその眼鏡の男子生徒を見ている。俺の顔も多分、すごく渋い表情をしているのだろう。
彼は同い年ぐらいのように見えた。だというのにその固く閉ざされた扉のように動じない表情と、低く冷徹な印象を与える声変わりの賜物によって同世代だとは見えても思えない。
「む、そうか、俺も名乗らねばならんのか。俺はピーター・カーマック。マックとでも呼べ。君たちとは長い付き合いになりそうだ。よろしく頼む」
「あ、ああ……」
そして怒っているのか、礼儀正しいのかよく分からないというのも受けた印象だ。
おかしな空気が俺たちを包む。なぜ彼が口出しをしてきたのか思い出してこの空気を変えるため、俺は彼に尋ねてみた。
「な、なあ、あの先輩ってどんな人なんだ? あの白髪の在校生代表のさ」
「レヴェル・スピルバーグ。三年生にしてエーデルヴァルトの団体チーム『
「え? 能力者?」
この世界で生きる上での
「……劣等生、なんじゃないのか? 能力者ってのは」
俺は知り得た知識をただ言葉の意味だけでつなげてしまった。この使い方で生み出されるものは失言だった。
「……貴様もその口か。能力者は劣等生。魔法使いは欠陥品。魔法能力者こそが至高だと。……間抜けが。あの男の姿を見て何も思わなかったのか? あれは能力者にしてその至高を超える。個の力というものはその人間が持つ力の数で全てが決まるわけではない。その節穴は後々足元を掬われることとなるぞ」
マックはその険しい表情に睨みを追加して、俺に厳しい口調で忠告した。俺は自身の発言が失言であったことを理解し、ただ黙ることしかできなかった。
校舎に入ってから約10分ほど、気が遠くなるほどの長い廊下の突き当たりに一組の教室はあった。
学校の内装についてはこういった校舎の大きさを省くと、意外にもこの世界で初めて作られた学校というには近代化の進んでいるという感想だ。それでも大講堂の横にあった施設は古い煉瓦造りの修道院のようなものであったし、この学校で初めて訪れた校長室も歴史を感じる品々の山だった。何もかもが近代に染まったという訳ではなく、長い歴史も風化せずに残してあるというスタンスらしい。
教室の前に傘立てがあった。俺たちが傘を置いた時にはもうすでに置き場所はほぼ埋まっており、俺たちが最後となった。
「担任が来るまで座って待っててください。出席番号は前の黒板の張り紙に掲載されているので」
副担任は台詞のような言い回しでそう言うと、教室を出てきた。そして俺たちを一瞥すると、すぐ廊下の奥へと去って行った。彼が閉じた扉を開けて中に入ると、そこは戦場と化した教室であった。
「うお、押すなって!」
「馬鹿野郎、こっちのセリフだ!」
まるで喧嘩のような状況があちこちで起き始めていた。生徒達は黒板前に殺到し、一枚の張り紙をめぐって争いを繰り広げている。魔法界の若者は血の気の多い人間が大多数なようで、男子たちは押し合い、叫び合い、誰が一番先に名前を見るかの競争をしているように思えた。
しかし女子の大半は押し合いを避けて、黒板から少し離れた場所に立っている生徒が多い。困ったような顔もあれば呆れたような顔をした女子たちもいて俺はみんながみんな闘士のような性質を持っている訳ではないと分かり、ホッとした。
「……喧嘩か? これ?」
「す、すごいね。初対面の子も多いだろうに……若気の至りってやつ?」
「おっさんか、お前は」
俺たちはタイムセールにごった返した客のような集団から離れてそれが終わるのを待っていた。
「アンタらは行かないの?」
横にいた女子の一人が飾り気のない声で話しかけてきた。
茶髪のポニーテールで、俺より少し身長が高い。立ち振る舞いは大人しめというよりも活発そうで、俺は隣の家に住んでいたエレナ姉ちゃんのことを思い出した。
「行かねえよ。あんなのに突っ込んだら怪我すんだろ?」
