4 血の断層

「おはよう。ノア。さあ座れ」


 起きてリビングに行くとすでに二人がテーブルに朝食を用意して待っていた。


「おはよう。今日は早いんだな」


「何言ってんの。今日はアンタが出て行く日だからみんなで朝ごはん食べようって言ってたじゃない」


「……そうだったな。寝ぼけてるわ、俺」


 目を擦り、ぼけた頭をなんとか起こす。そして横並びに座っている親父と母さんに背中で隠していた物を手渡した。


「親父、母さん、今までありがとう」


 それはスイートピーの花束。花言葉は“門出”であり、本来ならば旅立ちで渡される物だが、これは俺の決意を示すための俺からの贈り物だ。


「ノア……!」


 グッと涙ぐみながら母さんが嗚咽を堪える。もちろん母さんは分かっている。スイートピーの意味を。


「おおー、綺麗な花だなぁ。ありがとよ! えっと……これ何の花?」


そしてこの親父は花の種類さえも分からないような親父だ。感動のシーンを台無しにする能天気さも健在。だけど……これでこそ親父だ。


「さ、食べようぜ。その花大事にしてくれよ?」


「うん……! うん……!」


 母さんはずっと涙を堪えている。親父は嬉しそうだがうずうずしていて早く飯が食いたいという気持ちが溢れていらように見えた。


「では……みんな揃ってー」


「おおーっと待て待て、それは俺の台詞だ」


 口を開こうとした俺を親父が慌てて静止する。


「いいか? いいな。よし、それではノアの旅立ちに祝福を!」


「「「いただきます!」」」


 全員で朝食を取り始める。みんな無言だ。親父は多分飯に夢中になっているだけ。母さんは涙をなんとか堪えた後の虚脱感。俺は何を話せばいいのか分からない。


「いつ帰ってくるとか分からないのよね?」


 黙り込んでいた母さんが心配そうに尋ねてくる。


「ああ、分からない。でもいつか帰ってくるさ」


 手を動かしながら俺は曖昧な返事を返す。


「待ってるからね」


「……うん」


 母さんの暖かい言葉に少しだけ決心が揺らぐ。どこの誰かも分からない俺をここまで育ててくれたんだ。なのに大した恩返しもせずに出て行く俺はあまりにも親不孝者だ。そう思いつつも俺はなんとか揺らぐ決心を抑え込んで食事に取り掛かるしかなかった。


 食事を終え、食器を洗う。その後自分の部屋に行き、いつものボディーバッグを用意する。机の上には7月23日を指すカレンダーが。机の中身を整備していると一枚の写真が出てきた。


「……懐かしいな」


 その写真はこの雑貨屋のオープン2年目に撮ったものだ。といっても俺は物心ついた時にはすでにこの雑貨屋は始まっていた。その頃の記憶は俺にはない。今から5年ほど前、俺がまだまだガキだった頃の写真。この頃の家族を見て様々な思い出が駆け巡る。


「あ、そうだ」


 引き出しからサインペンを取り出す。そして写真の裏にある言葉を書き残し、写真を引き出しに入れた。



「じゃあ行ってくるよ」


 俺を育ててくれたこの家と母さんに玄関で別れを交わす。


「いってらっしゃい。あら? お父さんは?」


「そういえばいないな?」


 不思議に思っていると家の奥から親父が小走りでやってきた。


「もう行っちまったのかと思ったぜ。お前が贈り物をくれたなら俺も贈り物を渡さねえとな。ほら、ノア。これをお前に」


 親父は少し埃の被った布を渡した。何かを包んでいるようだ。


「これは……?」


 布を外すと中には木の棒が入っていた。その棒は妙に精巧に彫られている長さ30センチメートルほどのものだ。


「これは森で倒れていたお前が握っていた物だよ。お前の話を聞いて分かった。これは多分『杖』だろう」


 ! 親父……分かっていたのか。


「親父……アンタは嘘をつくのが下手だから何も俺の過去に関するものは持っていないと思っていたんだがな」


「フッ、親父ってもんはな。本当に大切な事や物は守るもんなんだよ。さあ! 行ってこい! お前が望んだものはもう目の前にある。この家と仕事は任せろ! お前が帰ってくる頃にはこの店も繁盛させて、ドックも完成させておくからよ!」


