第4話 ダンジョン経営者、基本の『キ』

扉を開けたエドガーが真っ先に感じたのは、

濃厚な土の匂い。


目の前には、

先程の真っ白な空間とはうって変わった、

真っ茶色な空間が広がっていた。

いかにもダンジョンっぽい。


エドガーが近くの壁の感触を確かめていると、


「ようこそ、ご主人様。」

ふいに、背後から艶やかな女性の声がした。


声がした方を振り向くと、

いつの間に現れたのか、

スラリとした品のある女性が佇んでいた。

その佇まいは『妖艶な』という表現がよく似合う。


女性と言っても、そこは魔界。

身に纏った赤いドレスの隙間から、

黒い翼と尻尾が生えている。


「お前は誰だ?

魔王が言っていた配下の者ってやつか?」


見知らぬ相手に緊張感をもってエドガーが尋ねると、

その女性は微笑をたたえながら、

こくりと頷いた。


「驚かせて申し訳ありません。

ええ、おっしゃる通りですわ。私は魔王オーナー様の配下、

サキュバスの『サキ』と申します。

魔王様よりご主人様の秘書として、

ダンジョン経営を手助けするよう仰せつかっております。」


話に合わせてクネクネと動く尻尾が、

より一層『サキ』の妖艶さを引き立てている。


「『サキ』と言ったか?

これから宜しく頼む。」


ガーゴイルのガーゴや、

トカゲの魔王オーナーと接してきたエドガー。

そこはさすが優秀な経営者、

もういちいち驚かない。

もはやエドガーの思考回路は、

『魔界のダンジョン経営者』のに切り替わっていた。


「さすがご主人様、落ち着いておられますね。

こちらこそ宜しくお願い致します。」


「ここが第13都市ダンジョンってことでいいのか?」


「ええ、間違いありませんわ。」

微笑を崩さずサキは頷いた。


「初対面早々本当に申し訳ないが、

ダンジョン経営について色々教えてもらってもいいか?