俺はため息を吐きつつもっともな意見で返答した。するとその女子はきょとんした目を見せた後、見定めるように俺の体に視線を送った。
「……へえ、横のヒョロガリ君はまだしも、アンタは中々腕っ節に自信がありそうな見た目だけどねぇ。ま、人は見かけによらないってことか」
にまりと彼女は口角を上げて軽く笑った。ますますその顔が姉ちゃんに似ていてなぜかむず痒い気持ちになった。
「……褒めてんの? それ?」
「アハハ、僕は褒められてないよね」
「馬鹿しかやらない男子よりは断然いいよ。ホント、男子って馬鹿ばっかりだからさ」
やれやれと彼女はため息を吐いて机の上に座った。俺も目の前の止まる気配もない混戦に目を追いやって、馬鹿だらけだなと呆れていた。
「──入学早々、何をやってるのです。貴方達は」
その意味のない争いは鳩の一声によって終結を迎えた。
銀髪の長い髪を靡かせて、彼女は争いを引き起こした馬鹿どもを睨みつける。
「ひっ……マナ・ルーランドだ……」
「聖席十二貴族の頂点、ルーランド家の次期当主……」
男子達の顔が青ざめる。冷や汗をかき、そそくさとその場から離れる男子もいた。そんな彼らをジトっとした目で彼女は睨み、そして興味を無くしたかのように視線を大衆へと向ける。
「意味のない争いで時間を浪費することが私の最も嫌うことです。番号を確認したならば席に座りなさい。ほら、貴方達。前に来て」
「え?」
彼女は俺たちの方向を見て目で前に来るように合図する。俺たちは遠慮気味に黒板へと向かった。先程のまでの威勢はどこへやら、男子達は行進のような息の合い方で俺たちの通る道を開けた。
「私は賢明な者を好みます。……この程度の状況化で貴方達が真にそう値する者かは測りかねますが」
彼女はそう言ったきり、口を開かずに毅然とした表情のまま俺たちが番号を確認するのを待っていた。美しい銀色の瞳から放たれる信念を持った強い眼差しが俺には眩しい太陽のようにも感じられた。
その後は実にスムーズな流れで番号確認が行われた。争いあっていた男子達は互いに謝り合ったり、意気投合したりとあの短時間で友情を深め合ったようだ。心なしか場を治めた銀髪の少女の表情も柔らかくなった気がした。
「げ、お前か」
「何か文句でもあるか、スパーダ」
俺が座った席の前にやつがやって来る。ピーター・カーマック。呼び方はマックと呼べと言っていたか。マックは同い年くらいにも関わらず、厳格な顔つきのせいで少し老けて見えるような気がする。そしてキツい口調で話す時があり、少し苦手なタイプかもしれない。
「……いいや、何もないよ。よろしくな」
「ああ、よろしく」
マックはスッと手を出してきた。握手……だろうか? こういった礼儀に対しては素直というか真面目な対応をするみたいだ。
「? どうした?」
不思議そうにマックは首を傾げた。表情だけは頑なに変わらないため、対応と顔が合ってなくて少し面白おかしくて少し笑ってしまった。
「いや、真面目だなと思ってさ」
「……そんな人間ではない」
マックは分からんというように顔を背けて前を向き直った。周りを見てみるとローベンは俺からは少し離れた廊下側の席に座っていた。
「……あれ?」
そうして周りを見渡していると一席だけ空きがあった。そういえば入学式の時に席が一席だけ余っていたことを思い出す。
「なあ、マック」
「……どうした?」
ゆっくりとこちらを向いてマックが話を聞く体勢に入った。
「あそこのさ、空いてる席って誰よ?」
俺は指で空の席を指し示す。ピーターは少し考え込んでから席を立ち上がった。
「少し待ってろ。確認して来る」
「え? お、おう」
わざわざそこまで確認してきてもらうつもりではなかったのだが。それでもマックは俺が思っている以上に几帳面なやつなのかもしれない。
無言で木の床をマックは歩き、黒板の張り紙の前で立ち止まっていた。
「……ん?」
