10 フェイク・ザ・フェイス

「しっかし魔法連合広すぎだろ。どこまでこの廊下続いてんだよ」


 グリフィスの部屋を出てから俺は永遠と廊下を歩いていた。既に五分ほど歩いている気はするが、まだ行き止まりが見えないほどにこの廊下の直線は長い。こんなに長くて逆に不便ではないのかと思う。


 未だに人とはすれ違わない。後ろを振り返っても人はいない。どこにも人がいなくて少し不安になるが、人の話し声は様々な部屋の中から聞こえてくる。会議中なのだろうか。


「このままだと迷子になりそうだな」


ふと横を見ると曲がり角があり、そこには『立ち入り禁止』と書かれた看板がある。よし、帰ろう。これ以上歩いても意味はなさそうだし。


「──何やってんだ? 俺?」


 気がついたら俺は立ち入り禁止区域の中に入っていた。「なんでだ」と真っ先に思ったが、「とりあえず出なければ」という考えの方が次第に大きくなり、俺は光の見える方向に体を捻った。すると反対方向の暗がりに見える奥の部屋から話し声が聞こえてきた。


「グリッジは吐いたか?」


「いいや、やはりベルバードに洗脳されてるみたいだ。動かねえ人形みたいになっちまった」


「せっかく捕らえた影だっていうのによ。まああと三人ぐらいいる。こっちからも手練れの解術師を呼んでなんとかベルバードの場所を吐かせよう」


 立ち入り禁止区域での会話なぞ聞いていいはずがない。だがそれと同じぐらいに聞いてみたい話だ。俺は物音を立てないようにもっと近づいて会話を探った。


「剣使いの方はどうなってる?」


「影も剣の舞も最近はあまり見かけない。だが最近、影が闇討ちされてるって話だ。それもどうやらそれをしてるのは剣使いじゃないやつだとか」


「影の相手が普通のやつに務まるのか? 影の面子は基本的に剣使いだろ。そんなやつ、俺らでも三人がかりでなんとかってレベルだぞ」


「相当な手練れらしい。なんでも遺体の大半は鋭いもので心臓を一刺し、それでもっと奇妙なのはそいつらのなかには奴らがいるみたいだぜ?」


「こっわー。そりゃどんな魔法だよ? ま、とりあえず次行くか」


 中から聞こえてくる男の声が近づいてくる。まずい、間違いなく部屋から出るつもりだ。このままじゃ聞いてたことがバレる。


 周りを見渡してみるが左右にある通路は暗闇に覆われ、その先がどうなっているのか分からない。


「兄ちゃん、こっちについてこい」


「!?」


 立ち往生する俺の背後から突然男の声が聞こえた。振り返ると貴族風のハットをつけた男が立っていた。顔はあまり見えないがまだ三十代くらいの若々しい顔をしているように見える。俺は彼の案内の下、奥の部屋の手前にある曲がり角に音を殺して駆け込んだ。会話をしていた男たちは部屋から出てそのまま俺が通ったであろう立ち入り禁止区域外の方に向かっていった。


