8 対話

「お茶を淹れてきます。そこのテーブルにお座りください」


 グリフィスは目の前の綺麗なガラステーブルを指差してから奥の部屋に消えて行った。

 

 少しすると彼は盆にカップを乗せて戻ってきた。香り高いハーブティーだった。


「自己紹介がまだでしたね。私はグリフィス・ハーバー。魔法連合尋問部所属、総会議長をしております。そしてローベンの父です。どうです? 似てますか?」


「似てるかって言われると……まあ似てる……かな?」


 正直言ってあまり似ていない。似ている部分といえば鼻筋ぐらいか。それにグリフィスは穏やかな顔つきだが、俺のいた世界であれば俳優として活動しても人気になりそうな二枚目面をしている。ローベンには悪いが、それはローベンにないものだ。ならばローベンは母似なのかもしれない。ローベンの母親がどんな人なのかも知らないが。そういえば校長はローベンとグリフィスが似ていると言ってたが、どのあたりを見て言ったのだろう。


「微妙な反応ですね。あまり似てないかもしれませんな。ですが私の息子です。この子が7歳の時に神殺しの夜が起き、私はこの子を殲滅局に引き渡し、ここではない世界に逃したのです。そして運命のいたずらか、スパーダ様とローベンは出会いこの世界に戻ってきた。ということですな?」


「そういう事……ですね。なんでそれを知ってるんすか?」


「校長から少しお話を聞いておりますので」


 淹れた茶をすすりつつグリフィスが言った。


「そうすか。じゃあ今日の本題もわかってらっしゃると。早速で悪いんですけど聞かせてください。神殺しの夜について」


「……ええ、どのような事でしょう」


「あの夜が起きて俺の家はどうなったんすか? まだ残っているんすか?」


 校長は俺の家については何も話していなかった。気にしすぎかもしれないが、俺は校長が伝えなかったことは何か意味があるからだと思っている。例えば、何か隠し事があるとか。


「リンドバーグ家周辺は立ち入り禁止区域になっております。周辺は戦闘の被害が大きく、魔力の濃度が高すぎるのです。スパーダ様は神殺しの夜がどんな結末を迎えたか知っていますか?」


「確か殲滅局局長が闇の王を倒して、街の影たちをグリフィスさんたちが鎮圧したんじゃなかったっすか?」


「はい。その通りです。ローズベルバードは殲滅局局長のセルリッドに敗北し、逃走しました。しかし彼は手段を選ばずにベルバードの撃退に能力を使ったのです。その影響で周辺はもう生物が一切生きられない環境になりました。この区域は禁域と呼ばれ、魔法連合が結界を張って何人たりとも入れないように対応されています」


 グリフィスは思い詰めたような顔で淡々と説明をした。しかし生物が一切生きられない環境……一体どんなことをすればそうなるというんだ。


「そうか……一度行ってみたいと思ったんだけどなぁ」


「……不確実なことですが、もしかするとスパーダ様なら行けるかもしれませんね。……貴方は──」


「?」


 グリフィスが最後になんと言ったのか聞き取れなかった。掠れるような声だったから俺の耳には『貴方』はまでしか入らなかった。しかしその目線は右腕に集中している。それは間違いなくに関することだろう。


「こいつにはこの国に入る時に助けられたんです。この世界に来るまで紋章だってことさえ分からなかったけど。俺はこの世界で剣使いが取り締まりを受けているなんて知らなかった。だから入国の際にその力を見せたら捕まりかけたんです。……剣使いは本当にそこまで危険な人間なんですか? 全員が闇の王のように暴虐で、悪業を成すためだけにいるような者たちばかりなんですか?」


 素朴な疑問だ。だっておかしいじゃないか。危険な能力を持っていても悪行に走らずに生きている人間だっているはずだ。


 人間とは一人一人が違わなければならない。それは「個」として存在する生命の正しい在り方だからだ。悪人がいれば善人がいる。剣使いだって同じはずだ。なら、悪を成さない善の剣使いまでも生きる道を閉ざされるのは違うのではないか。


 グリフィスは少しの間黙り込んだ。そして話す内容を固めたようで、俺の顔を見てゆっくりと話し出した。


「剣使いは本来、聖五神一族のみが持つ力でしたが、約800年ほど前に聖五神一族を除く人間から現れ、そして大戦時代に現れた『ルーガ』という人物が原初の魔法能力者であり剣使いと言われています。かの有名なルーガ第五魔法能力者制度の名の元となった人物です。彼の出現により今まで断層の中でも極々稀に現れる剣使いが連鎖的に増えていき、当時はまだ少なかった魔法使いも増えていきました」