 親父は俺の肩を叩いて激励を伝えた。


「おう! 楽しみにしてるぜ! んじゃ、行ってきます!」


「いってらっしゃい!」


「必ず帰って来いよ!」


 優しい家族に手を振りながら俺は走って家から出ていった。


 坂を登って行く。朝の蒸し暑さを感じ取りながら足を動かす。昨日よりも体が軽いように感じた。走り出すと先程までの家族への感謝はしっかりと胸の内にしまわれ、今は期待と興奮が体に満ち溢れていた。俺は俺の意思で過去を探す。そう考えるとワクワクが止まらなかった。


 ローベンの家に着いた。息は少し上がっている。周りには木々が生い茂り、蒸し暑さが増していて、それが疲れた身には鬱陶しい。


「おーい。来たぞー」


「おはよう。ノア君」


 ドアをノックするとバースが出てきた。


「おはよう。ローベンは?」


「中で朝食をとっているよ。君はもう食べたかね?」


 バースは目で家の中を指す仕草をした。


「おう、食べてきた。……家族とも別れを告げてきた。ま、いつか必ず帰るって言ってきたしな」


「そうか……。とりあえず中に入りなさい」


「? 分かった」


 今の間は何だったのだろう。頭の片隅に置いてとりあえず家の中に入る。


「おはよう。ローベン」


「おはよう。ノア。早かったね」


 ローベンは椅子に腰掛けフレンチトーストを食べていた。


「まあ、座りたまえ」


 バースが椅子に手を向けると一人でに椅子が客を迎え入れる態勢を取る。


「さすがだな」


 俺はその椅子に腰掛けた。


「これぐらいは向こうでは日常的な光景だ。さて、話さなければならない事がある」


 バースは俺とローベンの前に座り、黙々と話し始めた。


「まず、断層に行く方法だ。この森の奥にこの世界と断層を繋げる装置がある。溜まり続けた魔力を使って空間を曲げ、断層と繋げるんだ」


「それって危ないんですか?」


「恐らく大丈夫だ。ただ開いたことは今までにないからな。確実ではない」


「それって本当に大丈夫なんですか?」


 今度はローベンが心配そうに言った。


「心配するな。大丈夫。昨日ノア君の話を聞いて分かったよ。君たちがこちらに来た時に森に倒れていたのはこの装置が最もこの世界から断層に近いところだからだ。向こうから何かの魔法でこちらに送られた時にこの装置が自然と座標になったのだろう。ならばこの場所とあちらの空間は安定しているはずだ」