「あ、ありがとう。アンタは誰だ?」


「そら聞くわな。俺はフロダロント・メイガス。探偵だよ」


 ランプに火をつけてその男は周囲に明かりを広げた。その顔は俺の予想通り若々しく、そして悪戯気を含んだ二枚目半の顔立ちをしていた。


「探偵?」


「ああ、探偵だ。正真正銘のな。ほれ」


 そう言って男は名刺を出した。『メイガス探偵事務所 代表 フロダロント・メイガス』という文字と鳥を象ったロゴがその文字のバックを飾っていた。


「胡散臭え……」


 恐らく俺は今とてつもなく渋い顔をしていることだろう。立ち入り禁止区域にいる探偵を名乗る不審人物。こんなのを前に顔を顰めない方がおかしい。


「そういうなよ。助けてやったろ? さて、君はなぜこんな場所にいるのかな」


 興味深く、全てを洗いざらいに吐かせたいという欲望が見え見えの声でその男は訊いてきた。


「分かんねっす。強いて言うなら無自覚っすかね」


 そうはさせまいと俺は何の問題もないと伝えるように淡白な返答をする。


「無自覚? ハッハハ! お前さん、相当危ねえやつだな! 魔法連合の立ち入り禁止区域に無自覚で入るなんざ相当の命知らずだぜ?」


「……そういうアンタも入ってんじゃねーか」


 高笑いするフロダロントに対して俺は呆れて目線を逸らした。


「俺は探偵だから上手く身を隠して情報ぐらい集めれるさ。なあ、君」


「! アンタ、俺のことを知ってんのか」


「だってさっき会ったじゃねーか?」


「え? あれ……」


 そういえばこのローブどこかで……。


「じゃあこれなら分かるかな?」


 そう言ってフロダロントは顔に手を当てた。そして手が離れるとそこには先程出会った男の顔があった。


「!? ルックスウィール!?」


「そう。お前たちが会ったのはコジー・ルックスウィールに変装した俺だったってわけだ」


 フロダロントがもう一度顔に手を当てる。すると先程までのルックスウィールの顔は元の二枚目半の顔に戻っていた。


「……アンタは一体何が目的なんだ?」


 俺は不審がって尋ねる。


「俺は魔法連合に囚われている影の顔を覚えに来たのさ。俺は顔さえ分かれば変装でなんとでも誤魔化せるんでな」


「お前も影なのか……!?」


 俺はポケットに手を入れ杖を握る。もしこいつが影ならば何とかしてここから逃げなければならない。しかし俺の言葉に反応してフロダロントの顔に怒気が混じり出す。


「……あんな奴らと一緒にすんじゃねー。俺はあいつらを潰すために探偵をやってんだよ。ちなみにな、このルックスウィールという男も影だぞ」


「……なんだって?」


 俺はポケットから手を抜いて、フロダロントの顔を見る。


「コジー・ルックスウィールは魔法連合総務局の一人だが、実は数年前からあの馬鹿とつながってる。俺はこいつを炙り出して顔を奪い、連合の内部を嗅ぎ回ってるってわけよ」


「……おい、そんなの俺に話して大丈夫なのか?」


 こんな簡単に自身の正体と目的を曝け出すようなやつが本当に探偵業なんて出来るのだろうか。


「あん? ハッハハ。大丈夫さ。だってお前さん、あの野郎に一番こっ酷くやられたやつじゃねえか。そんなやつがあいつの肩を持つなんざ万が一にもありやしねえさ」


 フロダロントの高笑いが反響する。これで他の人間がやって来ないかが一番心配なのだが。


「なあ、実際そうだろ? 闇の王なんざ言葉にすんのも気色悪いよなぁ?」


 俺の肩に手を伸ばして耳元に話しかけてくる。その言葉には紛れもない嫌悪が含まれていて、それに加えてとてつもない嘲った声のトーンだった。


「……まあな。聞く限り、本当にロクなやつじゃねえみてえだしな。この世界をぶち壊して一体何がしてんだろうな」


 俺は静かにフロダロントを押し退けて答えた。


「さあな。野郎の考えてることなんざ考えるだけで吐き気がするってもんだ。ただ、確実にこれから動こうとしていることは分かる。さっきの職員たちの話を聞いてたろ? あいつらが話してたのも影たちが魔法連合職員に化け、連合ここに侵入して情報を流してたって話だ。そいつらは捕らえられて言葉を吐かせる『解術師』って奴らが頑張ってるらしいが、あいつの洗脳で既に脳死してんだとか……ほんっとうに趣味が悪いな」


 フロダロントは頑なに「闇の王」という単語を出したがらない。そして吐き出される罵倒の数々に、隠しきれない嫌悪を混ぜたその声色。その過去に一体何があったのかと、こんな胡散臭い相手のことを考えてしまうのはこの世界で命取りになりえるのだろうか。


