7-1.手首xxx
「梨乃さん、嫌なら全力で抵抗してね」
俺、絶対めちゃくちゃにしちゃうと思う、と杉田は自分の性欲の暴走に謎の自信を持っているようだった。
「あ、あと、俺そんな上手くないからね。何回もできるけど、イクの早いし、優しくしたいけど、乱暴にしちゃうかも……。あと、ごめん、先に言っとくけど、俺の身体でっかい傷があって、梨乃さん怖いかも……、あと、ね、」
「あははっ……!もういい、もうわかったから……キスして?」
いざ行為が始まって梨乃に幻滅されるのが怖いのか、そうやって予防線を必死に張る杉田が可愛くて、梨乃は声を出して笑った。
そして放っておいたらいつまでも続きそうなそれを、キスをねだって強制終了させる。
杉田はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと梨乃が望むまま彼女の唇に口づけを落とした。
あれだけ暴走を心配していたとは思えないほど丁寧で優しい口づけに、梨乃の心は高鳴った。たったそれだけで、杉田がどれほど梨乃のことを大切に思っているかが伝わってきたのだ。
「もう戻れないね」
唇を離すと、杉田は泣きそうな声を出して、また口づけを落とす。繰り返されるその行為の合間に、梨乃が「まだ戻れる気でいたの?」と問えば、杉田は「はは」と諦めたように笑った。
「そうだね。ずるい言い方はやめるよ。初めからこうなることを望んでた。ずっと梨乃さんが欲しかった」
杉田の熱っぽい瞳が梨乃を捉え、ゆったりと細まる。
好きだ、とうわ言のように何度も囁かれ、梨乃はそのたびに絶頂に達した。事が始まる前に杉田が言っていた通り、彼はイッてもイッても何度も梨乃を求めた。
頭がおかしくなる。心が溶けていく。今自分がどこにいるのかも分からなくなって、梨乃にとって確かなものが杉田だけになった頃、行為は漸く終わりを迎えた。
「ごめん!梨乃さんごめん!大丈夫?!」
あれだけ激しい行為をあれだけ何度もしたというのに、杉田はケロリとしている。ぐったりと放心状態の梨乃を心配して顔を覗き込むが、焦点の合わない梨乃の瞳を見てしまえば、またずくりと下半身が疼いてしまう。
いやいや、ダメダメ。これ以上は梨乃さんが壊れちゃうからと、杉田はかぶりを振って梨乃を労った。
梨乃が漸く話せるまでに回復した頃、杉田は「好きだよ」と梨乃の手首に唇を当てた。
「うん……わたしも、すき」
「……うん、」
心を占める好意全てを相手にぶつけることは躊躇われた。だから一度だけお互いに確認をして、それでおしまい。ただ、二人はそれで充分だった。見つめ合う瞳が、触れる肌の熱が、絡む足が、心全ての感情を雄弁に語ってくれるから。
「ねぇ、ここの傷、ここも、痛かった?」
杉田の身体には彼が言ったように大きな傷がいくつかあった。傷跡に造詣が深くない梨乃でも、これは切創だと分かるほどのハッキリとしたもの。それを指先でなぞれば、杉田は「擽ったいよ」と体を捩らせた。
「痛かったかな、あんま覚えてない」
「そうなの?」
「……うん。梨乃さんの体は全部綺麗だね」
お返しだとでも言うように、梨乃の体を杉田の指先が擽るように触れる。幸せだと思った。こんな何気ない瞬間が積み重なって幸せは形作られるのだと、梨乃は思った。
「ねぇ、梨乃さん?アキくんとの離婚を考えたことはないの?」
「え〜?ん〜、ふふ、できないの」
「どうして?」
梨乃は杉田の疑問を解消すべく、実家への融資のことを洗いざらい吐いて、それから教え子との不倫現場を目撃したことも彼に伝えた。
未成年である相手のことを考えると言わない方が良かったのだろうが、梨乃はその問題を一人で抱えきれるほど強くはなかった。
「やっぱり証拠を集めよう。俺も協力するから」
「……でも、」
「お金のことを心配してるなら、それは俺がなんとかするから」
杉田が自信満々な笑みを浮かべて「大丈夫」だと言うから、梨乃もそんな気になってしまう。
いいのだろうか。杉田との未来を望んでも許されるのだろうか。
杉田はまだ躊躇う梨乃の背中を押すように、強く抱きしめた。
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