 難しい話だなこりゃまた……。


「つまり、俺たちがこの島に来れたのはここが一番断層に近い場所だからってこと?」


「そういうことだ。だが問題は帰ってこられない可能性があるということだ」


「! 向こうに行けても帰ってこられない……」


 家族との約束が思い出される。必ず帰ってくるという約束が。


「装置であちらに行けても戻ることはできない。帰ってくるためにはあちらで私も知らない方法で空間を繋げて帰ってくる必要がある。それでも行くかね?」


「……もちろん。帰ってくる方法は見つけるだけです。向こうでその方法も探します」


 そうだ。ないなら探せばいい。俺は向こうの世界からこちらの世界に来た。偶然でない限り、その方法はあるはずだ。


「そうか。君たちなら必ず出来る。ノア君は聖五神一族の力がある。必ず上手くいくさ」


「よし! ローベン行くぞ!」


「ええ!? もう行くの!? まだ食べたばっかり……」


「ごちゃごちゃ言ってねーでさっさと行くぞ!」


 俺は待ちきれなくなりローベンを急かした。


「分かったから引っ張らないでよ。じゃあ、先に行ってて僕は準備してから行くからさ」


 一口パンをかじってローベンが言った。


「場所分かんの?」


「昨日実際に装置のある場所まで行ってきたよ」


 ローベンはもう一口かじった。


「そうか。じゃあ後でな。バースさん、案内お願いします」


「分かった。後で来いローベン」


「はい」


 俺はバースの案内で装置とやらがある場所に向かった。



「ほれ、着いたぞ」


 森の中を歩くこと3分ほど。森の中腹あたりと思われる場所に案内されたがだだっ広い原っぱが広がるだけで目の前には何もなかった。


「何もないじゃないすか?」


「まあこのまま進んでいってみなさい」


「? はい……」


 言われるままに進んでいく。前には広い野原ががあるだけで何も──


「!?」


 気がついた時にはすでに俺は神殿のような場所に入っており、前には高さ10メートルほどの機械が機械音を鳴らしながら稼働していた。


「これが……? ていうかここは?」


「これが時空超越装置flierだ」


 どこからともなくバースの声が聞こえたかと思うと、何もない後ろの空間からバースが急に現れた。


「うわあ!? どうなってんだよ!?」


 俺は驚いて腰が抜けかけた。


「ここは外からは見えないようになっているんだよ」


「何で見えないんです?」


「まあ、難しいことは向こうに行ってから知りたまえ」


「そうだよ。ノア。今知っても後で色々知る機会もあるだろうし」


 ローベンもバースと同じように何もない空間から現れた。


「……まあいいか。多分説明してもらっても理解できないだろうし」


 正直昨日の話もちゃんと理解できたかというと半々ぐらいだし。


「昨日から魔力を集めておいた。それでは今から門を開く」


 バースは装置の前に行き、何やら指を動かしていた。見えない鍵盤を叩くような手つきで。その後すぐに機械が音を発して動き始めた。


『おはようございます。バース様』


「おはようさん。今日がお前の初仕事だ。この二人を血の断層に連れて行ってくれ」


 機械と話しているのか? 一体どんなSFの話が始まるっていうんだ。


『了解いたしました。対象確認……。個人二名特定完了。転送準備に入ります』


「えっ? 転送準備?」


 俺とローベンの頭上から光が照らし出した。


「少しすると空間の門が開く。君たちはこいつがすでに転送準備をしてくれているからそのまま待っているだけでいいよ」


「そうか。楽しみだな! ローベン!」


「そうだね。僕たちにどんな過去があるのかも分かるかもしれないね」


 そうか。これでこの世界とも一度別れを告げるのか。もう一度心の中で思う。ありがとう、親父。ありがとう、母さん。ありがとう、俺を育ててくれた人工島バース


『転送準備完了。空間固定開始。対象2名を転送します』


 光が差していた天井が開いた。開いたのは分かるが、中は何も見えない。だがそれを表すのならば、肉眼で見たことはないが、真っ白な『宇宙』だった。


「それでは行ってくるがいい。そして良い人生を! 若者たちよ!」


バースの送り出しと共に俺とローベンは『宇宙』に吸い込まれていった。


 ──なんだ、ここは──。何も見えない。暗くて見えないのではなく、明るすぎる。眩しくはないが白すぎる。「見えない」という現象は「暗い」ばかりではないのか。体は浮いている。そして落ちている。横にローベンがいるはずなのにいない。はぐれたのだろうか。この空間は一体──