「ま、お前に伝えておきたいのは、この世界では信用する人間は考えて選べってことだな。一番大事なのは力だ。人を観察しろ。その挙動を、吐く息や鼓動さえも。隠しきれない何かが人間には備わってんだ。だからで人間を信じるんじゃねえぞ。人間って汚ねえ生き物だからよ」


「じゃあアンタは信頼していい人間なのかな? 俺はアンタのことが一番信用できねえんだけどよ」


 フロダロントの忠告。それは間違いなく真理をつくものだ。人間なぞ自分が可愛くて仕方がなくて、そのためなら信頼も自分も捨てて媚びることのできる生き物だ。この場で一番怪しいこの男から出る言葉が最も正しく感じられるとは皮肉なものだが。


「その通りさ。俺なんかが一番信頼すべき人間じゃねーよ。この世界では私利私欲のために動くやつが大半だ。実際俺だってそうだしな」


 フロダロントはニヤリと笑い、俺の肩に手を置いた。

 俺はその手を退けることなく質問を一つ投げかける。

「じゃあアンタはあんまり信頼しないでおくよ。だが一つ聞きたい。エーデルヴァルト校長、オースター・ネルソンは信頼できる人物かい──?」



 ──数分後


 校長がグリフィスの扉を開いた。初めて部屋に入った時と同じように問答無用で、その姿はさながら空き巣に入る強盗のようだとも思えた。


「おや、一緒だったのですね」


「二人ともちょうどこの部屋に戻るところでの。ローベン君よ。有意義な話はできたかの?」


 校長は朗らかな笑みを作りながら言った。俺はあの後フロダロントと別れた。フロダロントはまだ調査が済んでいないとあの暗闇の中に消えていった。そしてバレないように注意しながら『立ち入り禁止』の看板を横切り、廊下を歩いていると正面からこちらに向かってくる校長と出会ったのだ。


