第6話 ダンジョン経営者、基本の「ン」

それから数日、

エドガーは「ダンジョンクリエイト」の検証をし、

このスキルについて理解を進めていた。


出来ることはざっくり分けるとこの二つ。


①ダンジョン内を自由に壁で区切れる

ただし、元の広さから広げることは出来ない。

あくまでも壁で仕切る位置を変えるだけ。

また今の土壁より強度の高い壁は創れない。

例えば鉄やコンクリート等は創造不可。


②木製の家具・備品程度なら産み出せる

机や椅子、扉等、

木製の簡単な構造のものであれば創れる。

これも鉄やコンクリート等、木よりも強度があるものは不可。

また、例えばスマホや自動車等、複雑な構造物も創造不可だ。


エドガーの「巣穴」を「部屋」に改変出来たのは、

たまたまこの二つの条件を満たしたからのようだ。


これまで第13都市ダンジョンの経営者代行として、

最低限の維持管理をしてきたサキもこの二つの条件は知らなかった。

もともとこの魔界ヘルウォールには鉄やコンクリート、

スマホや自動車なんて存在しておらず、

ダンジョンを大きく改変することもなかった為、

今まではたまたま上手くいっていたようだ。




さて、今日はダンジョンをサキの案内で散策する予定だ。

気分転換も兼ねて、

自分が経営するダンジョンの全体像を把握しておきたい。

全体感を掴んでおくことは経営者の基本だ。


「さ、ご主人様。そろそろ散策に参りましょう。」

何故かサキは少し嬉しそうだ。

その証拠に真面目な表情とは裏腹に尻尾がクネクネしている。


「ああ、行こうか。宜しく頼む。」


エドガーが最初の空間から出るのは、

今日が初めてだった。


最初の空間からの出口は一つだけ。

来た時から通路があるのは見えていたが、

まずは目の前の状況把握で精一杯だった。


サキの案内でエドガーは未知の通路に足を踏み入れた。

土壁で出来た通路は、

人が余裕をもってすれ違える幅だ。


少し歩くと意外とすぐに拓けた空間に出た。

ちょっとした体育館くらいの広さだろうか。

エドガーが見渡す限り、

特に目立つものはないただの土壁の空間だ。


「ここは何の部屋だ?」


エドガーはサキに尋ねた。


「『魔王の間』でした。

以前はここに魔王様が陣取り、

ここまで到達した探索者シーカーと貴重なアイテムをかけて腕試しをしておられましたわ。」


「ラスボスの部屋的な空間か。

でも、魔王ってあんな小さなトカゲなのに、

そんなに強いのか?」


「ラスボスとは何でしょう?