「うっ……」


 頭に違和感を感じて後頭部をさすりながら起き上がった。頭がクラクラする……。


「ノア! 見て!」


「んっ……?」


 言葉のままに目を開けてみると、そこは広大な草原だった。


「ローベン! はぐれたかと思ったぜ!」


「真っ白で何も見えなかったよ」


 ローベンは目を擦りながら言った。


「へえ、ここが血の断層ブラッド・フォールトか!」


 手を上げて大胆に野原に寝そべってみる。物騒な名前の世界とは裏腹に澄んだ空気が包み込み、どこまでも続くような平原。そして故郷の風とはこうも心地いいものなのか。


「あっちの方に大きな壁がある。多分どこかの国の壁だろう。行ってみようよ」


「そうだな。とりあえず行かないと何も始まんねー。よし! 行こう!」


 俺とローベンはそよ風の吹く草原を歩き出した。


 しばらく歩いていると草原に一つの道が現れ、それに沿って歩いていく。少しずつだが壁が近づいてくる。


「この壁の中に入る場所が多分この道の先にあるはずだ」


「多分そうだろうね。もう少しで着くはずだ」


 そのまま真っ直ぐに何もない広大な草原を見渡しつつ道に沿って歩いていく。


「着いた!」


 道を辿っていくと、壁に作られた門にたどり着いた。遠目からでも分かっていたが、壁は近くで見るととても大きい。右も左も高さ40メートルほどの壁が続いている。


「やあ、君たちはどこから来たんだい?」


 門の前にいた兵士と思われる男性が俺たちに話しかけた。


 あれ? 言葉がちゃんと聞き取れる。普通は異国の言葉って分からないものだが。


「信じてもらえるか分かりませんが、僕たちはこの世界ではないところから来たんです」


 ローベンが説明した。ローベンの言葉はいつも通りのイタリア語だ。


「ああ、異邦の方でしたか。ここはフローラという国です。この門で検問を終えれば入ることができます。では私に着いてきてください。おい、見張りは頼んだぞ」


「はいはい」


 ……やはりどうやら会話は成立するようだ。それならそれで楽でいいことだが。


 もう一人の兵士に見張りを任せ、ノアたちは兵士に案内され門の中に入っていった。


「検問所ではあなた方がいた場所の名などを教えていただき、さらにあなた方の力を少し見させていただきます」


「力?」


「ええ、例えば魔法を使うことができるか、能力が使えるかどうかなどです。使用できないのであれば結構です。これも不審な人物が国内に入り込まないようにするための対策です」


すんなりと通されているが俺たちが別の世界から来たということに驚かないのだろうか。つまりこの世界では俺たちの他にも別世界から来た人間がいるということか?


「こちらでお待ちください」


 通された先は広間だったが人溜まりができていた。


「奥にある審問所にて行いますので順番をお待ち下さい。それではまた」


 兵士はまた門の方に戻っていった。


「なあ、俺って魔法とか何も使えないんだけど」


「君には立派な力があるじゃないか。それを見せればいいはずだよ」


「あっ、そっか」


 そうだ。俺には剣使いの力がある。バースの話だと剣使いは血の断層において尊敬を集める力を持つ者らしい。これを見せれば間違いなく通してもらえるだろう。


「では次の五人までお入りください」


 少しすると俺たちは五人のグループで中の審問所に通され、横に並ばされた。そこはぱっと見闘技場のような場所だった。審問所というには少し広すぎる気がするが。


「では先頭のあなたからお願いします」


 先頭の男性が前に出て審問役の兵士の前に行った。男性は俺のいた世界で言うならインドあたりの服装に近い見た目の服を着ていた。


「あなたはどこからきましたか?」


「はい。私はデクラメートから来ました」


「何のために来ましたか?」


「出稼ぎです」


「ではあなたの力を見させてください」


「はい」


 その男性は胸ポケットから杖を出し、目の前に置いてある石に杖を向ける。


「魔力炉解除。動作ムーク!」


 何やら呪文を唱えると杖を向けた先にあった岩が軽く動いた。


「ありがとうございます。お通りください」


 兵士が門を開け、男性が通っていった。門の先からは様々な音が聞こえてくる。


「では次の方お願いします」


 次はローベンの番だ。


「あなたはどこから来ましたか?」


「僕とそこにいる彼は一緒に違う世界から来ました」


「なるほど。異邦の方ですね。では魔法などは使えませんよね?」


「いや、僕は使えます」


 ローベンはポケットから杖を出した。そして天井に杖を向けて一言。


火炎ジャークス!」


 ローベンが呪文を唱えると天井に向かって杖から炎が吹き出した。


「おお! お見事です。ではフローラ内部を見てみてください。良い発見を」


「あ、すみません。彼が来るまでそこで待っていていいですか?」


「ええ、どうぞ」


 ローベンは門の前まで行ってこちらを見ながら立ち止まった。


「では次のあなた」


 よし。俺の出番だ。


「おう」


「あなたは先程の方と一緒に来たのですね?」


「そうです」


「あなたは魔法などは使えますか?」 


「魔法じゃないと思うけど、一つだけ」


 俺は親父からもらった杖をズボンのポケットから取り出した。


「フッ!」


 杖に意識を集中させる。するとローベンの家で感じた何かが流れてくる感覚がした。そして杖はその構成を変え、あの時の剣になった。


「これで通れますか?」


「……捕らえよ」


「は?」


 審問の兵士は手を上げて何かの合図をした。すると左右に現れた兵士が何かの魔法を唱える。すると俺の体は金縛りを受けたかのように動かなくなった。


「うおっ!? 何だこれ!? 動けねえ!」


 全く力が入らない……! 全身を重い鎖で縛られているみたいだ!


