5 昔話〜学校にて
校長を名乗った老人の介入によって俺たちは検問所を通ることができた。
その老人がかけた魔法(?)と思われるものによって殴られたことによるローベンの頬の腫れは引いたし、既に用意してあったのか、手渡された長袖の服を着ることによって俺は右腕の紋章を隠した。そして校長に連れられ、俺たちは壁の中へと入っていく。
壁の内側は
「何で俺たちを捕まえようとしたんすか? あの兵士は?」
歩きながら校長に訊く。それにしてもあの兵士の取り乱し方は異常だった。店にいつか来たおかしな客もあそこまでではなかった。
「法に則っての行動じゃ。こちらに来てもらってすぐで悪い話じゃが、この世界では剣使いを取り締まる運動があるのじゃよ」
「……なんだって?」
「剣使い取締条例。これについては詳しく話し出すと長くなる。一つ言えることは剣使いの力を無闇に使わないようにするべきということじゃ。これから学校に行き、最低限君たちに伝えねばならないことだけを伝えようと思う。スパーダ君。ローベン君」
「なぜ僕の名前を?」
ローベンが不思議そうに尋ねた。
「見ればわかるよ。父上にそっくりじゃからな」
「僕の父を知ってるんですか?」
「もちろん。教え子でもあったし、同僚でもあった。ほれ、ここじゃ」
校長に案内された場所は学校というには大きすぎる光景が広がる場所だった。右も左も全て学校の敷地。さっきまでの街の風景とは打って変わって一つの国の機関のような場所が目の前にあった。
「本当にここ学校か? デカすぎだろ」
「この学校はフローラの中で最も大きい学校じゃからな。敷地の広さはフローラの四分の一程度の大きさがある。フローラの中央区はほとんどこの学校が占めているんじゃよ」
「そりゃすごいすね」
適当な返事をする。なんせ規模が大きすぎるし、この国の大きさも分からないからどれだけすごいことなのかは分からない。
「では中に入ろう。ワシの部屋まで案内するよ」
「……?」
なんだ? 正門を通った時に空気の変化を感じたが。
「この学校には防御魔法がいくつもかけられていての。悪意ある攻撃や侵入を通すことはないのじゃ。君が感じた違和感はその防御魔法の膜を通過したからじゃよ」
校長は俺の顔を窺って考えを見通したように言った。
「へえ、分からん」
「僕は多少分かるけどね」
「えっ? 分かんの?」
横にいた親友がサラッと俺には理解できないことを分かると口にした。
「うん。『魔力』で編み込まれた複雑な感触を感じた」
「魔力?」
「まあ、多分この世界で過ごしてたら分かるよ」
今更だが、ローベンは向こうの世界でどんな生活をしていたんだろう。思い返すとローベンは極力プライベートな情報を出すことはしなかった。普通に生活していて、それでも魔法使いであるということは気付かれないようにうまく線引きしていたのかもしれない。
ローベンの地味な顔を見つめつつ俺は校内の敷地を歩いて行った。
「しっかし広いんだなーやっぱり」
周りを見渡すといくつもの建物が立ち並んでおり、俺の知っている学校とは一線を画すものだった。しかし学生の声が聞こえない。授業中だろうか。
「さて、ここが学校の入り口じゃ。職員玄関じゃがの」
目の前に大きな煉瓦造りの入り口が現れた。もしこの世界にいるのなら、三メートル程の巨人でも通れるのではないかという大きさだ。
「では入りなさい。ほれ、履き物じゃ」
校長が杖を一振りするとロッカーから素朴な黒靴が飛び出し、俺たちの前のカーペットに落ちた。
「すまんの、わしはあまり汚れを外から持ち込みたくない性格での。校長室に入る時は皆、別の靴を履いてもらうこととしているのじゃ」
「綺麗好きなんすね。んで、この靴はどうすりゃいいんですか?」
俺は素っ気なく校長に尋ねる。俺のお気に入りの靴なのに脱がなければならないことにほんの少しだけ嫌気が差したからだ。だから言葉でささやかに抵抗したくなる。みんなそんなものだろう。
「そうじゃのう……わしが預かろう」
校長は杖をもう一振りする。すると手に持った俺とローベンの靴がそこになかったかのように消失した。
「え!?」
「ああ、大丈夫じゃよ。わしが今預かっとるだけじゃ。また返すよ」
校長は詳しい話は一切せずにカツカツと足音を立てながら校舎の中へと入っていく。俺たちは校長に遅れないように急いで飛び出た靴を履いて後をついていった。