その言葉は初めて伺いましたが、

魔王様はとってもお強かったですわよ。」


?」

サキの含みのある言い方が妙に引っ掛かる。


「ええ。今でこそあんなお姿ですが、

魔王様はその名の通り、魔界随一の強さでした。

魔王様からは何もお聞きになられていませんか?」


「ああ、何も聞いていない。

とにかくまずは5億DEディーイー貯めろ、

とだけ言われている。」

とエドガーは首を横にふりながら答えた。


「そうですか。

ああ見えて魔王様にも色々とあったんですよ……。

魔王様が何もお話になられていないのであれば、

私が勝手にお話する訳には参りません。

その時が来れば魔王様からお話があるでしょう。」


「分かった。魔王が話してくれるまで、俺は目の前のことに集中するよ。」


憂いのあるトーンでサキが話すので、

エドガーはそれ以上何も聞かないことにした。


「この部屋からは更に2つ出入り口があるな。」

エドガーから見て左右にまた通路が見える。


「左右どちらの通路も、

ここより半分ほど小さな部屋にそれぞれ繋がっています。

かつては、向かって左の部屋にガーゴイルのガーゴ、

右の部屋には私が陣取り、

やってくる探索者シーカーが、

魔王様の部屋へ通すに値する者か、

戦いを通じて力量を見定めておりました。」


「なるほどな。

本当にダンジョンという名前通りのいわゆるRPGの世界だな。」


「アールピージーが何か存じ上げませんが、

ご理解頂けたようで何よりです。」


話ながらエドガーとサキは散策を進める。

サキの話通り、

左右どちらの通路も部屋に繋がっていた。

そして、どちらの部屋にも更に先へと進める出入り口が一つあった。


「左右各部屋から更に先に進むとどこに繋がるんだ?」


「どちらの出入り口も最後は同じ一つの小さな部屋に繋がります。

そうですね、ガーゴや私が陣取った部屋の更に半分ほど小さなサイズの部屋でしょうか。

その部屋の先がこのダンジョンと外とを繋ぐ出入り口となっております。

つまりダンジョンに入ってくる探索者シーカーが最初に訪れるのがその部屋ということですね。」


「その小さな部屋はどう使っていたんだ?」


という者が管理し、

このダンジョンに入ってきた探索者シーカーの案内役をしておりました。

ちょうど良い機会です。彼はまだその部屋におりますので行ってみましょう。」


サキに促されるまま、

エドガーが小さな部屋へ歩みを進めると、


「こんにちは!」


あどけない大きな挨拶とともに、

エドガーの頭上から緑色の丸い物体がアメーバのように落ちてきた。


意表をつかれたエドガーが後ろへ飛び退きながらその物体を確認すると、

緑色の丸いボディにはクリクリした丸い目と大きめな赤い口がついていた。


びっくりしながらも、

「やあ、君がプヨンかい?」

エドガーは冷静に対応した。


「そうだよ!新しいご主人様だね?

これから宜しくお願いします!」


プヨンなる物体は元気に返事をしてくれた。

マスコット感が凄い。


「フフフ。プヨンはいつでも元気ですわね。」

一連のやり取りを見ながら、サキは微笑んでいる。


「プヨンもサキ達みたいに探索者シーカーと戦っていたのか?」

エドガーはプヨムに尋ねた。


「ううん。プヨムは案内係!

入ってきた探索者シーカーに、

左右どちらの部屋に進むのか選んでもらって案内する仕事をしていたよ!」


「そうか。大切な役目を担っていたんだな。」


エドガーが褒めると、

「そ、そんなことないさ!」

と、プヨンは身体を赤く発光させて、

上下左右に伸び縮みした。

どうやら照れているようだ。


「ところでプヨン。

ダンジョンの外も確認しておきたいんだが、

そこの出入り口から少し出てみても良いか?」


「もちろん!」


エドガーはプヨンに確認を取り、

出入り口へと向かった。


出入り口を出ると、

意外にも澄んだ青空と豊かな緑が目に飛び込んできた。

ダンジョンは堀のような崖で囲まれており、

今エドガーが出てきた出入り口からは一本の橋が伸びている。

その橋を渡ると鬱蒼とした森に出れるようだ。


また、ダンジョンの出入り口は周囲より少し高台に位置している為、

森を超えた遠くまで見通せた。


エドガーが遠くを眺めると、

少し離れたところに建物が集まった街のようなエリアも確認出来た。


「サキ、あれが第13都市か?」


「ええ、そうですわ。

探索者シーカーはあそこを拠点にして、

このダンジョン攻略にやってきます。」


「なるほどな。

ところで、俺がこのダンジョンの経営者になってから、

一度も探索者シーカーに出会ってないのはどうしてだ?」


エドガーは根本的なことに気づいてサキに質問した。


「それは今休業中ですと、案内を出しているからですわ。」


サキが微笑みながら、

エドガーの後ろにあるダンジョンの出入り口上を指し示すと、

『休業中! 再開未定』

と書かれたデカデカとした看板が掲げてあった。


「看板を掲げてしばらく経っていますので、

噂が広がり、探索者シーカーも今は訪れていない状況ですわ。」


「なるほどな。」

エドガーは看板のデカさと手作り感に苦笑しながらサキに理解を示した。


「よし!今日の所はここまでにして帰るか!

サキ、今日は散策に付き合ってくれてありがとう。」

エドガーがサキに御礼を言うと、


「もったいないお言葉です。それでは帰りましょう。」

と落ち着いた口調でサキは答えた。

口調とは裏腹にサキの尻尾はクネクネと動いている。


エドガーは戻る途中でプヨンにも御礼を伝えた。

「どういたしまして!」

プヨンはまた身体を赤くして上下左右に伸び縮みしていた。


帰りの道中、

エドガーは今日の散策で得た情報を整理しながら思案した。


自分が任された第13都市ダンジョンは、

かなりシンプルな構造で飾りっ気なし。


魔王が魔界随一の強さだったとすると、

探索者シーカーも腕に自信のある、

限られたやつらが訪れるダンジョンだった可能性が高い。


そして、休業中の探索者シーカー離れ……。


5億DEディーイーを貯めるには、

探索者シーカーを沢山集めなければならないが、

今日得た情報を整理する限り、

道のりはなかなか大変そうだ。


「ははは!」

エドガーは笑った。

昔から苦境ほど笑顔で、チャレンジに燃える男だった。

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