「ノア!?」


 門で待っていたローベンがこちらに駆け寄ろうとした。すると門の前にいた二人の兵士がローベンを止め、目の前の審問兵は俺を鋭い目つきで睨みつける。


「何でノアを捕まえたんですか!?」


「はぁ……お前たち。本当はテロリストだな?かは知らんが、とりあえず同行してもらおうか」


 兵士がため息混じりに言い放ち、ローベンの肩を掴んで拘束する。


「一体何を言って……」


 ローベンは困惑している。俺もだ。なぜだ? バースの話によると剣使いは血の断層において尊敬を集める人間であるはず。一体どうなっているんだ。


「剣使いはこの世界では最高の人間のはずだ。その俺をなぜ捕らえる?」


「とぼけるな! 我々は知っている! 貴様らの手によって神は滅ぼされ、多くの命を失ったのだ!」


 兵士は異常なまでに憤慨した。目は血走り、今にも話している相手の首を締め上げたいというように手の制限が効かなくなっているように見えた。


「……よく分からんけど連れていくなら俺だけにしろ。ローベンは真っ当な魔法使いだ。剣使いである俺だけでいいだろ」


「そういう訳にはいかない。もう一度徹底して調べ上げる。連れて行け」


「は!」


 ローベンが兵士たちにどこかに連れて行かれる。ダメだ、止めないと!


「ノア! このっ、離せ!」


 ローベンは抵抗し、肩を掴む兵士を振り払おうとした。


「大人しくしろ!」


 そんなローベンを兵士の一人が容赦なくその顔を殴打した。


「ぐっ……!」


 ローベンは地面に手をつき、そのまま地面に倒れ込んだ。

 

 ──プチッ。その時、俺の中で何かがプツリと切れた。


「ローベン!! ──ッッ!! テメェらいい加減にしやがれ!」


 どうやら切れたのは俺の堪忍袋かんにんぶくろの尾のようだ。頭に血が、そして体全体に何かが流れ込んでくる。それと同時に服の下から神家の紋章が赤く光だした。


 右腕の服は弾け飛び、衝撃と共に見えない鎖が切れる感覚がする。


「な!? そ、それは神家の紋章!?」


 周りの兵士たちがどよめき始めた。


「そ、そんな……。神家の紋章だと……」


 審問兵は恐ろしいものを見たかのようにひどく取り乱した。


「はぁ……はぁ……! 許さねーぞ……! お前ら!!」


 怒りが抑えられない。俺は怒りのまま杖を剣化し、少しずつ審問兵に近づいていく。


「ひっ……! す、すみませんでした! 命だけは……!」


 ──知るか。先に手を出したのはお前らの方だろ。腕が勝手に動く。剣を持った右腕を上にあげ、そのまま──


「ぐわぁっ!」


 飛ばされたのは俺の方だった。吹き飛んだ一瞬の視界の中でローベンを捕らえていた兵士も倒されているのが見えた気がする。


「コレコレー。ここは審問所であって闘技場ではないぞー? まあ、闘技場には似とるが」


「校長! な、なぜここに!?」


「いやいや、たまたま通り掛かったら中から悲鳴が聞こえたのでな。正義のヒーローなら助けんとな」


「だ……れだ……?」


 頭を上げ、前を見るとそこには白い髭を蓄えた初老の男性が立っていた。


「少々手荒な真似をしてしまったね。君。あとお友達を助けるのが間に合わず、怪我をさせてしまって申し訳ない」


 そう言ってその老人は俺に杖を向け何かを呟いた。すると不思議なことに少しずつ隅から体の痛みが引いていく。


「……スパーダって何だ?」


 耳についた一言の意味を尋ねてみる。


「……やはり記憶がないか。すまんがとりあえず私についてきてほしい。退屈はさせん。お茶も出すからの」


「痛ってて……あ、あなたは、誰ですか?」


 顔に殴られた跡がついたローベンはその顔をさすりながら起き上がって尋ねた。


「わしか? わしはこの国の、『エーデルヴァルト魔法学校』の校長じゃよ」

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