少しだけ魔王から教えてもらったんだが、

話の途中で『デビちゃんとの待ち合わせが……』、

といってほっぽり出されてしまったんだ。」


「あらあら。魔王様らしいですね。

豪快で自由奔放なところがありますが、

あれで魔王様も配下には慕われておりますのよ。

飾らないのが魅力なのかしら。」


クスクスとサキは笑っている。


エドガーにしてみたら、

笑い事ではないんだが……。


「魔王様からはどこまでお伺いになられました?」


「とにかくダンジョン経営で『5億DEディーイー』貯めろと言われたな。

あとは『探索者シーカー』の存在や、

DEディーイー』がダンジョンに来る『探索者シーカー』の数やダンジョン内の満足度で増えるというのも聞いた。」


「ダンジョン経営の具体的なやり方、

例えばダンジョン内の構造を変える方法等は聞かれました?」


「いや、具体的なことは聞けてない。

実はまずサキに聞きたかったことはそれなんだ。」


「かしこまりました。

色々と実際にやってみて頂いた方が良いと思いますので、

これから一緒にダンジョン経営者の基本をおさえていきましょう。」


サキはスラリとした両手を前で揃え、

エドガーに向かい、流麗にお辞儀をした。


「ああ、宜しく頼む。」

エドガーも律儀にお辞儀を返して応えた。


「まずは、ご主人様にこの第13都市ダンジョンの経営権を付与しましょう。」


そう言うと、

サキは今いる真っ茶色な空間のちょうど中央に歩みを進め、

地面に手をついて何やら呪文めいたものを呟いた。


ゴゴゴ……。


すると、

ちょうどエドガーの腰の高さほどの小さな支柱が地面からせり出してきた。

その上には妖しく光る玉がのっている。


「さあ、ご主人様、

こちらのダンジョン玉に手を置いて下さい。」


サキの手招きに従いエドガーがその玉に手を置くと、

その手の上からサキも手を重ねてきた。

エドガーが、サキの華やかな香りと手の温もりに一瞬意識を奪われていると、

サキが再び呪文めいたものを唱え出した。


徐々に玉の光が強くなり、

サキの詠唱が終わったと思ったその瞬間、

激しい煌めきが玉から放たれ、

辺りは一面真っ白に包み込まれた。


まぶしさで目を瞑ってしまったエドガーが、

次に目をあけた時には、

玉は妖しい光をゆらゆらと放つ元の状態に戻っていた。


エドガーが玉にのせていた右手を見ると、

手の甲にドラゴンのような紋章が浮かんでいる。


「なんだ、これは?」

エドガーがまじまじと紋章を見ていると、

サキが丁寧に教えてくれた。


「それがダンジョン経営者の証ですわ。

これでご主人様に、

このダンジョンの経営権が付与されました。」


「試しにその紋章を指で押してみて下さい。」


サキの言葉に従って、

右手の甲に浮かんでいる紋章を、

左手の人差し指で押してみると、

エドガーの目の前に、

光る文字が書かれたボードのようなものが現れた。


「……!?」

光っている文字は解読不能だ。


エドガーが驚いていると、

サキがすぐ隣まで歩み寄り解説を続けてくれた。


「ご主人様、その右上にある歯車のようなマークを押して、

下から2番目の文字列を押して下さいな。」


エドガーがサキの教えてくれた通りにすると、

急に目の前の光る文字の意味が理解出来るようになった。


「お!浮かんでいる文字が理解出来るぞ!」


にこりと微笑むサキ。


「良かったですわ。

言語設定をこの世界共通語のヘル語のみから、

ダンジョン経営者、つまり、

ご主人様の理解出来る言語との併記に変更しましたの。」


エドガーは、

改めて目の前の光る文字ボードを読み込んだ。


―――――――――――――――――――――――――

■経営先名称: 第13都市ダンジョン

■ダンジョンLV: 1

■保有DEディーイー: 10,000,000DEディーイー

■ダンジョン経営スキルLV: 1








―――――――――――――――――――――――――


ボード下半分の余白が気になるが、

どうやらこのボードは、

ダンジョンや自身の状態を表しているらしい。


「これは俗に言う『ステータス』ってやつでいいのか?」


「左様でございます。ご主人様の聡明さにサキは驚くばかりです。」


美しい女性に褒められて悪い気はしない。


「ダンジョンに『LV』があるのか?」

エドガーは気になったことを続けて尋ねた。


「ええ、ございます。ダンジョン『LV』の他、

ダンジョン経営スキルにも『LV』がございます。

いずれもDEディーイーを使用してLVアップが可能ですわ。」


「LVは上げた方がいいのか?」


「もちろんですわ。

LVを上げると、ダンジョン経営で出来ることが増えます。

探索者シーカーに支持される魅力あるダンジョン創りの幅が広がり、

結果的にDEディーイーをより稼ぎやすくなりますね。」


「なるほどな。

最終的には『5億DEディーイー』を貯めることが目標だが、

沢山探索者シーカーに来てもらうダンジョンにする為には、

時にはDEディーイーを使ってLVをあげることも大事という訳か。」


「エクセレント。ご理解頂けたようで何よりです。」

サキは微笑を讃えたまま、再び流麗にお辞儀をした。


「ところでご主人様。

次は実際にDEディーイーを使ってみたいと思っているのですが、

ここまでで少しお疲れでは?」


確かに。

魔界に連れてこられてどれくらい経ったのだろう。

未知の体験の連続で時間感覚が無い。

そう思うと、どっと疲れを感じてきた。


エドガー流経営哲学の一つに、

『休む時は休め』

がある。


一旦、心と身体を休めよう。

早く現状理解とやるべきことを進めたい気持ちはあるが、

エドガーは休息を決めた。


「そうだな。そう言われると疲れているみたいだ。」

エドガーはサキの気遣いに素直に答えた。


「最初から無理をされてもよくありません。

それでは今日はここまでにしてお休みにしましょう。」


さすが秘書。

こちらの様子を先回りしてケアしてくれる感じが、

自然で全く嫌な気がしない。


「ところで休む場所はあるのか?」


エドガーの問いに、

サキの表情がやや曇る。


「本来ならしっかりとしたお部屋をご用意して差し上げたいのですが、

今はこちらの寝床しかございません。」


申し訳なさそうにサキが案内した先には、

人一人がギリギリ寝れる土壁に囲まれた半個室的なスペースがあった。

中には乾草のようなものが敷き詰められている。

部屋というよりは、動物の巣穴といった表現が適切だ。


「ダンジョンLVをあげていけば、

こういった場所もグレードアップ出来ますが、

今はこれで……。」


まさに駆け出しといったところだな。

まあ、悪くない。

エドガーは巣穴に入り込みながら、

若かりし頃を思い出していた。

懐かしさと不思議なやる気が湧き出てくるのを感じる。


サキはどうするんだ?

と聞こうと思いながら横になった途端、

抗えない強烈な睡魔にエドガーは襲われた。


「フフ。ご主人様、お疲れ様でございました。

また明日。」


こうして、サキの艶やかな微笑みと共に、

エドガーの魔界初日は幕を閉じるのであった……。

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