 説明つけるためかグリフィスは剣使いの歴史を話し始めた。だがここで今更な疑問が浮かび上がる。


「……すいません、その、今って何年なんですか? それにその大戦時代っていうのは?」


 そういえばこの世界がどれほどの歴史を積み重ねてきたのかを俺たちは知らない。俺の暮らしていた世界がどれだけの歴史を持つのかさえ分からないが、その世界から切り離されたこの世界はそもそも俺たちの時間という概念で説明つけられるほどの単純な時間軸で進んでいるのだろうか。


「ああ、そうか。こちらのことはまだまだ知らないことだらけでしたね。実はこの世界の誕生の起源は分かっていません。というのも一度だけ断層の歴史はした時がありまして、その消滅以前を『旧世紀』それ以降を『新世紀』と呼びます。今は新世紀1021年で、大戦時代は今から約700年前のことを指します」


「消滅……?」


 次から次へと分からないことが出てきてキリがない。消滅ってなんだ? 歴史がそれこそ空白になったかのように残らない、この世界に生きる人間たちがあるはずの過去に何一つ辿り着けていないということか?


「旧世紀については今までに様々な学者や研究者たちが調査を行いましたが、その詳細の一切が残っていないのです。ただ、推測できることは旧世紀と新世紀の分岐点にが起きた。そしてその結果、それまでの築き上げられてきた文明は失われ、国を治めるようになったのが貴方の家系であるリンドバーグ家もとい聖五神一族であるということです」


 つまり1000年ほど前の何かをきっかけに聖五神一族は国を治めるようになったと考えられているというわけか。そして旧世紀のことが何一つ分からないのはその核心に迫る遺産が残されていないから……ということだろう。


「新世紀になってからは明確な歴史……といっても始まりは1000年も前の話ですから詳細な内容は分かりませんがね。とりあえず歴史は残っています。そしてその歴史を語る上でやはり外せないのは大戦時代ですね。断層の転換期とも言われるほど重要な時代ですから。ロビーにあるテガロス像はご存じですかね?」


「え、はい。見ました」


 色々考えてたところに話を振られて軽く驚いてしまった。


「彼無くしては歴史を語ることはできません。彼は大戦時代を終わらせ、約700年もの間、国家間の争いのない世界を作り上げました。しかしそれはあくまでも国家間での話。個人個人での争いなどは絶えることはありません。そこで大きな存在感を出していたのが剣使いたちです。彼らは強い。私たち普通の魔法能力者では三人がかりでやっと勝負になるかというような相手ですから」


「そんなに!?」


「!?」


 今度は突然のローベンの叫びに驚かされることとなった。


「ですが彼らは徒党を組むことはありませんでした。何故なら彼らはを試す傾向にあるのです。自分が一番強いと証明するために彼らは戦いを各地で繰り広げました。そしていつしか剣使いたちは断層での強さの象徴とされ、崇拝されてきたのです」


「……でも今はあなたたち魔法連合が剣使いを取り締まっている。もう崇拝の『対象』ではなく恐怖の『象徴』となっている。そうですね?」


 俺は少し低い声色で圧を強めて言った。検問所での一件。俺を捕らえたあの兵士たちの表情は紛れもない恐怖からくる怒りだった。栄光を極めた剣使いはすでに究極の悪としてこの世に植え付けられている。そうなってしまった今、もう剣使いおれたちはこの世界の理不尽を受けるしかないのだろう。


「……ええ。人々は剣使いを恐れています。無理はありません。魔法能力者が複数人で相手になるような剣使いがついに組織を挙げてあろうことか神たる王を殺したのです。それが神殺しの夜。私はこの事件は大戦時代に匹敵するほどの転換であると考えています。我々魔法連合は剣使いの力を危惧し、剣使い取締条例を出しました。貴方の前でこんな話をするのはおかしいかもしれませんが、私は剣使いの力は脅威であり、人々にとって平穏を壊す存在だと思っています。剣使いが取り締られるのも当然だと」


 グリフィスは俺の顔を真っ直ぐに見つめてくる。それは混ざり気のない彼の思いを込めたかのような顔だった。だからこそ俺も俺の真っ直ぐで返答する。


「そう……ですよね。人は剣使いに恐怖する。それは自分達よりも力の勝る人間が悪いほうに力を使い、取り返すことの出来ない惨劇を起こしたから。当然ですよね。だって剣使いを取り締まらなければ彼らはその力をさらに増大させて振るうから。そうなったらもっとひどい結末が待っている。だけど──? グリフィスさん。捕まった剣使いはどうなるんですか?」


「…………」


 少し間を空けた後重々しくグリフィスはその口を開く。


「……捕まった剣使いたちは取り調べを受けます。そしてそれまでの経緯を調査し、その名前が偽名であるか真名であるかを調べます。剣使いは我々の目を逃れるために名前を変えて活動することが多いためです。その後は留置所に入れられ、裁判にかけられます。そしてその後はその結果によって各地の牢獄へと送られることとなります」


