Ep.7
あの後。
小春は花音に続いて猫を抱っこし、彼女にスマホと自分のカメラで写真を撮られ、猫と別れてからも公園をぐるりと回りながら写真を撮ったり、談笑したり。
日が暮れないうちに公園を出てバスに乗り、家の近くまで戻ってきた。花音の家は小春と逆方向らしく、バス停で別れて、一人家路についた。
家に着き、部屋に戻ってベッドに倒れ込む。しばらく枕に顔を埋めたままぴくりとも動かなくなった小春だが、やがてゆっくりと両手で枕を握ると――
「……普通に楽しんでどうするの私――っ!?」
渾身の叫びが、枕では抑えきれずに漏れ聞こえてくる。悔しげにばたばた動く両脚が激情を物語っていた。
そう、楽しかった。花音とのお出かけは、デートは、純粋に楽しかった。
カメラに興味を示す彼女とともに、色々なものに目を向けて語り合った。憎まれ口を叩きながらも、彼女を本気で突き放したいとは思わなかった。じゃれ合うような感覚で軽口を言うなんて、いつ以来だっただろうか。
『普通に』――親友と過ごした時間のように、楽しかった。けれど。
「あの子、私の『彼女』なのよね……」
小さな声が零れる。
今日一日過ごして思い知った。花音はいい子だ。気が利くし、冗談は口にしてもこちらを傷つけるようなことは言わない。その点に関しては、むしろ小春の方がよほど軽率な言動を繰り返している。
花音を恋人と認めたくないあまり、初めはどうしても距離を取りたく思っていた。けれど、友達としてみれば、これ以上ないほどにウマが合う相手なのだ。
「ただの友達だったなら、良かったのに……」
願望が言葉として漏れ出た。本心からの言葉だった。
出会った瞬間から恋人という間柄にされてなんかいなければ、きっといい友人同士になれたはず。そんな思いが堪えようもなく堆積していく。そして、きっと自分と花音が友達になることはできない、という予感に、より恨めしさを感じた。
破局した恋人同士が、その後友達としてやり直すなんて、どれだけの難題だと思っているのか。今や記憶も朧な『神様』の影に、イメージの中で五寸釘を打ち付けた。
「…………」
極端な話。
花音と別れる、という決断を先延ばしにすれば、その分彼女と仲良く過ごせる時は延びるだろう。けれどそれは同時に、彼女と別れるに足る切っ掛けを得ることがますます難しくなることを意味する。長い間上手く付き合ってこれた二人が、急に別れることになれば、周囲の目だって――
(まぁ、そういうことだって起きるときは起きるんだけど)
父と母のことを思い、小春の口から暗澹たる溜息が流れ落ちた。
どうあれ、花音といつまでもこのまま、というわけにはいかない。いつか別れられなければ困る。たとえ、それで彼女と一緒にいられなくなったとしても――心地よい時間を失うとしても、自分に『彼女』がいる状況をいつまでも容認してはいられない。
だって――
「――私は……私にだって、『普通』の恋愛ができるって証明しなくちゃ」
ベッドから身を起こし、自分に言い聞かせるように、低い声で呟く。誰もいない虚空を睨みつけ、小春は胸に手を当てた。
苦しげに見えたその表情が、さらに一段、苦悩に歪む。薄く開いた唇の隙間から、懺悔の言葉が滑り落ちた。
「だから……ごめん、花音」
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