「ここがわしの部屋じゃ。校長室じゃな」
一階のとても長い廊下を校長について歩き、その丁度真ん中あたりに古木でできた風格のある大きな扉が現れた。
「失礼します」
中に入るとそこは様々な書物や見たこともない道具などで溢れかえった宝の山だった。ナポリに旅行しに行った際に観光した貴族の家の内装にも似た豪華な部屋で、大きなシャンデリアが目を引く。
「すげえ! 何だこれ!」
「あまり触れぬほうがいいぞー。危ないものもあるのでな」
「……スミマセン」
一つ言い分をさせてもらうと俺は商売をやっていた者として珍しいものや高そうなものには目がない。要するに商売魂というものを持ち合わせているのだ。
「とりあえず掛けなさい」
校長室の机の前の椅子がひとりでに俺とローベンの方向へ向きを変えた。
「さて、自己紹介がまだじゃったな。わしはここ、エーデルヴァルト魔法学校の校長を務めておるオースター・ネルソンじゃ」
「僕はローベン・ハーバーです」
「ローベン君、久しぶりじゃの。大きくなったものじゃ。わしは君がまだ小さい頃に会っておったのじゃよ」
「え!? そうなんですか!?」
ローベンは驚きのあまり椅子をこかしそうになった。
「君の父上のグリフィスとは親交が深くての。また後で話すよ。そして君はスパーダ・リンドバーグ君じゃな」
……またか。一体それは誰のことなんだ。
「……誰すかそれ? 俺にはノア・ウィザードっていう変な名前があるんですけど」
「そうじゃったのか。じゃが、君はその名が本当の名前であると思っているわけではあるまい?」
「そりゃそうだけど……」
宥めるような校長の声はこちらのペースを崩す。言い方は悪いと思うが俺の嫌いなタイプの声だ。
「授かった名はどのような名前でも大切にするべきじゃ。しかし、この世界、
「つまり偽名はこの世界では悪って訳すか? 例えばテロリストが使ったりとか」
あって欲しくはない例を出してみる。
「まさしくその通りじゃ。今この世界ではテロリストが溢れかえっておる」
「やっぱりそうすか……」
嫌な予感ほど当たるものだな。
「そして彼らが現れる原因となった事件に君は深く関係しておるのじゃ」
「事件?」
「まず君の名をもう一度伝えておこうかの。君の本当の名は『スパーダ・リンドバーグ』という。国ごとに存在する王家の一族、聖五神一族の跡取りじゃった」
校長が悲しそうな顔をして含みのある言い回しをする。
「だった? だったってどういうことです?」
「……リンドバーグ家はすでに滅亡しておるのじゃ。7年前に」
「……なんだって?」
俺は唐突に自身の正体を告げられたこと、そしてもうすでに自分の家が存在しないという事実を突きつけられ頭の整理を始めなければならなくなった。
「魔法能力者については知っているかね?」
「ああ、魔法と能力を使える人のことっすよね?」
「その通りじゃ。7年前にこの国はとある魔法能力者の手によって火の海に包まれた。その男によってリンドバーグ家は滅ぼされたのじゃ」
校長が一枚の紙を取り出した。その紙に杖を当てると紙はまるでスクリーンのような映像を映し出し、ゆらゆらと蠢いてる。
「わしの記憶から念写したものじゃ。フローラは当時、このような惨状となった」
その写真には街に火がつけられている様子と、何やら黒いローブを着た集団が街に蔓延る様子が写っていた。
「この事件の名は『神殺しの夜』と呼ばれておる。その事件の首謀者の名はローズベルバード。史上最も邪悪な魔法能力者で『闇の王』の異名を世界中に轟かしておる」
その名前を聞いて首元に刺すような痛みが走った。どこかで感じたような痛み。それはこいつが俺の家族を殺したという事実によって痛みを走らせたということか。だが特に悲しいなどと言った感情は湧かない。湧くはずがないのだ。
だって俺にはこの世界での一切の記憶がない。そのような状況で自分の家族がもういないと言われても、その家族の顔さえも知らないのであれば他人と同然だ。俺の家族はあの大工の親父と雑貨屋のお袋のみなのだから。
それでもは