マックはしばらくその場から動かなくなった。そして戻ってきたが、気のせいだろうか。相変わらずの硬い雰囲気に加えて、少し暗い天幕が張られたような気がした。
「どうかしたか?」
「いや……マキナ……という名前らしい」
「へえー、
この質問をした時に初めてマックの表情が揺らいだ。そして気まずそうに口をつぐんで話そうとしなくなってしまった。
「おい、どうし……」
「皆さん、席について。ホームルームを開始します」
俺がマックに話しかけようとした時に副担任が教室に戻ってきた。立ち話をしていた生徒達が次々と自分の席に座る。俺もマックとの会話をやめて副担任の方を向いた。眼鏡の彼は機械のような目で周りの生徒を見回してから話し始めた。
「担任のライ先生ですが、諸事情により、遅れてやって来ると連絡がありました。このまま時間を浪費するわけにも行きませんので、私、副担任のクリフト・ソルジェイソンが代理として進行させていただきます」
クリフトは深々と頭を下げて挨拶をする。誰が始めたかは分からないが教室内は拍手に包まれた。
「この教室は『一般魔法科』の生徒のみが集まっています。ご存じと思いますが、一般魔法科の主となる学習内容は『魔法』と『能力』の知識と応用となります。1組から5組の生徒が一般魔法科の生徒としてこれから7年間この学舎で学ぶこととなります。皆が互いを知り、高め合い、成長していただければと私は思います。その手始めとして自己紹介をしていきましょう。それではマナさんからお願いします」
「はい」
左手側の机、その先頭に座る銀髪の少女が立ち上がる。優雅に髪を靡かせて、クラスメイト全員に見えるように体を向ける。
「西区レメトル養成所出身、マナ・ルーランドです。私のことをご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、私はエーデルヴァルトの『生徒』として今この場にいます。私に遠慮は結構です。素晴らしい日々を過ごせるよう、頑張っていきましょう」
姿勢を伸ばし、誠意を込めた辞儀でマナはこの場にいる者全員に挨拶をした。その仕草は一つ一つ無駄がなく、精錬されていて、あの発言から察するに彼女は自身の階級を気にしないようにと伝えていたのかもしれないが、少なくとも俺には発言とは裏腹に隠しきれない風格というものが出ているように見えた。
周りも怖気付いたような表情で彼女を見ている。それに彼女は気づいているのか、いないのか。表情がいかんせん動じないためにその判別はできなかった。
それから自己紹介が続いていき、俺の斜め左後ろの女子に順が回ってきた。
「南区ウィルバル養成所出身、リサ・アマビリスです。えーと、あたしには年の離れた弟がいます。そのせいかもしれないけど、がさつな性格だとよく言われます。ま、みんな気軽に話しかけてきて! 相談でもおしゃべりでもなんでもいいからさ! 1年間よろしくね!」
つい先程、黒板前に立っていた俺に話しかけてきたポニーテールの彼女は屈託のない爽やかな笑顔を見せた。纏う雰囲気は姉貴肌や男勝りといった感じで、俺は彼女となら隠し事なく話せそうな気がした。
自己紹介は続く。次は俺と関わったあの生徒だった。彼は姿勢を正し、敬礼の構えをして叫び出した。
「南区ウィルバル養成所出身ッ! 名門クレイストン家の嫡男! レビン・クレイストン!! 名に恥じぬ活躍と皆を楽しませることに全力を注ぎ、この教室を楽しいで溢れるクラスにすることを誓うッ! 皆よ……ヨロシクゥッ!!」
馬鹿でかい声で先輩のタオルを妬んだ男は宣誓をし、勢いよく頭を下げた拍子に机で頭をぶつけていた。その行動は見るからに、まあ、馬鹿で、名門にふさわしい行動なのかどうかはグレーゾーンを通り越しているとは思うが、クラスメイト達はその姿を見てみんな爆笑していた。
