第3話 告白

 2人は直接会った時も、電話で話しているのと変わらないようなたわいない話をしていた。気が付けば10時だったけど、Bさんはホテルを予約していなかった。お金がもったいないから、A君は「俺の家に来れば?」と誘った。別に下心はなくて、純粋に相手にお金を使わせてくなかったんだ。


 A君は歩きながら尋ねた。

「聞いたことなかったけど、友永とはどうして知り合ったの?」

「誰、それ?」

「誰それって。君のメールアドレスを教えてくれた人だよ」

「あれ、嘘かと思ってた。ナンパだと思ったから」

「え、そうなの?」

 あのメールアドレスは出鱈目だったんだ。ますます、友永君が憎らしくなった。今目の前にいるのは、一体誰なんだろう。


「君、本当は何してる人?」

「何もしてない人」

「いくつ?」

「19歳」

「そんなに若いんだ。てっきり同い年だと思ってた」

 A君は年下なら非常識も許せる気がした。


「高校出て、あとは家にいたの?」と、A君が尋ねる。

「高校行ってない」

 あ、そうなんだ。別にそういう人もいるだろう。

「働かなくて、親は何も言わないの?」

「うん」

「お嬢様なんだ」

「そうじゃないけど。住むとこはあるから」

「家が好きなの?」

「そうじゃなくて、精神病で」

「あ。そうなんだ」


 今は精神病が昔より身近になったけど、当時は偏見がすごかった。A君は参ったなと思った。


「じゃあ、土曜日も泊まっていいから、日曜には帰りなよ」

「うん」


 2人は1Kの部屋にいて、1つの布団で寝ることになった。A君はソファーで寝ようと思ってたけど、Bさんが一緒でいいよと言うのでそうなってしまった。2人はやっぱり男女の関係になってしまって、Bさんはそのまま居着いて帰らなくなった。A君も情が湧いて来て、そのままにしていた。


 でも、その子と結婚なんてあり得ないし、やっぱり出て行って欲しかった。


 友永君に電話をかけた。もう1ヶ月以上経っていた。


「君が紹介してくれた子。あの子のせいで今とんでもないことになってるんだよ」

「あ、ごめん。気になってたんだけど」

「何で出鱈目のメアド教えてたんだよ!」

「そうじゃなくて。あれ、公衆トイレに書いてあったんだよ」

「どこの?」

「新宿の公園の男子トイレ」

「何で!」

「君をからかうつもりで、みんなでやったんだよ」

「どうして!」

「だって、、、君があまりに順風満帆だからさ・・・。」

「どうしてくれるんだよ。その女が家にいついてるんだよ」

「トイレに書いてるメアドに連絡したら、どんなもんなのかなって思ってさ」


 昔はトイレにいっぱい落書きがあって、メアドや電話番号が書いてあった。今は全く見なくなった。利用者の民度が上がったんだろうか?今はトイレの落書きってないんだろうか?俺が大学卒業後、新宿、渋谷、池袋なんかには全然行かなくなってしまったからかもしれない。俺がいく先のトイレには、気が付いたら落書きはすべてなくなっていた。


 A君は怖くなった。男子トイレに入って行って、メアドを残すような女ってどんな人なんだろう。まっとうな人生を送って来たA君には想像もつかなかった。


 でも、東京に来たことはないっていうし、実家の住所を言わないから、どこの誰かもわからなかった。A君も誰に相談していいかもわからない。


 Bさんは家の掃除も何もやらない。寝てるだけ。


 でも、話し相手にはなってくれるし、セックスもさせてくれる。A君はこのままじゃダメだと思いながら、そんな生活を3年も続けてしまった。


 夜は2人で出掛けて、夜中やってるスーパーなんかには行くようになった。

 化粧して、服も買ってやった。一緒にいるだけなら可愛い彼女だった。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎


「このままだと親も心配するし、結婚しようか?」A君はそう言ってプロポーズした。彼女を親に会わせたことはなかったけど、そんな相手なら、絶対反対されるに決まっているから、黙って籍を入れてしまおう。

 A君が結婚を決めた理由は、精神病だから「出て行って」と言えなかったことが大きい。それに、彼女にすっかり情が移っていた。まるでペットみたいな存在で、いるだけで可愛かった。別に掃除や家事をしてくれなくても気にならなくなっていた。

「え?結婚?私と?本気で?」

 彼女はその言葉が信じられないようだった。

「だから、親のこと話してくれない?」

「親はいないの。施設で育ったから」

「あ、そうなんだ」

「東京に来る前は施設にいたの」

「あ、そうなんだ」

「苗字なんていうの?」

「私、捨て子で」

「でも、通称はあったんじゃない?」

「言いたくない」

「どうして?夫婦になるんだから、言ってよ」

「白谷マユミ。私は名前がないの」

「生まれた時はみんなないよ。俺だって」


 彼女によると、児童養護施設で職員や年上の男子から繰り返しレイプにあって、頭がおかしくなってしまったそうだ。わりと裕福な家庭で育ったA君にはヘビーすぎた。


「公衆トイレにメアド残したのは何で?」

「いろんな人から恨まれてるから。きっと誰かが書いたんだと思う」

「何で恨まれてるの?」

「私、人を殺したの」Bさんはいきなり告白した。

「え?嘘だろ?」

「本当。少年院を出て、これからどうしようって時に、A君がメールくれたんだ」

「え?誰を殺したの?」

「両親・・・両親が施設に会いに来たから、殺しちゃった」

「あ、そうなんだ・・・。会いに来てくれても嬉しいって感じじゃなかったんだ」

「私を捨てたし・・・。だから、私、給食室から包丁を盗んで刺したの。その場で2人を」

「2人も殺して、よく、19で出られたね」

「やったのが11の時だったから」

「そうなんだ・・・大変だったね」

「私本当は東京にいたの。新潟じゃなくて」

「あ、そうなんだ」

「それに、公衆トイレには自分でメアド書いたの。”エッチしたい人れんらくしてね”って」

「あ、そうなんだ。本当にメール来た?」

「うん」

「何人くらいと会ったの?」

「30人くらい」

「あ、そう・・・大丈夫?体」

 Bさんは首を振った。

「私HIVポジティブなの」

「え?」

「ごめん。黙ってて」

 A君は毎回コンドームを使ってたけど、もしかして感染してるんじゃないかとショックを受けていた。

「HIVの治療しなきゃ。発症したら大変だよ」

「もういいの・・・発症したら助からないよ」

「そっか・・・」

 2004年頃には死者数が170万人にも達していて、発症したら1年以内に亡くなる病気だった。A君は人生最大のどん底に突き落とされてしまった。

「病院行こう・・・一緒に」

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