「この世界には『魔法連合』というものがあってな。これについてはまた知る機会があるじゃろうから簡潔に説明しよう。魔法界には五つの大国がある。その五つの国が合同で作り上げ、魔法界の柱となっておる機関が魔法連合じゃ。その魔法連合が制定する一カ国に一人の最強の魔法能力者。その魔法能力者を『ルーガ第五魔法能力者』という。奴はフローラのルーガ第五魔法能力者じゃった」
「魔法連合が定めた魔法能力者ならそう
ローベンが
「そういうわけでもないのじゃ。ルーガ第五魔法能力者はあくまでも魔法連合がその力を認め、定めた魔法能力者であって、全員が魔法連合に所属しているわけではない。どちらかと言うと魔法連合から助力などを要請する関係じゃ。よってルーガ第五魔法能力者は魔法連合に縛られず自由に行動できるのじゃ」
「なるほど」
当の本人が認めていなくとも連合がその実力を評価して制定している階級というわけか。だから対等な関係とは言えず、彼らは連合に縛られることはないと。
「ローズベルバードはルーガ第五魔法能力者となり、フローラの聖五神一族であるリンドバーグ家当主、つまり君の父であるブレン・リンドバーグ殿に挨拶に行った。その時点でこの神殺しの夜は始まっておったのじゃ。奴はすでに多くの部下、通称『影』を従え、フローラに攻め入る準備をしておった。そしてリンドバーグ家の護衛であるジョージ・アルセットを操り、王宮を爆破させたのを合図に奴の腹心である『影』がフローラを攻撃し始めたのじゃ」
校長が黒い街が映された紙に杖を向けた。すると新たにその記憶が変わり、次は炎上しながら崩れていく黒ずんだ王宮の姿が映し出された。
「ブレン殿はローズベルバードとの一騎打ちの末に敗北し、殺害された。魔法界の人間たちにとって神である王家の者が王家以外の者に殺害されたのは歴史上初じゃった。そこからこのクーデターは神殺しの夜と言われるようになったのじゃよ」
校長の顔つきが険しくなる。神殺しの夜。その名の通り“神が殺された夜”それが一体どれだけの衝撃だったのだろうか。王が暗殺された、という事件は俺のいた世界でもよくある話だ。だがそれが衝撃を与えなかったという話は聞いたことがない。俺がその暗殺された王の子供? そんなことにわかには信じられない。
「俺は……なんで生き延びたんだ?」
父親が殺された、となればそれは俺を庇ってのことだろうか? ともかく子供だった俺が一人でその夜を乗り越えられるはずがない。
校長は少し間を空けてからその重い口を開けた。
「……君がどのように助かったか。それについては実は詳しい詳細は無い。ただ分かることは君は『殲滅局』によって助け出されたということだけじゃ」
「殲滅局?」
「魔法連合殲滅局。魔法界に発生した穢れの浄化や紛争への介入、犯罪者の確保、粛正を担う魔法連合の柱じゃよ。神殺しの夜の発生は魔法連合にもすぐ伝わり、フローラに総力を上げて送り込まれたのじゃ。彼らの活躍により神殺しの夜は収束した」
「それで俺は何とか助かったのか」
だが──詳細がない? 俺はこの国の王家の子──つまりは王子であったということだ。自覚はないがそれは国にとって守らねばならない重要人物の一人であるということ。そんな人間についての経緯が機関によって助け出されたというだけではあまりにも漠然としている。第一にその殲滅局とやらが来るまで俺は一体どうやって王宮の混乱から逃れたのだろう?
「この事件は二人の英雄によって収束した。一人は殲滅局局長セルリッド・レクトルシオン。彼は一人で闇の王と戦い、勝利した。闇の王は逃亡したが首領が敗走したとなれば次第に反乱は治まる。収束を決定づけたのは彼じゃな」
一息ついてから校長はローベンに視線を向けた。
「さて、彼が首領を打ち倒したとしても、その間にも国内では混乱が広がっておる。突然現れた剣使いを始めとする凶暴な魔法能力者たちが暴れ、街を一瞬のうちに火の海へと変えた。連合が採った統計では死者はフローラ人口の三割にも上ったそうじゃ。じゃがこの人物がいなければフローラは完全に滅んでおったかもしれんのう。彼の名はグリフィス・ハーバー。現魔法連合総会議長であり、ローベン君、君の父上じゃよ」
「え?」
ローベンは素っ頓狂な声を出した。
「グリフィスはわしの教え子での。その馴染みで君のことは知っておったよ。小さい頃の君はとても可愛い子じゃった。おっと、今ももちろん可愛いがの」
校長は慌てて補足を入れた。茶目っ気を出しているがこれはこの校長の素なのだろうか?
