第2話 決意
「僕は死ぬべきなんだ」
滴る血を眺めながら、そう思った。
そして、燕尾服のポケットから取り出した、ナイフを自分の首に当てた。
(未練がないなんて言ったら、嘘になる。僕はもっともっと主—ティア様—と居たかったなあ。でも、彼女は、彼女は、死んでしまっ・・・。)
そんな中ふと卓上に置かれた一枚のプリントが目に入った。
ナイフを持った手を下ろし、机のところまで脚を進め、手に取ってみる。
そこには彼女の直筆でこう書かれていた。
「これを読んでいるであろう者。
ゼノンに当てたものである。
あなたには、暇を出します。
あなたはもう自由の身です
もし・・・」
最後には、サインと拇印が押されていた。
これは、正真正銘ティア様のもの。
これは、うれしくもあり、悲しくもある。
しかし、思い返してみると、彼女はあれが侵入してくる前に何かに筆を走らせていた。
これは彼女が死ぬ前に書いた書類ではないのだろうか。いや、例えそうだとしても僕は探しに行く。
しかし、これから探すといっても、どこをどう探せばいいのだろうか。
書類に目を落とし、足取りをつかめるものを探していると、突然の頭痛に襲われる。
正確には右の側の額なのだが、激痛でその場に立っていられないほどだった。
「うぅ、頭が割れる、なんだこの痛みは」
床を転がりながら身もだえる。
床を7往復ほどすると、突然痛みは治った。
その後、出発の準備を始めようとする。
すると、呼び鈴が鳴った。
来客が来たのである。
客人を待たせまいという、いつもの癖が出る。
玄関ドアまで急ぎ足で向かう。
来客が6人同時には入れるほど大きいドアを開けると、そこには一人の男が立っていた。
赤を基調としたジャケットとパンツ、そのどちらにも誇張するように王国騎士のエンブレムがつけられていた。その男は、長身に赤髪黄眼で、世間では容姿端麗と囃し立てられていそうなほどのイケメンだ。
「お待たせしてすみません。ご用件は何でしょうか」
「昨日この近辺で、大規模な能力の行使があったようで、その調査で赴きました」
能力行使?なんだそれ、僕が眠っている間に何かあったのか。
小首をかしげていると、王国騎士は質問を追加してきた。
「そうそう、この近辺に魔族が潜伏しているという噂も聞きつけまして、こちらはどうですか」
(この人たちにティア様の行方を探すのを任せれば、必ず足取りはつかめるはず)
このときの僕は、彼の胡散臭そうな笑みを漏らすこの男の異様を懐疑的に見れるほど、冷静ではなかった。
「昨夜、魔族がこの屋敷侵入してきて、今朝から主が、主が・・・」
それを聞いた男は、右腕を挙げ言う。
「そうだったか、では捕らえろ」
「なんて、今なんて言った」
声が響き渡った瞬間、どこからか隠れていた騎士たちが一斉に襲い掛かってきた。
突然のことに、身動きすら取れずにあっさりと捕まり、腕を後ろで組まされ、ロープで拘束される。
「最初からわかってましたよ、ここが場所だと、もし魔族に抵抗されると面倒だからおびき出させてもらった」
「マックール隊長ご冗談をあなたの能力ならそんなことする必要なかったのでは」
マックールという男は後ろから投げかけてきた女騎士に注意喚起のつもりで一刺し指を口に当てた。
「お前たちの目的はなんだ」
「目的?そんなん決まってんじゃん、魔族を滅ぼすことだよ。この国では、いや人類にとって当たり前のことではないのか」
マックールと呼ばれた騎士は、まるで親の仇を見るような目でそう答えた。
「隊長この男どうしますか?」
「マール、眠らして、こいつにはあれの実験相手をしてもらう」
そういうと、女騎士は腰に据えてあった短刀を抜き、僕の胸あたりにめがけ振った。
(痛て、って、痛くない、今のは何だったんだ?)
次の瞬間、口と鼻を覆うように薬品付きの布を覆わされる。
それによって徐々に意識が遠のいていく。
「そういえば実験とは何の・・・」
徐々に力が抜けていき、そのまま意識は闇に落ちた。
目が覚めたのは、もう夜だった。
前方には鍵付きの檻に、後方には3辺の石積みで作られた壁。
それに加え、雨が降ったのかあたりには少々の湿り気が存在していた。
ゼノンは牢に閉じ込められ、手錠をされて身動きが取れなかった。
てか、ここどこだよ。実験と言っていたし、
「目覚めたか、では、行くぞ」
突然投げかけられた声にピクッと反応した後、一瞥を与えた。
そこに牢の鍵を持っていたのは、既視感のある金髪赤眼はマールと呼ばれていた女騎士だ。
「どこに行くんだ?」
マールはそんな僕の問いを完全にシカトして、牢屋から引っ張り出す。
そのまま目的地に向かって先導される。
石積みでできた歩幅5歩くらいの通路をしばらく歩いた後にマールは踵を返した。
「そういえば、貴様の質問に答えていなかったな
どこに行くか、お前はおそらくわかっていると思うが実験場だよ」
「お前たち王国は何が目的だ」
「それを私があなた教える必要はない」
そして、マールは不敵な笑みを浮かべた後に軽くあしらわれた後、マールは腰に携えてあった何かわからない黒色玉を取り外し、それを僕めがけてそのまま投げつけた。
その玉からは何かわからない粘着質の緑のスライム上のものが飛び出す。
「なんだこれ、おいお前何をした」
「黙れ、このまま、まっすぐ歩いていけ、そして、崖に飛び込め」
てっ、なんで体が言うことを聞かないんだそれに、口も動かせない。
僕の体は、マールに言われるがままに、歩いていく。
マールはしたり顔で軽く腕を振り、「頑張ってね~」とだけ言い残して姿は闇の中に消えていった。
どうする、このままじゃ。
ん?そういえば、この文様が浮かび上がってからだったよな。
これを消せれば何とかなるかもしれない。
でも、どうすれば。
これを考えている時にも、体は闇にみるみる吸い込まれていく。
しかし、体を動かそうと試行錯誤するも、自分の体はびくともしない。
無理だ、この状況で僕にできることは何もない、ただ祈るだけしか。
そして、闇及び崖はもう数歩まで近づいていた。
(嫌だ、再び自分の無力さを認め、神に祈るなんて、あの魔族に言われたとおりになるのは絶対に嫌だ)
その意思が想起させた一人の顔が僕を突き動かした。
動け、動け、動け。
すでに目の前には、底が見えない崖というか谷というか深い落とし穴が傲然と待ち構えていた。
決意じみた意志とは裏腹に到頭足が陸から離れ体が傾き始めた時だった。
文様が浮かび上がっていた胸のあたりが、光を放ち始めたのである。
「何が起きたんだ。てっ、しゃべれる」
嬉しさのあまり自分の置かれている状況を忘れてしまった。
それを思い出したときには、時すでに遅しであった。
体が完全に陸から離れ、視界は四方を囲んでいた石積みの通路ではなく、真っ暗な暗黒だけだった。
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