「はい。とてもいい時間になりました。このような機会を作っていただきありがとうございました」


 ローベンは背筋を伸ばして礼を言った。


「親子で揃う姿を見るのも久しぶりじゃのう。わしは親子の姿を見るのが好きでな。親のいない子もこの世界にはたくさんおるのじゃ。そのこともちゃんと理解するのじゃぞ?」


 相変わらず校長は宥めるような声でローベンに言った。


「はい」


「さて、そろそろ帰るかの。世話になったな、グリフィスよ」

「私も息子と再会でき、嬉しい限りです。ありがとうございます。ローベン。頑張るんだぞ」


 ポンとローベンの頭にグリフィスが手を置き、くしゃくしゃと頭を撫でた。ローベンは恥ずかしがっているのか頬が赤らんでいるように見えた。


「うん。……また会えるよね?」


「もちろん。いつでも来てもらっていいぞ。でもこれからまた忙しくなるからな。しばらく後になるかもしれんな」


「そう。それじゃあまたね」


 ローベンが名残惜しそうに手を振った。


「じゃあな。最近は治安もあまりよくない。私たちもじきに警備を強めるつもりだ。それまではできる限り路地裏などは使わないようにな」


 グリフィスは忠告して手を振り返した。心なしか彼の振り返す手もローベンと同じような名残惜しさに包まれている気がした。


「では行くぞ、君たち」


「……はい」


 俺たちはグリフィスの部屋を後にした。そして帰路に着き、長い廊下を歩いていく。


「そういえば、校長先生は何をしていたんですか?」


 ローベンが思い出したかのように尋ねた。


「ん? わしはこの世界では顔が効く方での。魔法連合の偉いさんとお茶会でもとな」


 笑いながら校長が茶化して答える。……どうしてもあのフロダロントののせいで、この老人のことを疑わずにはいられない。


「そうなんですか。ノアはどうだった? 散歩してたんだろ?」


「え? ああ、ここは広すぎて迷うってぐらいだ。立ち入り禁止のところも多いしな」


「……行ったりしてないよね?」


 突然疑惑をかけられて心臓が跳ね上がるのを感じた。もちろんそれは今からという罪悪感も入り混じっていて、俺の胸は少し痛い。


「分かりやすく立ち入り禁止って書いてあるところにわざわざ行く馬鹿がいるか」


 何とか平然を装って俺は答えた。多分顔には出ていないと思うが……。ローベンはその言葉を聞いて胸を撫で下ろす。……悪い、ローベン。嘘ついちまって。


「しかし広いじゃろ魔法連合は。スパーダ君はあの辺りを歩いていたのかね?」


 言葉の一つ一つに疑いの目をかけてしまう。何故こうも校長は怪しさというものしか出せないのだろうか。


「ローベンとグリフィスさんは7年ぶりの再会なんすよ? 俺がいたら話しづらいと思って連合を探検していたんです」


「なるほどのぉ。魔法連合は見ての通り広いから何があるのか気になるのは無理もないことじゃ。しかし、好奇心は使い所によっては命取りにもなろう。注意するのじゃぞ?」


「……はい」


 思い出す。フロダロントとの会話を。


 ──エーデルヴァルト校長、オースター・ネルソンは信頼できる人物かい?


 ──できないね! ネルソンは魔法連合と深い繋がりのある重要人物だ。確かに教師としての腕前は凄腕だが、人間としては信用しない方がいい。あーゆージジイが一番タチが悪いんだよ。もしエーデルヴァルトに入学するってんなら肝に銘じておくことだな。ってな──


 俺はこの校長を信頼していいのかずっと考えている。何故検問所にああも都合良く現れたのか。何故俺の存在を知っているのか。何故、その口から出る言葉が耳に残るのか──


 疑惑は尽きない。疑心暗鬼から生まれる不審感ほど気持ちの悪いものはない。その不快感を生み出すこの老人の本当の顔とは一体どんなものだというのか。


「そうじゃ。二人とも、エーデルヴァルトに入学するかどうかの返事は決まったかね?」


 歩きながら校長が急に思い出したかのように言った。ローベンは少し黙り、考えた後に返答をした。


「……僕はエーデルヴァルトに入りたいです。ノアは?」


「……俺もエーデルヴァルトに入ろうと思う」


 フロダロントに言われたようにこの世界で信じられる人間は少ないだろう。言った本人があれなんだから相当にこの世界が腐ってることは分かる。それでも前に進まなければ何も変わらない。


「分かった。学校に帰ってから手続きをしよう。それとスパーダ君。どれだけそのノアという名前が気に入っていてもこの世界ではスパーダという名前で登録せねばならないよ」


「何故です?」


「この世界では本名があるのに別の名前を使うのは実は不名誉なことなんじゃよ。別の名前を使うのは大体が血の断層にとって不都合のある人物が魔法連合から与えられた名前を使って正体を隠したりするのに使われておるのじゃ。それに君にはな名があるのにそれを使わない手はあるまい?」


校長はいつも上から語りかけてくる。宥めるように見えて、それは常に人の上に立っている。言い方を悪くすれば上から目線だ。その立場から相手の姿を一方的に決めつけているということに彼は気づいていないのだろうか。


「……そっすか。やっぱり慣れねーすけど、俺は自分の本名をこれから使うことにします」


「友達に言われるだけならば今のままの名前でも問題ないからね。ただ学校に所属する以上はという話であって」


「分かりました」


 その後、俺は何も話さずに廊下を歩いていた。ローベンはよほど父親と話ができて嬉しいのか笑顔を絶やすことはなかった。校長は鼻歌を歌いながら軽快な足取りで歩いていた。そして黄金に輝くロビーに入り、金の装飾の施された扉に入る。その中は行きに入った真っ青な壁面と線の走る部屋だった。そして校長の言葉と共に線は赤く発光し、白の景色を超えると何の飾り気もない石工の部屋が広がっていた。


 伸びを一つした時、扉が開いた。その扉を開いた主はオリバーだった。


「お帰りなさいませ」


「さあ、帰って来たぞ。まずは一度自分の部屋に戻っておきなさい。オリバーよ、二人を案内してくれ」


「承知いたしました」


 校長はオリバーにそう伝えると足早に部屋の右に向かって歩いて行き、姿は見えなかったが扉を閉めた音が聞こえた。


「? どうしたんだろう」


「……ま、行こうぜ」


「……うん」


 俺たちはオリバーに連れられて昨日の客室へと案内された。


 俺たちは部屋に戻ってからソファに座り、隣り合って今日あったことを話した。そして真っ先に受けたのはローベンからの叱責だった。


「ノア! 何勝手に入っちゃいけないとこ入ってんのさ!?」


 ローベンが大声で怒鳴った。それは凄まじい形相で、あまりのうるささ故に耳を防ぐほどだった。


「いや、なんも記憶ねーんだよ! 入った時の記憶が! 気がついたらいたんだって!」


 俺も抵抗して声を荒げる。記憶がないから一方的に注意されると認められなくて少し頭にきてしまう。


「全く……その探偵さんが助けてくれたから良かったけど、もし関係者だったらどうなってたことか」


「フロダロントもあまり信用できるやつじゃない。顔を自由に変えれるなんて胡散臭えだろ」


「そういう問題じゃないよ……」


 深いため息を諦めたようにローベンは吐く。


「俺の話はもういいだろ。んで、そっちはどんな話をしたんだ?」


 自分の話をされるのは癪に障る。俺はローベンに話を振って強引に話題を変えようとした。


「……ま、いいや。これ以上君に言っても聞かないだろうし。僕は父さんの昔話を聞いたんだ。楽しそうに話していた。息子と7年ぶりに再会できたのがよっぽど嬉しかったんだろう。僕も嬉しかったし」


「そりゃ当然だろ。だって7年だぜ? そんな長い間も会えなかったんだ。お前も親父さんも嬉しいに決まってる」


 父親と息子、か。俺の本当の親父はどんな人だったのだろうか。もうこの世にいない以上、この目でその姿を見ることはもうできないのだが。


「父さんは僕にエーデルヴァルトへ入学しろと言った。僕もここでもっと色々なことを学びたいんだ。ノア、君はどう思っている? 僕たちはこの学校で学ぶべきか?」


体を乗り出してローベンが訊いてきた。あくまでもローベンは俺に合わせて決断するつもりのようだ。


「……俺もここに入学するのが今一番いいと思う。正直あまり信用はできないが……これだけ大きな学校だ。入った以上は絶対俺たちの面倒をちゃんと見てくれるさ」


 その時、コンコンという音と共にガチャと扉が開く音がほぼ同時に鳴り響いた。


「失礼するよ、二人とも」


 扉を見てみると校長が何やら厚めの紙を持って俺たちの部屋へ上がってくるところだった。


「校長?」


「君たちに書いて欲しいものがあってな」


 そう言って校長は俺たちの向かいのソファに座ると、二枚の紙を俺たちの前に差し出した。


「これは?」


「これはエーデルヴァルト魔法学校の入学届じゃ」


「おお!」


 ローベンは差し出された紙を手に取り、裏表ともに目を通した。


「君たちは実はとてもいいタイミングでこの世界に来たのじゃ。一週間後にこの学校の入学式がある。少しこちらの対応が大変じゃが、そこはわし達の仕事の話じゃ。書類を提出してもらえれば君たちも問題なく入学できるぞ」


「やったね! ノア!」


「……いいや、違うぜ、ローベン。俺はとしてはこの世界では行けていけねーみてーだ。俺は。記憶は一切ないけどこれからはそいつになって生きてやるさ」


 そう言って俺は氏名欄に名前を書いてゆく。初めて書く自身の名の違和感が手を包み込む中、俺はこれからの人生を名付けられた名ではなく、俺自身の名前で生きていくのだと実感した。

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