「僕のお父さん……」
そうか。俺と同じでローベンも記憶がない。この世界での親がどんな人間なのか知らなかったんだ。俺にはもう本当の父親はいないらしいが、ローベンの父親がいるなら──それはいいことだ。
「また会いに行ってみるかね?」
「え? いいんですか!?」
ローベンは声を上げて喜びをあらわにする。
「うむ。彼は忙しい人物ではあるが、息子が会いたいというならば時間は作ってくれるじゃろ。それに君も戻ってきたことじゃしの」
意味ありげにこちらに目線が向けられる。それは俺とローベンの父親の間になにか関係があるからだろう。推測だがこの校長は言葉では重要なことを説明しない。したとしても暈す。人付き合いが大切だった向こうでの俺が得た人の本質を見極めること。話に聞く限り殺伐としたこの世界ではそれが大切になってくるだろう。
「彼との面談は必ずや君たちにとって有益な話となるじゃろう。その際、案内はわしがする。学校の来年度計画も固まってきたことじゃしのお」
「そういえば学校はどんなとこなんです?」
ローベンが思い出したように尋ねた。
「この学校は魔法界で最も古い魔法学校じゃ。長い歴史の中で数多くの名魔法能力者を生み出し、各国からも入学を希望する者がいるほどじゃ。まあ、今は他国からの入学者は禁止されておるがの。そういった卒業生を生み出せたのは先人たちが作り出した教育や魔法。それに加えて『より靭い子を』という校風のおかげかの。そして今は学校は休暇期間じゃ。一週間後に入学式がある。さて、私としては是非とも君たちに入学して欲しいのじゃが……どうじゃ?」
この校長は信頼に値するのか。初対面で全てが分かるわけなどないが、今まであった人間の中で最も掴みどころのない雰囲気を感じる。不安要素がある中で迂闊な行動はできない。
「……とりあえずこの国を見てみたい。一週間あるんすよね? 一週間経ったあとで返答させてくれませんか?」
俺は誘いを断った。まずはこの国を見てからだ。俺の本当の家族が築き上げ、そして破壊された国の姿を見なければならない。焦る必要はない。とにかく一つ一つ知識を深めなければ。
「分かった。ならばこの学校の客室を自由に使ってもらっても構わんよ。しかし、君たちだけで街に行かすわけにはいかん。来い、オリバー」
「はい」
校長の呼びかけと共に後ろの部屋からスキンヘッドにサングラスの強面男性が出てきた。屈強な肉体にスーツ姿。一目でわかる。SPだ。
「こやつはオリバー・マッドウェイ。わしの側近じゃ。君たちが外に出る時や食事はオリバーがなんとかしてくれる。困ったことがあればすぐに頼るといい。ではわしは仕事に戻らせてもらうよ。固まってきたとはいえ、まだまだせねばならんことがあるのでな。ゆっくりこの国をみて来るといい」
「校長……そんな勝手な……」
オリバーは頭を抱えた。このやり取りを見て恐らくオリバーは校長の尻に敷かれているのだろうと思った。
「はあ……コホン、あなたが我らが神の子、スパーダ様ですね。校長からお話を聞いております。そしてグリフィス様のご子息たるローベン様。お会いとうございました」
オリバーは俺たちに向かって急に深々と頭を下げた。
「いやいやいや、そんな畏まらなくてもいいっすよ! 自分自身本当にそんな家系の人間なのかさえまだ疑ってるんだから」
「いえ、あなたの持つ神家の紋章はリンドバーグ家のものです。我々国民にとって聖五神一族とはまさしく神。我々は神と共に歩みを進んできたのです」
「とりあえず外に出ません? ここにいても何もわからないですし」
これ以上話をしていると自分のこともちゃんと分からないのにどんどん持ち上げられていって収拾がつかなくなりそうだ。
「そうですね。分かりました。ご案内いたします」
オリバーは辞儀をし、校長室の扉を開けた。扉から出ようとした時、校長が俺たちを呼び止める。
「君たち、ほれ」
校長が何かを投げるように杖を振るう。すると俺とローベンの目の前にポンと自分たちの靴が現れた。
「うわっ!」
ローベンは慌てて靴を受け止める。その様子を見て校長は悪戯っぽい笑い声をあげた。
「ほっほっほ、忘れるところじゃったわ。今履いてる靴は脱ぎ捨てておいてくれ。勝手にロッカーに戻るからの」
「ええ……」
ローベンは戸惑いの苦笑いを見せて部屋を出ていく。
しかし、忘れるところだった。か……。
「……そういえば、校長お茶出すって言ってたけど忘れてたな……」
俺はボソッとぼやきを吐きながら校長室を出たのだった。
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