「その中に、無実の剣使いは?」


「……いない、とは言い切れません。無実の罪で釈放された者もいます。ですが私たちは魔法連合。世界の平和を守るために取れる手段を取ることが仕事です。神も殺され、戦争も起きるこの世で迷い、苦しみ、絶望に落とされた人々を導かなければなりません。それが例え非情な手段であろうと、私たち──いや、はより多くの人々を守ります。それを分かってください……スパーダ様」


 深く、様々な葛藤を体現するかのように、グリフィスは頭を下げた。


 ──俺は卑怯だ。この人だって悪い人間じゃないのは分かっている。ましてやそれが上に立つものであれば非情な選択を取らなければならないことも分かる。だけどそれを含めても俺はこの心の中をぶつけなければならない。それは偏見や差別によって生み出される謂れのない罪を受けた者として。それを心から思った、俺自身の意志として。


「はい、とは頷きたくありません。俺は知ってます。自分は何も悪くないのに、自分が一方的に悪いと決めつけられる苦しみを。グリフィスさんは多くの人々を守るといいましたよね? それが全ての人間に対して公平に与えられる守りであるというのであれば、それは何の悪も成していない平穏を望んだ剣使いたちにだって与えられるべきです。……俺はまだこの世界のことよく分かんねえけど、今のやり方では真の平和は訪れない。それにこのやり方じゃ、更なる争いを生むだけです。俺は──……納得、できません」


 甘い考えだと一掃されるだろう。いや、一掃された方がいいのかもしれない。だってこれは俺の持論だ。グリフィスは上に立つ者として正しい行いをしている。俺のようなこの世界のことを何も知らないガキが垂れ流した幻想を受け入れるほどの甘さを彼は持たないだろう。

 

 思い出す。昨日の幻かもしれないあの姿を。あれが考えられる最低の扱いだというのであれば、俺の言葉が戯言だとしてもこうやって伝えなければならないのだ。


 グリフィスはどこか思うところがあるのか、しばらく黙り込んで考えていた。そしてその二枚目面に深い皺を刻み込んで彼は話し出す。


「……スパーダ様はこの世界の勢力が三つあることをご存じですか?」


「三つ? 魔法連合と影の二つじゃないんですか?」


「二つとも正解です。しかしこの世界には第三勢力として『剣の舞』という革命軍が存在します」


 剣の舞? そういえば検問所で検問兵がチラとそんなことを言っていた気がする。


「剣の舞は構成員全員が剣使いで、我々魔法連合と対立しています。3、4年ほど前から活動を始め、剣使いの地位を回復させるために各地で魔法連合の支部を攻撃したり、剣使いの解放をしているのです。……これは私たちの対応で救いきれなかった人々の怒りです。スパーダ様のおっしゃった更なる争いは既に起きている。しかし……しかしそれでも、私たちは彼らの怒りを受け止めながら戦い続けなければならないのです」


 グリフィスはより強くその顔に皺を刻む。彼の葛藤がひしひしと伝わってくる。


 ──やはり魔法は全てを解決するような奇跡ではないらしい。この世界は奇跡に満ち溢れた世界ではないらしい。結局のところ、この世界はだ。貧困、差別、戦争、怒り、怨み、悪意──。そういった向こうの世界おれたちが抱え込んできた問題をそのまま抱えた被り物の世界。そしてそれを引き起こしたのは全てだ。


「……闇の王の今の動向はどうなってるんです?」


「……闇の王自身は神殺しの夜以降行方不明となっています。しかし影の動きは止まることなく世界各地で暗躍を続けています。セルリッドの残した傷がどれだけ深かろうと奴は必ず帰ってくる。あの男はその機会を窺っている。それがいつ来るかは分かりません。我々にできることは奴の調査とその対抗策を練り、戦うことです」


 グリフィスは深いため息をついた。俺も先程強い言葉で彼を遠回しに批判したため言葉に詰まる。そして隣には先程まで黙って話を聞いていたローベンが話したそうに体を震わせている。


「……ありがとうございます。グリフィスさん。色々教えて下さって。さて、あとはお前だ、ローベン」


「え?」


 急に話を振られてローベンは驚いたようだった。


「何不思議そうな顔してんだよ。お前のお父さんが目の前にいるんだぞ? 俺は邪魔だからここから出るってんだよ。……連合の中を見て回るぐらいはいいですよね? グリフィスさん」


「はい、ですがくれぐれも立ち入り禁止となっている場所には入らないようにお願いします」


「分かりました。んじゃ、積もる話もあるだろうし、しっかりとな、ローベン」


 俺はそう言ってグリフィスの部屋を出た。部屋を出た後に俺は自分のことを不器用なやつだなと思い、ため息を吐きながら騒がしい事務作業の音が聞こえる方角の逆を歩き出した。

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