ムードメーカー。その言葉が彼を体現するにふさわしい言葉になるのではないかと思う。一年間、苦楽を共にする仲間たちにそういった人間は必要だ。俺もその姿を見て笑ったが、レビンはそんな俺をあの時と同じ目で睨みつけてきた。……まだ根に持っているというのか。その執念深さも彼の特徴なのだろう。俺の快い笑いはこの先どうしようかという苦笑へと変わっていた。
俺の前にまで順番が回ってきた。マックは真っ直ぐに起立して自己紹介を始める。
「東区バドルド育成所出身、ピーター・カーマック。1年間よろしく」
恐ろしいまでに定型を倣った自己紹介をして、すぐに席に座るマック。クラスメイト達は困ったような、避けるような表情を見せる。初対面で分かる情報が少ないということはこれからの関わりを自ら絶ったようなものだ。マックは今どのような顔をして前を向いているのだろう。
俺の出番が回ってきた。一つ深呼吸をして、整え、僅かな緊張感をかき消して俺は席を立つ。
「別世界から来ました。ノ……スパーダ・リンドバーグです。全くといっていいほどこの世界のことは分かりません。迷惑をかけることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」
俺は一礼してから席に座る。
──分かっていたさ。入学式での皆の反応。あれが決して俺にとって良いものではないということぐらい。
俺は周りを見ない。見ないから皆の姿は分からない。だが聞こえてくる騒音だけは止めることができない。
「……おい、やっぱり本当なのか? でもスパーダって聞いたことないし……」
「だよな。だって王家は子が産まれると毎度パレードを開くだろ? スパーダって王子の出産パレードなんて記録にないぜ」
口々に騒ぐクラスメイト達。その勢いは増していき、話していない生徒達はいないかというほどのざわめきとなる。
クリフトも驚いているようで呆然としていたが、気を取り戻したかのように皆を沈めようと手を尽くす。それでもその声は喧騒の中にかき消されて届くことはない。そして限界を超えた男子の一人が大声で叫び出した。
「嘘をつくな!! 神はもうこの国にはいない! お前は嘘つきだ! 俺がどれだけ苦しい思いをして生きてきたかも知らないくせに……!」
金髪のその男子は俺の前にまできて俺の胸ぐらを容赦無く掴み、その上で首を握り締めた。
「ぐ……おっ……! や、めろ……!」
絞め殺そうとするような力で首を絞められ息が消えかける。苦し紛れに彼の顔を見ると、彼の顔は怒気に包まれ、吐き出しようのなかった妄念を俺にぶつけているようだった。
「お、おい! やめろって!」
クラスメイト達が彼を止めに駆けつけてくる。
──ああ。まだマシだな。こうやって暴力を振るわれても、まだ助けようだなんて思ってくれる人がいるのは──
フラッシュバックに溶け込んで、俺の意識が消えようかというその時、
「──何の騒ぎですか、これは」
皆の注目が前の扉へと集中する。場の空気は一転して静寂に包まれた。
「ぐッ……ゲホッ、ゲホッ……!」
「大丈夫か!? ノア!?」
手が離された俺はずるりと机にもたれかかるように落ちた。
俺は差し出された手を取った。ゆっくりと立ち上がると青ざめた表情のローベンがおり、焦りながらも俺をこの人混みから脱出しようともがいているようだった。
ローベンの肩を借りて何とか脱出するとローベンと同じように青ざめた表情のクリフトが俺の前に駆けつけた。
「クリフト先生。スパーダ君を保健室に連れて行ってください。この騒動を解決したら向かいますので」
落ち着いた女性の声が聞こえた。その顔は忘れるはずもない。だけど違うのか。彼女のその横顔は美しさを保ったまま成長し、大人びた印象を持った
「──ああ、いるじゃん」
俺の口からふっ、と息が漏れた。俺の向けた視線の先には扉から怯えた表情で顔を覗かせる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます